第十ニ話 ツグミ様
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私はフタバ。ツカハラ家当主の父を持つ。私は幼い頃に母を亡くした。幼すぎてあまり覚えていないけど。その後一人でいるのが嫌だったのか、お兄ちゃ⋯⋯ヨシノリ兄上にべったりだった。剣術の稽古も一緒にやった。まだ体が小さかったので、どちらかというと邪魔になっていたかもしれない。そんな私のことを兄上は邪険にせず、稽古の相手までしてくれた。
稽古中の父上はちょっと怖かったけれど、稽古が終ると兄上と一緒に過ごしてくれた。三人で居ると少し心が暖かくなった。それを告げると、二人は何故か困ったような顔をした。二人を困らせたくなかったので、それ以来そのことには触れていない。でもいつも兄上や父上が側に居てくれる訳でもない。魔物が出たりすると、私は家で二人の帰りを待つ。一人でいると体の奥の方が冷えてくる。
⋯⋯これが「寂しい」という気持ち? こういうときに限って、母のことを思い浮かべてしまう。おぼろげにしか思い出せないのが少し悲しい。その日も体の奥から冷たい気配がしてきた。ふと気が付くつと、冷たさ以外の感覚があった。何か今まで感じたことのないような暖かさだ。三人で過ごす時と同じぐらい? もう少し暖かい?
『ふふ、こんにちは』
頭の中で声がした!?
『えーと、聞こえていないのでしょうか。どうしましょう』
「は、はい! 聞こえます!」
私は暖かさを失いたくなくて、あわてて返事をする。理由はよく分からなかったけれど、この「人」は私にとってとても大切だと思えた。
『ああ、良かった。お話はできそうですね。私はツグミと言います。ふふ、多分あなたのご先祖様ですよ』
「フタバです! 父はツカハラ家の当主をしています」
『そう、フタバちゃんね。やっぱりツカハラ家なのですね。ふふ、良かったわ。良い子に出会えたみたいですね』
そう言うとツグミ様は、楽しそうに笑った。何だろう、この暖かさは? お母さんみたい? ぼんやりとしか思い出せないけれど、ずいぶん昔に同じような気持ちになったことがある。
「あ、あなたは私のお母さんですか?」
思い切って聞いてみる。
『えっ? そっかフタバちゃんのお母さんは、もう⋯⋯』
分かっていたけれど、違ったみたいだ。冷たさが体の奥から上がって来そうだ。
『うーん、わかりました。今日から私がフタバちゃんのお母さんの代わりになりますね。構わないでしょうか』
「えっ? 本当に良いの、ですか? ツグミ⋯⋯様?」
『ええ、もちろんですよ。ふふっ。どちらかというと、お姉さんの方が良かったけれど、ね』
ツグミ様は柔らかく微笑むように話しかけてくれる。いつの間にか私の中にあった冷たさは消えていた。
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「それは精霊様だな」
「精霊様でしょうか」
魔物退治から帰ってきた父上にツグミ様のことを話すと、そう答えてくれた。
『ふふ、私の言った通りでしょ、フタバちゃん。⋯⋯この部屋はあまり変わっていないのですね。知っている場所が残っているのはやっぱり嬉しいわ、うふふ』
ツグミ様は少し楽しそうに笑った。父上や兄上にはツグミ様が薄い影のように見えるそうだ。ツグミ様が強い気持ちを込めて言うと、言葉も伝わるらしい。
「ヨシノリ、我が家の家系図を並べてくれぬか」
「はっ、父上。ここに」
私がツグミ様と話している間に、家系図が並べられていた。兄上が既に準備していたらしい。兄上はいつも手際が良すぎです。少しは私にも手伝わせて下さい。
『あらあら、フタバちゃんのお兄さんは優秀なのですね、うふふっ』
ツグミ様はいつも楽しそうだ。
「ツグミ様は、おお、これは」
「はい、とても優れた方のようです、父上」
話がどんどん進んでいく。
「父上、兄上、どういった方なのでしょうか」
「うむ、おそらく我が一族の中で最も巫女の才に恵まれている」
「巫女でしょうか。それなら私も入るのですか?」
「確かに我が家のような家系の女子はそう呼ばれる。だがツグミ様はそれにとどまらず、法術の才もお持ちだ。それに剣も奥伝までお持ちだ」
「法術に奥伝ですか。とても優秀な方なのですね」
『あらあら、そんなに大層なものではありませんよ、ふふ』
そうツグミ様はおっしゃられるが、私の剣術はまだ初伝で、法術の方はさっぱりだ。
「フタバ、しばらくツグミ様のご指導を受けなさい。ツグミ様、お願いしてもよろしいでしょうか」
「はい!」
『ええ、もちろんですよ。フタバちゃん、よろしくね』
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
こうして私とツグミ様の生活が始まった。
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『フタバ来ましたよ』
「はい、ツグミ様!」
あれからニ年ほど経った。ツグミ様の指導もあってもうすぐ中伝になれそうだ。ツカハラ流は各段位の幅が広い。ツグミ様と出会った頃は初伝になって一年ぐらいだった。ヨシノリ兄上のように上達の早い人なら、二年ぐらいで中伝になるけど、数年はかかる人の方が多い。中には十年近くかかる人もいる。私は三年目なので早い方になる。これもツグミ様のおかげだ。
今日は実戦として魔物を倒しにきた。一人で少し大きめの魔物を一体倒すことができれば中伝になれる。そのとき精霊様は人数に数えない。でも私にとっては「二人」で倒しにきたので、魔物も二体以上倒す必要があると思っている。そうこう思っているうちに、ちょうど二体の魔物が現れた。この近くではよく見る大きなダンゴムシの魔物だ。
⋯⋯少し緊張しているのが自分でも分かる。
この魔物は外側のカラが固い。それほど速くは動けない。私は手前の魔物に狙いを定め、突き技を繰り出した。相手は低い。上から斜め下を狙う。一刺し目で上手くカラの隙間に入り込んだ。刀身を奥まで挿し込みネジリながら引き抜く。これを怠ると威力が下がってしまう。どうやら上手くいった。一体目が弱って動けなくなってきている。そのままだと足場に不安が残る。私は素早く二体目の横に移動した。次は殆ど真上から突き刺した。
ジャリッ。
今度はカラの上を滑ってしまった。移動しながら体勢を整え何度か繰り返す。
ズブッ!
ようやく隙間に入った。あとは一体目と同じことを行う。こちらも次第に動きが鈍くなってきた。しっかりとトドメを刺す。二体が完全に死んだことを確認してから残心をとく。
『よくやりましたね、フタバ!』
「はい、これもツグミ様のおかげです!」
『実際に戦ったのはフタバですよ。今の動きを忘れないように、ね』
「フタバ、でかした! 一人で二体は難しいと思っていたが、よくぞやり遂げた!」
いざというときの助太刀のために控えていたヨシノリ兄上と数人の門下生が近付いてくる。
「ありがとうございます、兄上! ただ私は一人ではありません」
「おおっ、そうであったな。ツグミ様、いつもフタバを助けていただき、ありがとうございます」
『ふふ、可愛い「妹」のため「姉」として当然ことをしているだけですよ』
今では兄上の方が年長に見える。出会った当時からの癖のためか、そのまま様付けで呼んでいる。
「ツグミ様は、私にとっては母のような存在です」
『あらあら、フタバったら、こんなに年の近い母娘なんていませんよ、うふふ』
ツグミ様の姿は出会ってしばらくしてからはっきりと「見える」ようになってきた。その当時から見た目は変わっていない。最近は「姉」という言葉を推してくる。精霊様の見た目は自分である程度変えることができるらしい。
「わかりました、姉上! いつもありがとうございます!」
『まあ! フタバったら。本当に素直で良い妹に育ちましたね。うふふっ』
ツグミ様が嬉しそうにすると、こちらの心まで暖かくなる。
『フ、フタバ、少し怪我をしているようです。よく見せてくれませんか』
「さっき少しこすったのです。大した傷ではないので」
『いいから、見せなさい!』
「はい⋯⋯」
ほんのかすり傷だった。ツグミ様が集中すると、傷の周りに小さな緑の光が集まりだす。やがて光におおわれたところの傷が治っていく。
「おお、いつみても素晴らしいお手並みです、ツグミ様」
『大したことではありませんよ。この力はまわりに存在するもの全てのものの中にあるのです。それらの力を少しお借りしているだけですよ』
ヨシノリ兄上の感想に、ツグミ様がいつも通りの答えをかえす。ツグミ様に手伝ってもらいながらなら、とても小さな怪我であれば、私にも治せるようになってきた。ほうっておいても三日ほどで治るような小さな怪我だけど。
『はい、できましたよ、フタバ。女の子なんですから、もう少し自分を大切に、ね』
「はい、ありがとうございます! ツグミ様!」
いつもの柔らかい笑顔と暖かな眼差しとともに私に告げてくださる。ツグミ様が私に憑いてくださった日から、あの冷たい感じはしなくなった。このままずっとツグミ様と一緒にいられれば良いのに。




