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第十二話◇母と子の歓談

 城下町散策をしたその夜、ヴィントがアレクシスに報告をしている間、エデルは王妃の部屋へと来ていた。

 スカートを軽くつまんでお辞儀をすると、王妃はエデルに向かいの椅子に座るよう促した。

 王妃はエデルの性別を知っているが、ここにくるには王女の姿である必要がある。なぜなら、城の端にあり人の出入りが少ないエデルの部屋と違い、王妃の部屋に行くまでには必ず城の人間とすれ違うからである。

「それで、どうだったのかしら城下町は」

 王妃は一人がけの椅子に座りながら、エデルに話しかけた。齢四十になるが、そうとは見えないほどに若々しく美しい女性である。ヴィオレールの貴族らしく、紫の瞳が綺麗に輝いていた。

「楽しかったです! クロードは初めて見るものが多かったみたいで、ちょっと前までの俺を見てるみたいでした」

「そう、楽しかったの。エデルが楽しかったのなら良かったわ」

 笑顔でそう語るエデルに、彼以上の笑顔を返す王妃。気品に満ちた姿からは想像できないが、心の中ではエデル可愛い、超可愛い祭りを常に開催している人である。

「母上、母上は知っていたのですか?」

「何をかしら?」

「その、クロードが女の子ってことです」

 先日、自分の性別がばれたことと、クロードが女だったことを伝えた時、王妃はそれほど驚いていなかった。だからこそ、エデルは彼女が最初からクロードの性別を知っていて今回のお見合いを組んだのではと思ったのだ。

 王妃は少し考え込み、にこりとただ微笑んだ。それが答えなのだろう。イエスでもノーでもない――想像にお任せすると。

「あなたの良い友人になるとは思ったわ。歳も近いし、素直な子らしいと聞いていたから」

「クロードは良い子ですよ。俺の周りにいままでいなかったタイプで――『俺』にとっては初めての友達になるのかもしれないです」

「そうね、あなたの性別を知る人間は身内以外臣下だし。それに防波堤のアレクシスが役目を果たしすぎて、身内以外との個人的な交流もあまり無かったものね」

「本当に防波堤活躍しすぎですよ……」

 うんざりとした顔を見せるエデル。

 王妃はエデルの顔をじっと見つめると、再び話し始めた。

「私も若い頃は上辺だけの友達ばかりだったわ。私ではなく、皆私の地位しか見ていなかった。でもエルフリーデは違ったわ。私を一人の人間として見てくれた」

 王妃がエデルの母親の話をすることはいつものことであった。だが、彼は自分の母親の話を聞くことが好きだったので、いつも黙って王妃の言葉に耳を傾けていた。

「エルフリーデはね、一見すると深窓の令嬢のようなのに、中身はまるで違ったわ。槍術に優れていて――エデルもそうね」

「叔父上に教わっていますから。でもまだまだですよ」

「あの子の槍を振るう姿はそれは美しいものだったわ。まるで羽が生えているようで」

「蝶のように舞い、蜂のように刺す、ということですか」

「いえ、妖精のようで可憐だったわ」

 あまり普通の会話では聞き慣れない単語だが、王妃との会話では良く出てくる単語なのか、エデルは深く考えずいつも通り頷いた。

「男の子のようでいて、可愛いものが大好きな子だったわ」

「やっぱり女の子って可愛いものが好きなんですか?」

 エデルは密かに気になっていたことを王妃に質問してみた。エデルがクロードについて話していることが分かったのか、王妃は少し答えを考えた。

「そうね、私の知る限りでは可愛いものが好きな子が多いわね。けれど、それがすべてではないわ。様々な人がいる中で『女の子』という括りだけで判断すべきではないと、私は思っているわ」

「そっか、そうですよね。俺、自分と同じに考えちゃって。自分が男らしい格好したり、槍術とか剣術習ったりしたのが嬉しかったから、女の子も女の子らしいことするのが嬉しいものなのかなって」

「エデルのような人もいれば、そうではない人もいるということよ。本当のことは本人に聞いてみないと分からないわ」

 王妃のその言葉に、エデルはこの後どうするかの方針が決まったようだった。

「そうですね。ここでどうするこうする話すよりも本人に聞いてみるのが一番ですよね」

 得心がいったエデルが微笑むと、王妃も嬉しそうに微笑み返した。

 王妃に相談に乗ってもらったお礼を伝えると、エデルは部屋を後にした。エデルの後ろ姿を名残惜しそうに扉の影から覗いていたのは、彼には秘密である。

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