21.あるいは新米騎士の世にも長い一日(完)
「で、これを信じろと言うのか?」
メルクの上司にあたる、キリウムの騎士団長は、分厚い資料の束を見るなりそう言った。
「はい」
メルクは短く答えた。
牢から釈放された後、メルクは徹夜で、これまでの冒険の全てを報告書に記した。
「それでは何か?お前は故郷の村を出るなり崖から降ってきたお嬢様に出会って盗賊に殺されかけたけどそのお嬢様が助けてくれてそのお嬢様が引っ張る馬車に乗ってクォーツの町に行きそこで変な眼鏡の女に連れられて岩の化け物を退治することになってお嬢様が一騎打ちの末に倒してお前は動けなくなったお嬢様を馬に乗せて強引にキリウムに乗り込んできた挙げ句最後は次期領主のルセン様を殴り飛ばして昨日まで牢屋に入っていたと言うんだな?」
「間違いありません」
間違いないのだからそう言う他ない。メルクは信じて貰えなくても、余計なことは言わないことに決めていた。
「うーむ……」
騎士団長は困った顔をして頭を掻き、何やら考え込んでいる様子だった。
「普通なら絶対に信じることはないんだが、橋から落とされた門番や、ルセン様自身もこれを裏付ける証言をしている。それにこいつもな」
騎士団長は傍にあった大きな鞄を机に置く。
女物の旅行鞄。それは“オメガの悪魔”、岩の巨人と戦った時に置き去りにしたコルシェの鞄に違いなかった。
「これは?」
「朝一でここに送りつけられてきた。お前に渡せとな。手紙もあるぞ」
「手紙……ですか?」
「中身は確認したから読んでいいぞ。お前があの変人と知り合いとはね」
変人とは誰のことだろうか。まあここまで来たら想像はつくだろう。
メルクは手紙を広げた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
親愛なるメルク・アリスターへ
あなたもあなたのお嬢様もお元気ですか?
あなた達と化け物退治したことはつい昨日のことのようです。
実際昨日の話なんだけど。
こういうの書くのは慣れてないし好きでもないから用件だけ伝えます。
その鞄、多分お嬢様の物だろうけど住所が近かったからこっちに送りました。
どうするかはあなたに任せます。
物騒な物が一杯入っているから取り扱いには気をつけること。
追伸:
暇になったら私の研究室に遊びに来て。興味深い話を聞けそうだから。
グリニッジ国立大学ホイヤー領内研究室
リヨン・サインダー教授
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
鞄の中にはコルシェの破れたドレスや買い込んだ武器の数々、例の弩弓も入っていた。
「これは……困ったな……」
「手紙に書いてある通り、危険物だらけだからさっさと処分しとけよ。長くは置いておけんからな」
確かに送りつけられたところで、これはメルクの物じゃないし、いつまでも保管しておけない。
彼女に返しに行かなくては。
メルクは手紙から顔を上げ、遠くを見つめながら心躍らせていた。
これにて完結です。読んで頂いた皆様、ありがとうございました。
ご意見、ご感想頂ければ幸いです。




