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イナイ神様とアイデンティティ崩壊少女  作者: 雨流し


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13/13

13 アイゾメ揺籃

 年度が変わり、無事に入学もできたし授業も始まった。

 けれど、やっぱり他人に出会うとまた自分が化けて増えるのではと思ってしまい、大学の講堂で行うスクーリングの授業には出られないでいた。最悪オンラインの授業で単位全部とれるし、なんて少しの情けなさを感じながら、毎日飽きもせずに大学ではなく信濃川の源流の神社へとお参りに行った。

 こんにちは。お邪魔します。わたしが神様を見つけるまで、神様が消えませんように。

 欠かさずわたしの神様ではない神様に祈って、縋った。不敬かもしれないけれど、そうするしかなかった。だって、何もないわたしでは何もできないから。

 本当は神様のあの神社に行きたかったけれど、出禁は未だ解かれない。これ、少しは不貞腐れても許されるのでは。

 参拝を終え、長い石段を下りながら初夏を迎えた空に映える若木を恨みがましく見つめていた。


  授業はさぼらずこなし前期の単位はすべてとることができた。祖父母の家では、家事と絵画教室を開いている祖母の手伝いの裏方をしながら過ごしていた。ときたま、介と通話しながら保険だと言っていたゲームで一緒に遊んでいた。

 ここまでで、自分でも気づいていたが関わっている人間が、祖父・祖母・介の三人しかいない。大海を見てこいとは何だったのか。

 何度もその三人以外の人と私ではなくわたしとして関わろうと試みた。けれど、そのたびにわたしとして何をすればいいのかわからなくなって、勝手に喉が熱く震えて、そのせいで声を出すことすら躊躇ってしまって。結局全ての視線を切って一人になれるところを探して、息継ぎのように喘ぐので精いっぱいだった。きっと私としてなら誰だろうとそれなりに立ち振る舞えるだろう。今までずっとそうやってきたのだから。

 でも、今ではそれも難しい気もする。わたしをわたしのまま受け入れてくれる場所を知ってしまったから、私でいることの苦痛を知ってしまったから。私ではなく、わたしでいたいと、欲深くも願ってそれを聞き届けてくれた神様がいたから。

 ならば、もうどうしたらいいのだろうか。自分でも神様や祖父が示してくれたように進みたい気持ちと、やってもどうせ今までと変わらない苦痛を味わうのだろうという臆病と諦観が混ざった気持ちを抱えたまま、鬱々とは行かないまでも自身の情けなさを常に感じながら過ごしていた。 

 けれど、祖父母も介も何も言わなかった。それどころか、未だ強張る中身を抑え込みながらバイトを探すと言ったときにはうちの教室を手伝ってくれればいいと祖母が言ってくれた。祖父に至っては、蔵書を好きに見ていいと言い、民俗学の分野で限るなら大学の図書館よりも充実していそうな書斎を開放してくれた。介は新しい保険を掛けたらしい。今度はイカとタコだという。わたしまだ今やっているのでさえクリアしていないのだけれど。

 今まで気づかなかっただけで、わたしの近くにいたのは優しい人たちだった。そしてその優しさに触れるたびに泣きそうになる。

 そして泣きそうになると思い出すのは、ずっととぐろの中で宥めてくれていた神様で。

 ごめんなさい。早く貴方に会うために外に出ないといけないのに、わたしはまだこの揺籃から出られない。


 半分引きこもりのような状態のわたしに転機が訪れたのは、一般的には夏休みと呼ばれる時期だった。

 通信大学では夏休みの期間に短期集中で一気に単位が取れるようにスケジューリングが組まれている。これを利用するのは実に合理的なのだけれど、どうにも気が進まない。他の人に会った瞬間に化けて出る私を容易に想像できる。それって意味ないのでは。もう自身を抉って作った皮は被りたくない。でもここで一気に単位は取っておかないと最短で卒業できなくなるかもしれない。それは嫌だ。早く神様の研究がしたいのに。名前を、見つけないといけないのに。

 戻らないと。早く。でも。


「なら、会わなければいい」


 そういったのは祖父だった。


「通信の子たちを受け持ったこともあるけれど、普通の大学よりもラフで気楽だと思うよ。マナー的には良くないかもしれないけれど、無理なら挨拶だってしなくていいんじゃないかな。昼間の大学だってクラスなんてそもそもないんだから。みんな好きに席取って、話したい人は適当な相手を摑まえるし、勉強だけが目的の人は適当に暇をつぶして優雅に過ごしてるよ。通信なんて、昼間よりもっとそれが顕著じゃないかな」

「……本当?」

「そう不安にならなくてもいい。一回行ってみればわかるよ。嫌になったら、体調不良でも何でも言ってすぐ帰っておいで。今のゆうちゃんはそれくらいの緩さでいいんだよ。様子を見てくるだけでいいさ。言ったろう。療養中なんだから」


 ♦


 八月上旬。わたしが入学したらしい大学の正門への道を歩く。入学式も出てないから初手からもう迷子になりそうで、駅からスマホのマップアプリをずっと睨みつけている。真夏の暑さと、緊張と恐怖と後は何だろうか、不自然な呼吸のせいで内臓が不快な脈動をしている。率直に言って気分が悪い。暑いくせにスマホを握りしめた手が震えて冷たくて、もう帰りたい。なんなら、家を出た時点で帰りたかったし、昨日家にいる時点で帰りたかった。

 日傘をさしてなるべく周囲からの視線を切って、わたしも余計なものを見ないように道だけに集中する。迷子を想定して早めに出たせいか、人はまだ少なくわたしがとった授業の教室には誰もいなかった。 

 入り口のドアから見られない位置で、背後からの視線は嫌だから最後列で、でもすぐに出られるような動線が確保しやすい席で、なおかつわたしは全体を俯瞰できる場所で。なぜ座る席を決めるだけなのに、一人でこんな詰将棋のようなことをやっているんだろうと遠い目になる。

 祖父の言う通りに自分は一人で過ごします、とわかりやすくアピールするためにヘッドホンを付けた。本当はワイヤレスの小さいイヤホンも持っていいるし、普段はそっちを使っているけれど、それだとわかりやすいアピールにならないと介が貸してくれた。

 今回のスクーリングに行く前に介にもある相談をしていた。着ていく服がわからなくなったのだ。今までは外に出るときは会う相手に合わせて服を決めていた。勿論買う段階から。だから、誰にも会わないための服と考えて、何が何だか分からなくなってしまった。合わせる対象がいない。なら、自分で決めるしかない。でも、なら。何を着ればいいの。


「暑いから半袖。焼けたくないなら薄手のパーカーかカーディガン。下は冬用じゃないなら何でもよくね?」

「はんそで、ぱーかー……」

「姉ちゃん、そのあたり持ってる?」

「たぶん……」

「組み合わせとかより、体温調節できる服着てけば?倒れて運ばれる方が面倒じゃん」

「たしかに?」


 そんな助言と言えば助言、雑に投げられたと言えばそれまでのような会話を終え、わたしは初めて自分のことだけを考えて服を選んだ。

 ノースリーブのブラウスにスキニーと夏用着物の羽織を選んだ。

 教室についてから羽織ではなく、介の言った通りにパーカーにしとけばと思って頭を抱えそうになった。頻繁に遊びに誘われていた友人だと思われる子の好みに合わせて服をそろえることが多かったために、着る服の選択肢に着物が無意識に入り込んでしまっていた。あまり着物着る人いないだろうに、目立ったら嫌かも。しかしわたしの心情をよそに、先生が入ってきて授業が始まるまで、集まった生徒たちは誰と話すでもなく皆スマホを触ったり、ノートパソコンを開いたり、はたまた軽食を取っていたり。各々充実した時間を確保していた。

 高校のクラスのようなものをイメージしていた身としては、これにかなり驚いた。が、生徒の人たちをよくよく見るとそれにも納得した。なにせ、年齢性別がバラバラなのだ。わたしと同じような年代もいれば、還暦を過ぎたような方、働き盛りの40代くらいの方。そしてわたしの学部は通信。皆、高校や昼間の大学のように毎日顔を合わせているわけがない。皆、はじめましての今回限りだ。

 そのことに気づいて、ようやく手の震えが止まった。

 そっか。会わなくていし、もう会わない。だから、合わせることもなくて。だから、私が化けて出ることもない。

 授業は最後まで淡々と続いていった。

 教室内はエアコンがよく効いていて、羽織を脱ぐことはなかった。自分で選んだからか、その羽織の模様に水の波紋と薄い鱗模様が入っていたからか。授業中に目に入るたびに、深く息をすることを思い出せた。



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