12 フキヌケ窓
「大学に行くか、まだ悩んでるの」
「うん……」
「ゆうちゃんは昔から考えすぎるきらいがあるね」
「そうなの?」
「そうだよ。好きなアイスを選んでいいよと言ったら、介なんてすぐ決めて食べ始めたのに、ゆうちゃんは何分も売り場の前でにらめっこしていたからね」
へー。そうなんだ。
介の行動はまあ、そうだろうな、想像がつく。こだわりの薄いものに対しては目についたものをぱっと手に取って、それが気に入ろうが気に入らなかろうが、こんな感じかって済ませるタイプ。
今、祖父が言ったことを神様から返してもらったノートを見返しながら書き込んでいく。もう祖父には神様のことはほとんど話したので、わたしの本当の望み以外は全部相談していたりする。祖父も中々に濃い人生を送っているので、当たり前だが人生単位で経験値が段違いすぎる。オンラインで授業するからって、わたしより電子機器に強いし。
話がずれすぎた。
現在は午後の三時。祖父の家のリビングで自己分析という名の悪あがきをしている。
一つ、自分も他人も分かっている自分。二つ、自分は知らないが相手から見えている自分。三つ、自分は知っているけれど相手には見せていない自分。四つ、自分も相手も見えていない自分。この四つに自己を分類わけすることをジョハリの窓といい、よく自己理解に使われるものらしい。教えてくれた祖父曰く就活でよく使うとか。神様が消えてしまうのではないかということばかりが先走っていたために、神様に自分を見つけてくると言った約束を今さっき思い出して、祖父指導の下やってみているところだ。
「これを大体の子がやっているってことはね。裏返すと、ほとんどの子も自分自身について正確なところを把握していないんだよ。自分の機嫌の取り方すら知らない子も多い。大学生に限った話ではないがね。そういったところでは、ゆうちゃんも彼らと変わらない学びを今しているんだよ」
「でも神様に自分を見つけてきますなんて言ってさ、やっぱりわたしはその人たちとはなんか違うよ。就活の為ってことは、自分の売り方とかも考えるってことでしょう。それは自分のこともその先もある程度見えている人がすることだよ。わたしは、自分探しって言って現実逃避してる人に近いかも」
だって新しく渡された紙に書いた四つに区切った窓には一言しか書けていない。
祖父はわたしが考え込みやすいといった。それはわたし?それとも私?私ならどの私?
神様はわたしがよく泣く奴だと言った。それはさすがに認めて一つ目の窓に書いた。
でもそれだけ。
自分の思考ノートを見返したり、神様の言葉を思い出したりして見てもそれがわたしかの自信がない。やっぱりわたしはどこにもいないような気が背後からあの虚無感と共に忍び寄ってくるのを振り払いたくて、神様がわたしだと言ってくれたノートを暗記する勢いで必死に睨みつける。そうでもしないと、せっかく神様が守ってくれたわたしの輪郭がまたぼやけて消えてしまう。
「姿勢が悪い。ノートと目をもっと離しなさい」
渋々、小学生の教科書の1ページ目でも推奨されているような座り方に直すと、祖父はキッチンで茶菓子を用意しながらもこちらを見て苦笑していた。
「現実逃避や将来の選択の先延ばしのために大学や大学院、その他の手段をとる人もいる。モラトリアムの時期はそんなもんだ。さっき、ゆうちゃんと大学の子たちが同じだといったけれど、前提として違うことがあるというのは頭に入れておきなさい」
「ふりーたー。むしょく」
「役職や宛がわれている立場のことを言っているんじゃない。ゆうちゃんのは、療養だよ。自分を見つけるだと、茫洋過ぎて語弊があるかもしれない。自分を顧みることを覚えなさい。そのためには刺激が必要であり、その刺激は外界からのものでしか得られない。本やネットもそうだが、接した人間と自己を比較することも必要になってくる。そしてその都度、感じた刺激に対しての自分の反応を注意深く観察していく。そのためにも、神様のついでで良い。見ておいで。いろんな人間がいるから。良くも、悪くも」
大海を見なさいと神様も言っていたか。このことなのだろうか。
「水神、蛇神。これらは古来より再生や治癒に関わるものだ。水は傷や穢れを清め浄化する。ましてや白蛇は外国でも医術に関わるものの象徴でもあるからね。ゆうちゃんの神様も、まずは摩耗した精神の療養をしてほしかったのかもしれない」
もし本当にそうなのだとしたら、神様。今のおじいちゃんくらいわかりやすく言ってほしかった。話聞いてなかったわたしも悪いけど。
「わかった。大学いくよ。神様のこと調べるついでに」
「そうかい。まあ、気が済んだなら途中で辞めてもいいしね」
「いいの!?」
驚きすぎて、渡された桜餅を取り落とすところだった。
さっきまで結構わたしに大学のプレゼンしてなかったか。なぜここで掌返す。
「現状のゆうちゃんに最適とまでは言い切れないけれど、割と妥当なものを勧めただけだからね。行かないなら行かないでいいんだよ。好きにやりな。己の軸がぶれなければそれでいい」
穏やかな好々爺ではなく、可可と矍鑠に笑うさまを見て介の性格は祖父に似たのだと確信した。
思考が回りすぎて頭がグチャグチャしてきたために、休憩しようと桜餅を一口かじる。が、想定していたものと違う味がして思わずむせた。え。なにこれ。
困惑する私をよそに祖父は向かいで爆笑している。楽しそうだねおじいちゃん。孫は嬉しいよ。
「良い反応するねー。介は全く動じなかったからゆうちゃんはどうかと思ったけど。それね、桜餅に見えるけど、あんこにも梅を練り込んだお餅なんだよ。びっくりしたろう。それを介とゆうちゃんに食べさせるためにおじいちゃん頑張って作ったんだから」
ひーひーと未だに笑いを引きずっている祖父をジトりと見ながら、無駄に完成度の高い桜餅に擬態した梅のお餅を食べる。梅の味は嫌いじゃないし、酸味と甘じょっぱさはおいしいけどさ。どこに全力を懸けてるの。大学教授って忙しいよね?茶目っ気を発揮するところあってる?
そういえば、小学生くらいの時に祖父に抹茶のケーキだと出されたものが、実はピスタチオのケーキで首をかしげながら食べていたのを見ていた祖父に爆笑されたのを思い出した。その後、本当の抹茶ケーキももらったけど、祖父は祖母にしばかれていたな。あいにく、その祖母は今は夕飯の買い出しに行ってしまって不在だ。
いつまでも変わらないおじいちゃんで孫は嬉しいよ。
うん。おばあちゃんに後で言っとこ。
♦
さんざん悩んだが祖父に伝えた通り、結局は通信の大学に通うことにした。
長野県の民俗学に強い先生がいる大学を祖父と調べて、そこに決めた。通信なので、都心の介といた家にも戻れることは戻れるが、家の付近のバイト先や友人らしき人たちを思い出すと戻る気が失せてしまった。今はとにかく、私を知っている人たちからは離れたかった。そのため、そのまま祖父母の家に世話になることにした。
一度、荷物を取りに介の方へ戻ったついでに神様の神社を探してはみたが、なんとなく今までわかっていた進む道はおろか、水のせせらぎも聞こえなかった。本当に出禁を食らってしまったらしい。
周囲を歩く大勢の人間の何でもない話し声や靴音と気配、ひっきりなしに来る電車とホームのアナウンス、扉が開くたびにはじける駅前のパチンコ屋の爆音に、特大スクリーンに映されて何かの宣伝をしているテンションの高い知らない人。
すべてがわたしにとってのノイズで、あの静かで清らかな神社に逃げ込めずにこれに耐えるしかない現状に、また喉が焼け付く感覚を覚えた。
ここはだめだ。ここにはいられない。
やっとの思いで祖父母の家に着いてから気づく。
神様は、わたしがうるさい音が嫌いだと言っていた。
自分の思考ノートを急いで引っ張り出して、先日噛り付いていた記憶を頼りに該当ページを探す。
あった。
五年前、15歳の中学3年の時。友人にテーマパークに行こうと言われついていったが、あまりの人の多さとそこから発せられる音がすべて不快で気持ち悪くなった、と自分の字で書いてあった。もうあんなところ二度と行かない、とまで書いてある。どれだけ嫌だったんだ、と先日は他人事のように思って流したが今ならわかる。本当に嫌で、その場にいることが苦しかったんだ。
そっか。と、かなり疲れて帰ってきたはずなのにひどく穏やかな心地になった。
祖父のくれた紙にようやく二つ目を書き足せる。
わたしは、ごみごみしたうるさい音が嫌い。
だから、静かで透明な神様が好きなんだ。




