元傭兵の殺し屋と、元リアルバウターの職人の危険なやり取りは、とっても素敵
「元、リアルバウター?」
狩野は、サングラスの表情はそのまま、首を傾げた。
「と、いうことは、アンタは知ってるのか、上村勇吾を?」
「ああ、よく知ってるよ」
早川新甲は、眼鏡の奥の目を、意味ありげに光らせて答える。
「なにせ、オレを引退に追い込んだ漢だから、な」
「ほう?!」
聞いた途端ここで、初めて狩野の表情と声のトーンが微妙に変化した。
サングラスのせいで、その目から表情は読み取れないが、どうやら興味が湧いた話しだったらしい。
「勝負したのか?上村と」
「ああ」
「負けたのか?」
「負けた」
「どう、やられたんだ」
「折られたのさ、腕と、足のつま先を、ね」
「なるほど、こっぴどくやられたもんだ」
ここまで会話が進んだ時、狩野が初めてはっきりと分かる笑みを浮かべた。
そう、それまでほぼ無表情だったのが嘘のような、楽しいの嬉しいのかその両方か、という微笑みである。
この瞬間までの経緯が凄まじいがゆえに、恐ろしく凄みのある顔になっていたと云えよう。
「早川さんとやら、アンタも腕には自信があるんだよな」
「ああ、ある、いや、あったと言うべきかな」
「何を遣う、いや、遣ってたんだい」
「古武術、さ」
「ほう、どんな?」
「無水無月流っていう、古流柔術を主体とした流派だよ。開祖がもとは鐘巻流を学んだとかで、その流れを汲んでる。オレも一応、免許皆伝をもらってはいたんだがね」
「それが、負けたってのか?上村には」
「ああ、強いよ、彼は」
「ふうん・・・・・」
「それより、さ」
ここで、何か考え込みかけた狩野を遮るように、今度は早川が質問した。
質問、というより、確認といった方が正しかっただろう。
「その姿形でかつ、上村くんのことを嗅ぎ回ってるところを見ると、アンタだろ?」
「何の事だ?」
「阿部くんと、立ち合ったのは」
狩野が眉をピクリとさせ、サングラスを外した。
底光りのする、不気味な翳を湛えた目が顕になる。
(さすがは間違いなく、人を殺したことがある目だな。それも、何人となく)
数こそ及ばないだろうが、早川もかつては立ち合いのなかで経験がある。
それだけに、すぐにピンと来た。
目の奥に隠しようのない、独特の昏さがある。
こと、一度でも人を殺したことのある人間は、こういう目になりやすい。
もちろん、早川は結果としてそう、なってしまっただけではある。
だが狩野の場合は、初めからそのつもりで、の状況だったはずで、そこに明確な違いがあった。
(参ったな、まさか引退してから出会うことになるとは思わなかったぞ)
こんな物騒な奴に。それが本音だった。
その物騒な狩野が、不気味な眼光はそのままで尋ね返してくる。
「阿部真二との立ち合いのことまで知ってるとは、アンタ、上村とは殺り合っただけじゃないようだな」
「ああ、そうとも」
「とんな関係なんだい」
狩野の昏い目を、眼鏡のまま見据えて早川が答える。
「常連客、というべきかな、ついでに言えば、な」
一旦、一拍おいて、続けた。
「ついでに言えば、恩人とも呼べるね、彼は」
「ほう、どんな恩があるんだ」
「縁結び、さ」
「縁?縁ってのは、誰のだ」
「決まってるだろ、オレと・・・・」
「アンタと?」
「うちの女房のさ」
狩野がはっきりと、目を剥いた。
「アンタ、妻帯してたのか」
口調は変わらないが、リアルバウターが、とでも聞きたげである。
「一緒になったのは引退してからだがね」
「まさか、そのきっかけになったのが・・」
「そう・・・」
御名答、という代わりに、早川は説明する。
「負けたからだよ、上村くんにね、おかげで引退する踏ん切りがついたからなのさ」
「なるほど、じゃあ、代わりにアンタに訊いてみた方が良さそうだな」
早川が眼鏡の縁を、人差し指で持ち上げた。
「訊くって、何を?それに、誰の代わりにだい」
「今、オレの足元で寝てるコイツの代わりに、上村の立ち回り先を教えてもらえないか、と思ったのさ」
狩野の足元ではまだ、深沢が鼻や口元から流血した状態で伸びている。
遠巻きに成り行きを見守っている野次馬の数も、徐々に増えてきていた。
「どうやら、アンタの店の常連なら、アンタの店がどこか聞いた方が早い気もするがね」
「それを聞いて、どうするんだ」
「そいつは、知らない方が身のため、だな」
「そうか、じゃあ、そうと聞いては・・・」
早川の目つきが、やや険しいものに変わる。
「教えるわけには、いかないね」
「どうして?」
「阿部くんが言ってた通りの理由だと、分かったからだよ」
「アンタが教えてくれなくとも、アンタの店を割り出して、店先を張る、という手もあるんだがな」
狩野の声に、ドスの利いた響きが加わった。
早川は、依然声のトーンに変化はないまま、やんわりと否定する。
「言っておくが常連とはいっても、いつも決まった日に来るわけじゃないぜ」
「いいんだよ」
狩野が懐にゆっくりと、右手を滑り込ませた。
「腕ずくでも、訊くまでだ」
「腕ずく、オレ相手にかい?」
「他に、誰がいる?」
早川が、ため息をつく。
「アンタ、本気で言ってんのか?」
さらに、続けて言う。
「あまり、利口とは言えんぞ」
ナメられたもんだ。
そう言わんばかりに、早川の目つきも、眼鏡の奥で鋭さを増していた。
「いいんだよ」
狩野が懐の中で、右手をゴソゴソしてみせながら言った。
「いよいよになったら、コイツに物を言わせるだけだ」
「おいおい・・・・」
狩野のその言葉の意味も、早川は十分知っている。むろん、阿部に聞いていたから、である。
「本気でこんな街中で使うつもりか、懐の中の、そんな物騒なもんを」
半分は呆れての物言いだが、もう半分のさらに半分は驚きであり、残りは正直に、恐怖を覚えてのことだった。
対して狩野はと云えば、早川の焦り顔などどこ吹く風なようだったと言える。
事もなげに、言ってのけた。
「オレの抜き打ちを、目で視認出来て気づけるヤツなど、こんな街中にはいない」
「どうかな・・・」
早川が、否定まではしないまでも、素直な疑問を口にした。
「今時はこのあたりの店先も、ほぼ防犯カメラだらけだと言っていい」
それに、とつけ加える。
「そこまで気の利いた物ではないにしろ、飛び道具なら、我が無水無月流にもあるんだ」
言いつつ胸ポケットに手を伸ばし、差している二本のペンの、その一方の柄に触れていた。
狩野が、ほう、というように、口元に微かに笑みを浮かべたようである。
「ペンシル・ナイフ、か」
「ああ、手裏剣だよ」
「オレの早撃ちと、勝負する気か」
「場合によっては、な」
「良いのか?アンタ、今や引退してる身だろ?」
「生憎と、腕は鈍っちゃいない、さ」
「戦場往来のオレに、勝てると思うのか」
「やって見なけりゃ、分からんよ」
「悪いが、遠慮はしない。どうなっても知らんぞ」
「それは、アンタにも出来るとは限らんよ」
二人の間の空気が、緊張をはらんで膨張していく。
お互いが、わずかに右手で互いの得物を抜き出しかけた、その時。
「こらあっ、そこの二人、何をやってるんだっ?!」
通りに突然、けたたましいホイッスルの吹鳴音が鳴り響いたと思いきや、怒号が飛んできたものである。
狩野が視線をやった方向へ早川が振り返ると、警察官が二人、駆け寄ってきていた。
どうやら、通行人の誰かが通報したものらしい。
二人ともやり取りに夢中ですっかり忘れていたが、まだ狩野の足元には、鼻血を出した深沢が伸びたままだ。
警察が来るのは時間の問題だったのである。
「・・・・どうやらここまで、か」
狩野がため息をつくように、諦めを口にした。
「アンタ、どうせ堂々と名乗れる身じゃないんだろ?警察に覚えられても具合が悪いんじゃないのか」
「今ここで、突き出してもらっても構わんぞ」
「そんなこと、しないよ、無駄に死人や怪我人が出るし、それに・・・」
早川が、言い切った。
「アンタと決着をつけるのは、上村くんであるべきだ」
ほう、という顔で、狩野は別のセリフを吐いた。
「・・・礼は言わんぞ・・・」
言うなり、脱兎の如く駆け出す。
たちまち通りの角を曲がり、姿が見えなくなっていた。
「構わんよ」
早川が敢えて言葉にはしなかった考えがある。
今この場で、警察に突き出そうとなどしたら、下手をすれば警官が二人とも殺されるだけだ。自分も含めて。
そう、判断したからである。
駆け寄って来た警官の一人が、早川に尋ねて来た。四十絡みの、ベテランという顔だ。
「足元の男、アンタがやったのか?」
「いや、オレじゃないよ」
即座に早川は否定する。
「その人は違うよ、止めに入っただけだ」
怪訝な顔をしたベテラン警官に、通りの野次馬の中から声が飛んだ。
「やったのは、さっき逃げてった兵隊みたいな格好のヤツだよ」
「早く追っかけた方が良いんじゃないの?」
図らずも早川を擁護するように、野次馬から相次いで声が上がる。
「どうします?」
相方の若い警官が、先輩警察官の考えを問う。
「どうせもう、追っかけたところで無駄だろうな」
近くの防犯カメラの映像を、確認した方がよほど早い。
そう言いながら、後輩に救急車の手配を命じて早川に向き直った。
「アナタにも、色々と事情を聞きたいんだが、よろしいですか?」
「ああ、構いませんよ」
早川は応じながら、周りを見渡して苦笑していた。
あれだけ集まっていた野次馬が、警察が駆けつけてきた途端、蜘蛛の子を散らすようにいなくなっていたからである。
関わり合いを恐れた、というヤツだ。
(それにしても・・・・)
早川は冷や汗が伝う感覚を、背で意識していた。
胸元のペンに手をやり、二本とも抜き取る。
ノックしたペン先から、何の変哲もないボールペンの芯先が出た。
そう、ペンシル・ナイフ型の棒手裏剣などではない、普通のボールペン。
狩野と対峙しつつ手をやったのは、ハッタリでしかなかったのである。
もちろん、早川の腕ならこれでも充分、代用は効く。
だが、狩野の得物に対しては伍する代物とは言い難かったであろう。
相手が拳銃では、という話しだ。
(今度からは、ちゃんとした仕込み手裏剣を持ち歩くとするか)
あんなヤツに出くわした以上、用心のためだ。
そう、決めていた。




