表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虎の師匠、女豹の妹子(でし)  作者: 十九川寛章
プロローグ
20/20

元傭兵の殺し屋と、元リアルバウターの職人の危険なやり取りは、とっても素敵

「元、リアルバウター?」

狩野は、サングラスの表情はそのまま、首を傾げた。

「と、いうことは、アンタは知ってるのか、上村勇吾を?」

「ああ、よく知ってるよ」

早川新甲は、眼鏡の奥の目を、意味ありげに光らせて答える。

「なにせ、オレを引退に追い込んだ(おとこ)だから、な」

「ほう?!」

聞いた途端ここで、初めて狩野の表情と声のトーンが微妙に変化した。

サングラスのせいで、その目から表情は読み取れないが、どうやら興味が湧いた話しだったらしい。

「勝負したのか?上村と」

「ああ」

「負けたのか?」

「負けた」

「どう、やられたんだ」

「折られたのさ、腕と、足のつま先を、ね」

「なるほど、こっぴどくやられたもんだ」

ここまで会話が進んだ時、狩野が初めてはっきりと分かる笑みを浮かべた。

そう、それまでほぼ無表情だったのが嘘のような、楽しいの嬉しいのかその両方か、という微笑みである。

この瞬間までの経緯が凄まじいがゆえに、恐ろしく凄みのある顔になっていたと云えよう。

「早川さんとやら、アンタも腕には自信があるんだよな」

「ああ、ある、いや、あったと言うべきかな」

「何を遣う、いや、遣ってたんだい」

「古武術、さ」

「ほう、どんな?」

「無水無月流っていう、古流柔術を主体とした流派だよ。開祖がもとは鐘巻流を学んだとかで、その流れを汲んでる。オレも一応、免許皆伝をもらってはいたんだがね」

「それが、負けたってのか?上村には」

「ああ、強いよ、彼は」

「ふうん・・・・・」

「それより、さ」

ここで、何か考え込みかけた狩野を遮るように、今度は早川が質問した。

質問、というより、確認といった方が正しかっただろう。

「その姿形(なり)でかつ、上村くんのことを嗅ぎ回ってるところを見ると、アンタだろ?」

「何の事だ?」

「阿部くんと、立ち合ったのは」

狩野が眉をピクリとさせ、サングラスを外した。

底光りのする、不気味な(かげ)を湛えた目が(あらわ)になる。

(さすがは間違いなく、人を殺したことがある目だな。それも、何人となく)

数こそ及ばないだろうが、早川もかつては立ち合いのなかで経験がある。

それだけに、すぐにピンと来た。

目の奥に隠しようのない、独特の(くら)さがある。

こと、一度でも人を殺したことのある人間は、こういう目になりやすい。

もちろん、早川は結果としてそう、なってしまっただけではある。

だが狩野の場合は、初めからそのつもりで、の状況だったはずで、そこに明確な違いがあった。

(参ったな、まさか引退してから出会うことになるとは思わなかったぞ)

こんな物騒な奴に。それが本音だった。

その物騒な狩野が、不気味な眼光はそのままで尋ね返してくる。

「阿部真二との立ち合いのことまで知ってるとは、アンタ、上村とは殺り合っただけじゃないようだな」

「ああ、そうとも」

「とんな関係(つながり)なんだい」

狩野の昏い目を、眼鏡のまま見据えて早川が答える。

「常連客、というべきかな、ついでに言えば、な」

一旦、一拍おいて、続けた。

「ついでに言えば、恩人とも呼べるね、彼は」

「ほう、どんな恩があるんだ」

「縁結び、さ」

「縁?縁ってのは、誰のだ」

「決まってるだろ、オレと・・・・」

「アンタと?」

「うちの女房のさ」

狩野がはっきりと、目を剥いた。

「アンタ、妻帯してたのか」

口調は変わらないが、リアルバウターが、とでも聞きたげである。

「一緒になったのは引退してからだがね」

「まさか、そのきっかけになったのが・・」

「そう・・・」

御名答、という代わりに、早川は説明する。

「負けたからだよ、上村くんにね、おかげで引退する踏ん切りがついたからなのさ」

「なるほど、じゃあ、代わりにアンタに訊いてみた方が良さそうだな」

早川が眼鏡の縁を、人差し指で持ち上げた。

「訊くって、何を?それに、誰の代わりにだい」

「今、オレの足元で寝てるコイツの代わりに、上村の立ち回り先を教えてもらえないか、と思ったのさ」

狩野の足元ではまだ、深沢が鼻や口元から流血した状態で伸びている。

遠巻きに成り行きを見守っている野次馬の数も、徐々に増えてきていた。

「どうやら、アンタの店の常連なら、アンタの店がどこか聞いた方が早い気もするがね」

「それを聞いて、どうするんだ」

「そいつは、知らない方が身のため、だな」

「そうか、じゃあ、そうと聞いては・・・」

早川の目つきが、やや険しいものに変わる。

「教えるわけには、いかないね」

「どうして?」

「阿部くんが言ってた通りの理由だと、分かったからだよ」

「アンタが教えてくれなくとも、アンタの店を割り出して、店先を張る、という手もあるんだがな」

狩野の声に、ドスの利いた響きが加わった。

早川は、依然声のトーンに変化はないまま、やんわりと否定する。

「言っておくが常連とはいっても、いつも決まった日に来るわけじゃないぜ」

「いいんだよ」

狩野が懐にゆっくりと、右手を滑り込ませた。

「腕ずくでも、訊くまでだ」

「腕ずく、オレ相手にかい?」

「他に、誰がいる?」

早川が、ため息をつく。

「アンタ、本気で言ってんのか?」

さらに、続けて言う。

「あまり、利口とは言えんぞ」

ナメられたもんだ。

そう言わんばかりに、早川の目つきも、眼鏡の奥で鋭さを増していた。

「いいんだよ」

狩野が懐の中で、右手をゴソゴソしてみせながら言った。

「いよいよになったら、コイツに物を言わせるだけだ」

「おいおい・・・・」

狩野のその言葉の意味も、早川は十分知っている。むろん、阿部に聞いていたから、である。

本気(マジ)でこんな街中(ばしょ)で使うつもりか、懐の中の、そんな物騒なもんを」

半分は呆れての物言いだが、もう半分のさらに半分は驚きであり、残りは正直に、恐怖を覚えてのことだった。

対して狩野はと云えば、早川の焦り顔などどこ吹く風なようだったと言える。

事もなげに、言ってのけた。

「オレの抜き打ちを、目で視認出来て気づけるヤツなど、こんな街中にはいない」

「どうかな・・・」

早川が、否定まではしないまでも、素直な疑問を口にした。

「今時はこのあたりの店先も、ほぼ防犯カメラだらけだと言っていい」

それに、とつけ加える。

「そこまで気の利いた物ではないにしろ、飛び道具なら、我が無水無月流にもあるんだ」

言いつつ胸ポケットに手を伸ばし、差している二本のペンの、その一方の柄に触れていた。

狩野が、ほう、というように、口元に微かに笑みを浮かべたようである。

「ペンシル・ナイフ、か」

「ああ、手裏剣だよ」

「オレの早撃ちと、勝負する気か」

「場合によっては、な」

「良いのか?アンタ、今や引退してる身だろ?」

「生憎と、腕は鈍っちゃいない、さ」

「戦場往来のオレに、勝てると思うのか」

「やって見なけりゃ、分からんよ」

「悪いが、遠慮はしない。どうなっても知らんぞ」

「それは、アンタにも出来るとは限らんよ」

二人の間の空気が、緊張をはらんで膨張していく。

お互いが、わずかに右手で互いの得物を抜き出しかけた、その時。

「こらあっ、そこの二人、何をやってるんだっ?!」

通りに突然、けたたましいホイッスルの吹鳴音が鳴り響いたと思いきや、怒号が飛んできたものである。

狩野が視線をやった方向へ早川が振り返ると、警察官が二人、駆け寄ってきていた。

どうやら、通行人の誰かが通報したものらしい。

二人ともやり取りに夢中ですっかり忘れていたが、まだ狩野の足元には、鼻血を出した深沢が伸びたままだ。

警察が来るのは時間の問題だったのである。

「・・・・どうやらここまで、か」

狩野がため息をつくように、諦めを口にした。

「アンタ、どうせ堂々と名乗れる身じゃないんだろ?警察に覚えられても具合が悪いんじゃないのか」

「今ここで、突き出してもらっても構わんぞ」

「そんなこと、しないよ、無駄に死人や怪我人が出るし、それに・・・」

早川が、言い切った。

「アンタと決着(けり)をつけるのは、上村くんであるべきだ」

ほう、という顔で、狩野は別のセリフを吐いた。

「・・・礼は言わんぞ・・・」

言うなり、脱兎の如く駆け出す。

たちまち通りの角を曲がり、姿が見えなくなっていた。

「構わんよ」

早川が敢えて言葉にはしなかった考えがある。

今この場で、警察に突き出そうとなどしたら、下手をすれば警官が二人とも殺されるだけだ。自分も含めて。

そう、判断したからである。

駆け寄って来た警官の一人が、早川に尋ねて来た。四十絡みの、ベテランという顔だ。

「足元の男、アンタがやったのか?」

「いや、オレじゃないよ」

即座に早川は否定する。

「その人は違うよ、止めに入っただけだ」

怪訝(けげん)な顔をしたベテラン警官に、通りの野次馬の中から声が飛んだ。

「やったのは、さっき逃げてった兵隊みたいな格好のヤツだよ」

「早く追っかけた方が良いんじゃないの?」

図らずも早川を擁護するように、野次馬から相次いで声が上がる。

「どうします?」

相方の若い警官が、先輩警察官の考えを問う。

「どうせもう、追っかけたところで無駄だろうな」

近くの防犯カメラの映像を、確認した方がよほど早い。

そう言いながら、後輩に救急車の手配を命じて早川に向き直った。

「アナタにも、色々と事情を聞きたいんだが、よろしいですか?」

「ああ、構いませんよ」

早川は応じながら、周りを見渡して苦笑していた。

あれだけ集まっていた野次馬が、警察が駆けつけてきた途端、蜘蛛の子を散らすようにいなくなっていたからである。

関わり合いを恐れた、というヤツだ。

(それにしても・・・・)

早川は冷や汗が伝う感覚を、背で意識していた。

胸元のペンに手をやり、二本とも抜き取る。

ノックしたペン先から、何の変哲もないボールペンの芯先が出た。

そう、ペンシル・ナイフ型の棒手裏剣などではない、普通のボールペン。

狩野と対峙しつつ手をやったのは、ハッタリでしかなかったのである。

もちろん、早川の腕ならこれでも充分、代用は効く。

だが、狩野の得物に対しては伍する代物とは言い難かったであろう。

相手が拳銃では、という話しだ。

(今度からは、ちゃんとした仕込み手裏剣を持ち歩くとするか)

あんなヤツに出くわした以上、用心のためだ。

そう、決めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ