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 どれだけ誰かが傷ついたとしても夜は明け、朝がやってくる。青い青い空と白い雲。日差しが注いで、泣き疲れて眠ったであろう春花にも朝がやってきているだろう。


私も起きなければ。


 日曜日の朝だというのにゆっくりと寝ているわけにはいかない。今日はやりたいことがたくさんある。溜めこんだ洗濯をして、掃除をして、部屋を綺麗に整えたい。それが終わったら買い物に行って今週分の買いだしをしなければ。気ままな一人暮らしはとても忙しい。バタバタと掃除機をかけた。そろそろ洗濯も終わる。


 私はなんとか午前中の内に自転車にまたがり近所の格安スーパーに辿りつく。午前と午後の狭間にある中途半端な時間のスーパーは人ごみもなく、悠々と買い物が出来る。カートにかごを載せて店内を決まったコースで歩く。野菜、お肉と食材を買う。キャベツが一四〇円は微妙だ。先週はもう少し安かったのに。お肉はやっぱり鶏肉になる。美味しくてヘルシーだし、胸の発育にもいいと聞くので。デザートにヨーグルトを選び、かごにいっぱいのお買い物はまもなくゴールだ。

「アイス食べよ。」

欲を出して、箱入りではなくカップの大きなアイスを買う。手を伸ばすのはハー●ンダッツのバニラ。今日はお得に一八三円である。


 横からにゅっと手が伸びてくる。男の人だった。アイスを二つ掴む。ふっと顔を見て、驚く。思わず声が出ていた。

「堀内君・・・」

「え、」

数分に感じる数秒を見つめあっていた。黒髪は相変わらず艶やかで、それでも社会人らしく短めに切られている。服装はボーダーのカットソーに白シャツを羽織っている。

「あ、えーと、すみません。どこかでお会いしましたっけ。」

「すみません、南田と申します。高校の同級生の堀内君ではないかと思いまして。」

「ああ、南田さん。あーお久しぶりです。ぜんぜん分からなかった。」

こちこちのハーゲンダッツを持ったままで数分の立ち話をした。話を聞くとここから少し離れた辺りに住んでいて、週末になるとこのスーパーへアイスを買いに来るらしい。なんでもこのスーパーはハーゲン●ッツが他よりも安く買えるということを最近知ったのだそうだ。それはメモせねば。


 バニラを二つ、カスタードプディングとイチゴを一つずつ。堀内君はまたねと言ってさっそうと自転車で帰って行った。私も逆方向へ自転車をこぐ。かごにはたくさんの食材、そしてバニラアイス。


 お家に帰ったら早速アイスを食べよう。小さな銀のスプーンですくい取る冷たくて濃厚な、愛おしい甘美の味を。


 堀内君について、たった一つだけ蛇足であるが説明しておく。


彼は高校時代に私が恋して、自ら振られた男の子だ。


 毎週末、日曜日の午前と午後の狭間に買い物に行くのが私の習慣になった。雨の日も風の日も。服装もラフだけれども可愛らしい色柄のものを着て買い物に行く。そして毎回、一個だけハーゲンダッツを買って帰る。

「あ、南田さん。おはよう。」

「堀内君、おはよう。」

買い物カートを押しながら彼と歩く。お互いに買い物をしているので、互いの食生活が透けて見える。男の人だから食べる量も多いのだろう、私の買うパックの倍近い大きなサイズをかごに入れていく。驚くべきことに、不健康丸出しの即席めんなどに加えて彼はきちんと野菜も買っていく。ほうれん草だったりニンジンだったりと色どりも豊富だ。そして、たまにフルーツも。


 私達は近所の仲良しさんのようにほとんど毎週末、一緒に買い物をした。きちんと自炊をしている彼が素敵だと思った。柑橘類を吟味してかごに入れる姿も。

アイスはやっぱり四個か二個買う彼はきっと甘党なのだろう。あの頃は気がつかなかったこと、知りえなかったことを徐々に私は知っていく。

どんどん加速していくのを自覚している。あの頃に戻っていく心を自分では捕えきれない。でも、どこかで警鐘が。嗚呼。


鳴っている。



 堀内君は今、きちんと総合商社に就職していて、営業として働いているらしい。毎日忙しくて居眠りでもしたいくらいに大変だと笑う。それでもきちんと家に帰って毎晩、自炊をするのだそうだ。同じ金額を出すならたっぷり食べたいし、意外と料理は嫌いじゃないらしい。嫌な上司がいるが、憧れの(という形容はしていなかったが)先輩がいて、その人を目標に日々を過ごしている。

これが、この数週間をかけて大体四回分の買い物中に得た今の彼の情報である。わずか六行ほどの内容を知るのが楽しくて、嬉しい。

「そうだ、今の連絡先。」

目の前に差し出された白い小さなメモ用紙にはメールアドレスと電話番号。きょとんとして少しだけ背の高い彼を見つめる。

「今度めし食べよう。作るから。」

「え。あ、本当?ありがとう。」

じゃああとで連絡して、と言って彼は帰っていく。彼の自転車は私から遠ざかっていくのにどうしてか少し彼と近づいている気がする。それが気のせいではないと、私は知っている。


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