第七十話
そこに辿りつくまで誰も隠れている雰囲気すらない通路は、彼女を足取りを決して駆け込むような事はとはさせなかった。
扉は一つしかなく、身構えながら中を覗き込むと、彼女はそこにいた男の名前を言った。
「ペイン…」
日が暮れかけて少し暗がりの一室、だが、目の前にペインが立っていたのは輪郭でわかり、ペインも彼女の気配に気付いた。
「かつて地域の安全対策として、治安が数値化されていた時代があった。
自分の身の安全の認識、治安部は警戒区域強化の目安として…。
俺は、その数値を下げるのが自分の役目だと思い込み、必死に戦った」
「ふっ、少なくともその時のお前には、それが目標だったはずだ。
それを思い込みというのは良くないだろう?」
「それが自分の将来のためになるのなら…か?
当時としても、治安部にいる、いた、ってのは大切なステータスだ。
だが、現実のオレはどうだ?」
「……」
「オレは自分と向き合う事が欠けてたのさ」
するとペインは自分の足元を見ていた。
廃棄された工場の一室は以外に広く、見通しも良い、そのためレフィーユが少し移動しただけで、彼の足元に人が倒れていた事を発見した。
調べても構わないのか、ペインはその男からゆっくりと離れた。
倒れている男にレフィーユは警戒しながら脈を計るのを見たペインは、
「人間ってモンは、簡単に死ぬもんだ…。
どうして、そんな事がわからなかったんだろうな」
先にこんな事を口走る。
「俺の付加能力は、簡単に人を殺せてしまう。
これは俺がガキの内に、理解しないといけないトコロだ。
なのに俺は親の言いなりに『自分の能力は特殊だ』と信じ。
自分が人を殺した事を治安部の活動の中の事故だと処理して、向き合う事はなかった。
実際、昔と同じ様に、こんな感じで『仲間』を殺すまではな」
「どういう事だ?」
「治安部にいた頃でもな、俺の能力のヤバさを訴えてきたヤツがいたんだ。
だが俺は、そんなヤツの言葉は聴きもしなかった。
そんで最後に取っ組み合いの喧嘩になってな…。
自分でも嫌なトコロを触れられていたのがわかっていたのか、武器を取り出して…。
嫌なモンだ、今はもう。
人を殺す、その感傷もねえ…」
その時、ちょうどレフィーユがその男が死んでいる事を確認出来た頃、ペインの手には武器が出来上がっていくのが見えた。
「自分の能力が危険だと言うのが自覚出来ているのなら、お前には罪悪感という感傷がある証拠だ。
これ以上、罪を重ねるな…」
ペインと彼女の距離は、お互い、すぐにでも飛び掛かれる距離の中、
「抵抗くらい、させてくれよ?」
そう言って、ペインは多節鞭の手に飛び込んで来た。
その一撃を確実に避けたレフィーユは、サーベルをペインの前に突きつけながら聞いた。
「なら、一つだけ教えてほしい。
ファミリー達が助けに来た時、お前は確かに逃走を図った。
だが、今のお前はどうして逃げようとしない?」
一瞬、ペインの動きが止まるが、構えを解かずにこう答えた。
「オレには仲間なんていなかった…」
ペインは連続で、レフィーユに攻撃を加えようとするが、打ち据えた彼女に違和感を覚え、すぐさま防御の姿勢に入る。
「はああ!!」
彼女の残像が崩れ、彼の視界の横からレフィーユは反撃する。
だが、動作より思考の方が動きは早く。
ペインの防御本能の作動は、派手に火花が散らせ、ダメージを最小限に抑え、彼が痛みを味わう中、
「最初はオレは仲間意識があったから助けてくれたと思っていたが、実際はどうだ」
ペインの彼女に攻撃する様は荒々しさがあった。
「助けてくれたアイツも、倒れているコイツも、オレが大事じゃなかった!!
オレの『名前』が大事だった!!」
近くにあった机はレフィーユの避けたために壊れた、荒々しいがペインにはまだ余裕があった。
「さて、避けるだけしか出来ないのは、さすがに辛いよな?」
「ふっ、お前の一撃が怖いのでな」
「だったら、仲間を呼べよ。
包囲してオレを集団で襲えば、簡単な話だろう。
言っておくが、オレはそれで先に捕まえられたんだぞ?」
それでもなおもペインの攻撃を避けるレフィーユは、こう言い返して反撃すると距離をとって言った。
「その時、何人の犠牲者が出たと思っている?
私は、仲間を失うワケには訳にはいかんのでな」
するとその時、
「仲間か…」
ペインの顔は確かに笑顔だった。
「どうりでお前は犯罪者達に嫌われるワケだ!!」
それは一気に怒りに変わる。
ペインは近くにある椅子をレフィーユに転がるように蹴飛ばした。
「ぬうおぉぉ!!」
彼女はその笑顔に一瞬の油断が出来ていたが、まだ反応が出来た。しかし、次は先ほどの机が彼女に迫ってきた。
「ぐっ!?」
慌ててレフィーユは片手で防ごうとするが、対するペインは武器を転がしながら、両手で押しやっていた事もあり、最初から勢いの付いた机は簡単に止まる事は無かった。
あっという間にレフィーユは、ちょうど机同士に挟まれる形で、動きを阻まれてしまうが、それは不味い展開だった。
ちょうど転がった多節鞭がペインの足元にあった。
そうなるようにしたのだろう。
そう思った瞬間、レフィーユは、さっきペインがしたように守りを固めた。
『いつも』どおりに…。
『まずい…』
思考は確かに彼女に危険を伝えていた。
確かにサーベルで『いつも』どおり受け止めた。
だが…。
「ぬあぁぁ!!」
一瞬にして、それは後悔に変わるほどの激痛が身体中を駆け巡っていた。