1 違和感
重たい意識の底に、明るい光がゆっくりと差し込んできた。
眩しさに目を細めながら瞼を持ち上げると、見慣れない真っ白な天井が視界に飛び込んできた。
(あれ……私、どうしたんだっけ?)
首を傾けると、開け放たれた窓からぬるい風が入り込み、薄手のカーテンをふわふわと揺らしている。
どこだろう、ここは。
病院……?
「結さん? 目が覚めましたか?」
枕元から、看護師らしき女性が覗き込んできた。
「……はい……」
「ご自分のお名前、言えますか?」
「さいき……ゆい、です……」
「良かった。今、担当の先生を呼んできますね」
私は眠っていたらしい。
けれど、なぜ? いつから?
記憶の糸を手繰ろうとしても、霧がかかったようにあやふやだ。
霧の晴れない頭のまま、しばらくぼんやりしていると、白衣をまとった男性が入ってきた。
穏やかな笑みを浮かべた、いかにも優しそうな医師だ。
「斎木結さん、気分はいかがですか?」
「はい、大丈夫です……」
「眠る前のことは、何か覚えていますか?」
「……それがあまり、はっきりしなくて……」
私の頼りない返答に、医師は安心させるようににこりと微笑んだ。
「そうですか。無理に思い出そうとしなくていいですよ。今はしばらく、ゆっくり休んでください」
その優しい言葉とは裏腹に、胸の奥をざわつきが襲う。
何か、とても大切なものを失ってしまったような感覚。
わけもない不安が、じわりと広がっていく。
簡単な診察を終えると、医師と看護師が部屋を出ていこうとした。
私は突き動かされるように、その背中に声をかける。
「あの……私はどうして、ここに運ばれたんですか?」
「……」
医師の足が止まる。振り返ったその表情が一瞬、翳ったように見えた。
「あの、っ……!」
問い詰めるような私の声に、看護師が助け舟を出すように笑顔で答えた。
「自宅のお庭で倒れられているのを、発見されたんですよ」
医師もまた、いつもの穏やかな笑みに戻って言葉を引き継ぐ。
「一通り精密検査をさせていただき、数日様子を見ましたが、どこにも異常は見当たりませんでした。もう帰宅していただいても大丈夫ですよ」
「……え? はい……」
異常がないのに、倒れた?
なのに、もう帰っていいのだろうか。
「ちょうどご家族の方が、お迎えにいらしているようです。ここで少し待っていてくださいね」
そう言い残し、医師と看護師は、頷き合って部屋を出て行ってしまった。
静まり返った病室で、私はベッドから抜け出し、窓辺に歩み寄って外を眺めた。
街からずいぶんと離れた、郊外の病院のようだ。
視界の先では青々とした木々が風に揺れ、容赦のない陽光が大地と空を白く照らしている。
なぜだろう。
気づけば涙が頬を伝っていた。
ぽろぽろと、目から涙が溢れて止まらなくなった。
悲しいのか、怖いのか、理由すら分からない。
ただ、取り返しのつかない大切な何かを、どこかに置いてきてしまった気がしてならなかった。
窓から光が差し込んでいる。
涙に濡れた頬が、光を弾いていた。
明るい、光の中に君がいる。
たとえ君が私を忘れても。
夜の境界から、君の幸せを祈っている。




