7・雪肌の「処女」と闇夜の「獣人」(3)
雲ひとつない、高く澄んだ夏の夜天に甲高い犬の鳴き声が響いている。
けたたましく吠えているのは六十歳くらいの男性が連れているポメラニアン。
路地を照らす街灯の向こう側に見えるのは中型犬ほどの大きさの獣の影。
墨で塗り潰したような常闇の影は日常で目にする動物とは違う風貌だった。
犬のようなシルエットだが、長い尾が二本ある。
彼の愛犬はそれを威嚇し吠えている。
どうしてこんな田舎の夜道に――男性は恐怖で身が凍りつき、立ち尽くしている。リードを握る手が震え、冷たい汗が額をつたった。
男性は持っていた懐中電灯の灯りを消し、吠え続ける愛犬のポメラニアンを抱え上げた。
最近この辺りにもクマが出るからと、妻から手渡された「クマ避けの鈴」を腰にぶら下げていたがそれも外しポケットに入れた。
――刺激を与えず……その場を離れ……通報は安全を確保してから……。
テレビやラジオで何度も聴いていた役所のCMのフレーズを心の中で繰り返し、ゆっくりと後ずさる。
真っ黒な中型犬のような獣はその身に煙のようなものを纏い、そこからは小さな稲妻が走っていた。
これは生き物ではない。
黄泉国から湧き出た、獣の形をした「死の穢れ」――ヨモツだ。
過去に数回ヨモツを見たことはあったが、これほどの至近距離で遭遇することは今まではなかった。
男性は今日もいつも通り日中の炎天下を避けて夜に愛犬の散歩に出た。
閑静な住宅地のはずれ、県道沿いに広がる水田を望む高台にあるこの道を愛犬と共に懐中電灯を片手に歩いていた。
まさかこんな時間に、クマではなくヨモツと遭遇するとは。
ヨモツは意外にも人気の無い夜道に現れることは少ない。
夜にも現れるが、ほとんどは繁華街の裏路地など人の往来が絶えない場所の近くだ。
可能な限り刺激を与えないように、ヨモツを威嚇して吠え続けるポメラニアンを胸に埋めるように抱きかかえる。
この先に三叉路がある。そこまで行き角を曲がればヨモツから身を隠し走って逃げることができる。
ヨモツから離れる際はクマと同じように背中を見せてはいけない。
これまでに無い命の危険を感じ、震える足を懸命に動かし男性はその場から離れようとしていた。
その時、後方から何かが迫って来る気配を感じた。近付いて来るアスファルトを蹴る乾いた足音。
人とは違う明らかに二足歩行のものではない足音。その異様な気配と男性との距離はあっという間に縮まる。
振り向くと間近にヨモツと同じような黒い獣の影と息遣いがすぐそこまで迫っていた。
別の個体が現れたのか――咄嗟の判断で男性がその場に蹲ると、獣の影は彼の頭上を飛び越えて行った。
恐る恐る顔を上げた男性が目にしたのは、自分とヨモツの間に降り立った黒いオオカミ。
オオカミの体は全身が脈打つように蠢き、瞬く間にその姿を変えた。
前足が腕に、後ろ足が脚へ。体を覆っていた黒い毛が皮膚に吸い込まれ、身を屈め膝を付く「人間」の形になっていく。
今、男性の前にいるのは闇夜の使者のような黒髪と褐色の肌を持つ少年。
「――ここから離れて下さい」
男性に背を向けたまま先程まで「オオカミ」だった少年は立ち上がり静かな声でそう言った。
一八〇センチはある長身。黒いハーフパンツを履いているが上半身は何も着ていない。
かなりラフな格好で「夜のランニング」をしている体育会系の少年に見えないこともないが、見れば見るほど彼の姿は「異様」だった。
少年の足元は裸足。
つま先から膝の下は人のものにしては濃い体毛で覆われ、腕もよく見れば指先から肘下まで「獣の脚」のようになっている。
黒い髪が肩下まで伸びているように見えたが、それは首から背中にかけて生えた長い毛だ。
頭の上にはオオカミと同じ毛に覆われた三角形の「耳」がある。
異形の少年を男性は物珍しそうに見ていた。歪なその姿を目にしても怯えてはいない。
少年が「天津人」と同じような存在だとわかり、少し緊張が解けた様子だった。
この辺りにも住んでいたのか、以前彼と同じ属性の者を見たのは十年くらい前だろうか――男性は少年に尋ねる。
「……あんた「新津」か?」
「はい、俺が消すので逃げて下さい」
この少年は「天津人」と同じルーツを持つ存在。腕から雷線――「祓いの雷」が走り、爪の先から青白い火花が散っている。
男性はこの少年はヨモツ祓除の能力を持っていると認識したが、能力があるとは言え通りすがりの素人。
単独で成体のヨモツとやり合えるのものなのかと懸念を抱いていた。
「獣撃隊呼ぶか?」
「大丈夫です。これ、持ってるんで」
少年はハーフパンツのポケットから黒地に桃色のラインが入った腕章を取り出し、前方のヨモツを見据えたまま背後の男性に向けて掲げる。
この腕章は獣撃隊で祓除研修を受け、ヨモツ祓除の技術を習得している者に与えられるものだ。
彼は腕章を携帯しているので、獣撃隊に所属していないが法律で能力を使う事を許されている。役所の「お墨付き」だ。
「……兄ちゃん一人で祓除出来っか?」
「出来ます。早くここから離れて下さい」
静かな声で少年は再び男性に退避を促し、ポケットに腕章をしまった。
「……わかった、気ぃ付けてな」
吠え続ける愛犬を抱え男性は立ち上がり、彼の影に隠れるようにその場から足早に去って行った。
褐色の肌の異形の少年――高野原九郎は男性が抱えていた犬の咆哮が遠ざかるのを確認してから、アスファルトを踏み締めゆっくりとヨモツとの距離を詰める。
高く迫り出した鼻。大きく裂けた口元。金色に輝く瞳――その姿は言うなれば「狼男」だ。
オオカミの姿でも人間の姿でも、それなりに祓除をする力はあるが「強い」訳ではない。
オオカミと人間――その両方を併せ持つ本来の姿でこそ全力を出せる。
全身に青白い雷線を走らせ威嚇の姿勢を取ると、ヨモツはそれに応じるように漂わせている黒い霧から激しい稲光を閃かせ彼に飛び掛かって来た。
九郎は膝を曲げヨモツの懐に潜り込む体勢を取り、頭上で前足の付け根を掴む。
固くはない。その質感から哺乳類と同じものと判断し、前足を掴んだ手にさらに力を込め体内に雷線を撃ち込んだ。
九郎が放つ「祓いの雷」を撃ち込まれたヨモツは激しく身を痙攣させる。
動きが鈍るのを確認し前足を掴んだまま、九郎はヨモツをアスファルトの上に叩き付けた。
足で押さえつけ止めを刺そうとしたその時、ヨモツの体表が大きく波打ち体表が裂け黒い肉片と体液のようなものがマグマのように溢れ出す。
それを触れてはマズいものだと判断した九郎はヨモツから手を離し後退る。
ゲル状になったヨモツの体は、一瞬で膨れ上がり別の形態に変化した。
その姿は先程とは違う――ヨモツは九郎の首の下くらいの体長の「クマ」に近いものになっていた。
重量感のある体躯にも関わらず、犬のような俊敏な動きでヨモツは九郎にのしかかって来た。
身をかわすのが間に合わずヨモツに押し倒されたが、再び前足を掴んで雷線を撃ち込む。
九郎は全身に雷線を走らせヨモツの腹を蹴り、首に噛みつき「生の雷」で「死の穢れ」を祓う。
彼が行なっているのは祓除だが、それはまるで獣同士の取っ組み合いのような様相だった。
九郎は高天原からヨモツ祓除のために地上に移植された人草「天津人」とは違う存在だ。
言い伝え通りなら、九郎は「高天原」で生まれ「葦原中国」――地上へ降りて来た。
現在生きている天津人よりも純度が高い「高天原産」の生命体だ。
高天原では神は男女神の交わりや、神の持ち物やその行動から新たな神々が生まれ続けているらしい。
その中には完全な体であれば彼は何かしらの天津神になっていたが「不完全」なもので神にはなれなかったものもいる。
それは「女の方から」声をかけるという間違った夫婦の契で生まれた、伊邪那岐と伊邪那美の不完全な第一子「ヒルコ」に近いものだった。
不完全なものは「ヒルコ」と同じように「無かったこと」にして彼方へと流していたが、それらを「合わせて」見たところ新たなものが生まれた。
それは人草のようなものあり、獣のようなものでもあった。
神から生まれたもの同士を接ぎ合わせたにも関わらず、神ではなく人草としても獣としても不完全な存在が誕生した。
高天原に住まうのは神のみとされている。
過去に高天原に生えていた人草を送り出した時のように、天津神たちはこれに「祓いの雷」を与え「ヨモツ討伐の助っ人」として地上の天津人の元へ送ることにした。
天津人は天から降りて来た人と獣の体を合わせ持つ彼らを「高天原からの神使」として迎え入れ、ともにヨモツと戦って来た。
成長した彼らは人草の女と番い子をもうけ、その子孫は三代かけて地上に根を下ろす人草となる。
咲也曰く「マッドサイエンティスト神による人造実験からのリサイクル事業」で、高天原から地上へ送られた半人半獣の生命体。
神でも人でも獣でもない彼らは天津片生――カタオイと呼ばれていた。
片生とは「不完全なもの」を指すもの。
古代から現代までこの呼び名が使われていたが、現在その名称は差別用語とされ放送禁止用語にもなっている。
一九七〇年代に視覚・聴覚の障害者の名称や被差別部落の名称などが不適切な「差別語」とされ、別の名称に言い換えられるようになった。
一九八〇年代に入ると、差別用語とされるものは人権意識の高まりと共に高範囲に及ぶようになった。
カタオイも「差別的」で「不適切」なものだと声が上がった。何せ「不完全なもの」と呼んでいる。
声を上げたのはカタオイたちではない。人権団体だ。
天津人にとってカタオイは「パートナー」のような存在で、国津人にとってはヨモツを祓除してくれるので「レアな天津人」と言った存在だ。
カタオイ側も人草たちから奇異な目で見られることはあっても、虐げられていると思ってはいない。
しかし「差別的だ」との声が上がれば、大衆は悪意なく使っていた呼び名を「差別的」で良くないものだと認識するようになる。
今まで意識していなかったものを「差別をされるような存在」だったと見るようになる。
それは倫理的な正しさでコーティングされた、新たに生まれた「差別」とも言える。
カタオイと言う名称は封じられ、公では「新天津人」と言い換えられるようになった。
日常では「新津人」や「新津」と呼ばれている。
それでも天津人を含む身内同士の会話や自称で「カタオイ」の名称を使う者は少なくない。彼らにとっては蔑称ではないからだ。
高野原九郎は天津片生――新津人である。
九郎に高天原の記憶はない。
目が覚めたら葦原中国――地上にいた。




