ヒーロー候補・D.E.T.O.N.A.T.E.②
少し考えたように顎に指を添えていた幸也は――その姿も非常に絵になって腹立たしい――ふとこう言った。
「Dai, Esattamente: Tu Ora, Non Avrai Talento Estero?」
(ねえ、正直なところどうなの? イタリア語は喋れないんじゃない?)
……なんて?
「Di ciò Espresso Trovo Ogni Nuance, Anche Tacendo Emotioni.」
(語られたことからは、すべてのニュアンスを見つけ出せる。たとえ、感情が隠されていても)
……お前もなんて?
D.E.T.O.N.A.T.E.は、幸也の言葉に間髪入れず返答した。つまり会話は成立している。
俺だけが置いてきぼりにされている。幸也は感心した様子でこう言った。
「すごいですね、イタリア語でもいけるんだ」
「幸也がイタリア語喋れるのも驚いたし、D.E.T.O.N.A.T.E.がイタリア語喋れるのにも驚いたし、幸也がイタリア語でデトネイト構文作れるのにも驚いたわ。疲れてきた」
「母国語なんですよ」
「イタリア人だったんか?」
「日本とイタリアの血引いてます。イタリアで生まれてしばらく過ごしてからこっちに来たので、日本語は第二言語ですね」
「お前日本語うまっ!」
イタリア語が話せるのではなく、日本語の方を後から勉強して喋ってんのかよ。
まったく気づかなかった。それほどに違和感のない発音だ。
そういえば幸也の目は青い。
どっかの血が入ってんだろうとは思っていたが、イタリアだったのか。
「英語も喋ってたよな? トリリンガル? やっぱ文系ってすげえ~」
「祈さん。文系がみんなトリリンガルなわけじゃないですよ。俺がたまたまトリリンガルの文系だっただけです」
「なんにせよすげえな。緊張するとうまく喋れなくなるのは外国語喋ってるからだったのか。イタリアじゃぶいぶい言わせてたのか?」
幸也は微笑んだ。その笑みは少し悲しそうに見える。……つまりそういうことか。
これ以上触れないでおこう。俺が文系に夢を見すぎているという幸也の談は正しいのかもしれない。
「Dunque, Eri Tu Ormai Nel Atto Terminale, Eh?」
(当然、お前なんだろう。もう終わりに向かっているのだな)
おそらくイタリア語で、D.E.T.O.N.A.T.E.は幸也に言った。
基本的に、話しかけられなければ自ら言葉を発することは滅多にないD.E.T.O.N.A.T.E.にしては、珍しいことである。
「なんて?」
まさかD.E.T.O.N.A.T.E.が何言っているかを、D.E.T.O.N.A.T.E.以外に尋ねる日が来るとは。
俺は幸也にD.E.T.O.N.A.T.E.博士の称号を譲らなきゃいけねえかもしれん。
幸也は首を横に振る。
「いえ、完全には理解できませんでした。単語の意味はわかりますが、彼の言葉は詩的で、もっと多くの前提条件を知らないとその真意をわかってあげるのは難しい。もう少しお話しする時間がほしいですね」
その言葉に、俺は感動した。
「お前、D.E.T.O.N.A.T.E.とまだ会話してえって思えるのか……!?」
どう考えても、D.E.T.O.N.A.T.E.との会話はめんどくせえ。それは俺もずっとそう思っている。
だが俺くらいしかこいつの言っていることを理解してやれないし、こいつがなにか伝えたいと思ったときに、俺が聞いてやらねば、こいつは一生孤独になってしまう。
ちょっと責任として重すぎるんだよ、そう思っていたところだ。幸也が天の助けに思える。
「微妙ながらお手伝いしますよ。祈さんにはあまり、文系の友達がいないみたいですから」
幸也はそう言って笑った。
「でも今日はネムネムと話すために来たんですよね。行きましょう。ネムネムは忙しいから、今日も捕まるかわかりませんよ」
こうして、変な集団の俺たちは仲良く遊園地に入園した。
運良くネムネムはすぐ捕まった。
ネムネムにD.E.T.O.N.A.T.E.を紹介すると、両手を上げ、フィギュアスケートの技・イナバウアーくらい仰け反った。ものすごい驚きの表現である。
ネムネムは両手を広げ、気功波でも撃つかのようなジェスチャーをした。何?
幸也を仰ぎ見るが、幸也も何? という顔をしていた。
唯一D.E.T.O.N.A.T.E.だけがそれを見て、静かに首を横に振った。
ネムネムは頷いて屈み、地面を触った。
それを見てD.E.T.O.N.A.T.E.はゆっくりと頷く。
ネムネムもぶんぶんと大きく頭を振りながら頷いている。
何?
「……すげえ。この場合ネムネムがすげえのか、D.E.T.O.N.A.T.E.がすげえのか、どっちなのかわからねえ」
俺にはなんのこっちゃわからないが、彼らの間ではコミュニケーションが成立しているようであった。
テレパシーでも使っているのかと疑いたくなるが、たぶんどっちにもそんな特殊能力はない。
「すごいのはどっちもじゃないですか? 俺いらなかったなあ」
「いや、俺としてはD.E.T.O.N.A.T.E.と会話を成立させられるやつが1人でも多くいると助かる」
「俺もD.E.T.O.N.A.T.E.さんに会えてよかったですよ。前々から会いたいと思ってたんです」
「そうなん?」
「はい。俺は……いえ、この話はまた今度にしますか。いつか俺のためにも時間を割いてくださいね、祈さん」
な~にかわいいこと言ってくれちゃってんだこいつは。
相変わらずラブコメだったら告白になりそうなことを言っているが、さっき指摘したらぽかんとしたところから察するにただの天然だ。
天然のたらしだ。まったくかわいい後輩め。構いたくなっちまうだろうが。
「お前がそう望むなら。俺はお前を頼りにして、ちと頼みごとをし過ぎたな。愚痴があるなら聞くぜ」
「……俺、頼りにされてたんですか?」
「ああ?」
幸也がきょとんとした顔をするので、俺も驚いてしまった。
こいつなんも自覚なかったのかよ。いや、俺も言葉にしなさ過ぎたか。
いけねえな、大抵のことは言葉で伝えとけよと思っているくせに、自分自身がそれを怠っていた。
「そりゃそうだろ。あんなんなった雛を任せたのは、幸也ならなんとかすると思ったからだ。だがお前にも生活があるし、ヒーロー活動もしてるし、なにしろ大学生だ。そりゃ忙しいわな。俺が手伝ってやれることはそんなにないだろうが、ま、ストレス発散くらいには付き合ってやれる」
「忙しいのは祈さんもでしょう。でも、嬉しいですね。こんな俺を、こんなにすごい祈さんが頼りにしてくれてるって、そう思ったらやる気が出てきました」
どんなにすごい祈さんだと思っているのはわからないが、やる気を出してくれたのならなにより。
相変わらずこいつは人をさらっと褒めて良い気にさせるのがうまい。
「じゃあ今度ボウリングに付き合ってください! ずっと行ってみたかったんですけど一人ではハードル高くて!」
「任せな。俺はひとりで何でもできる人間だからな。その根性を教えてやれる」
「そっち!?」
ひとりでボウリングに行かされると思った幸也が慌てたので、軽く笑う。
「冗談だよ。日付合わせて今度行こうな」
「はい!」
「……ちなみに、他に誰か呼んだほうが良いやつか?」
「祈さんが誰呼ぶのか予想がつかなくて怖いので祈さんだけで来てください!」
ヒーローかヴィラン以外になると、人外しか呼べねえなあ。
すだまを呼んでやることならできるが、幸也はボウリングどころではなくなる可能性があるので、やはり避けた方が良いだろう。
最終的にネムネムは「いい汗をかいた」みたいなジェスチャーをしながら、俺たちを見送った。
D.E.T.O.N.A.T.E.は首を縦に振るか横に振るかしかしていなかったが、ネムネムにはそれですべてがわかったらしい。
D.E.T.O.N.A.T.E.のヒーローコスチュームに関してはなんとかしてくれるということで、たぶんいいんだよな。頼んだぜネムネム。




