1.此処は平安の都
夜。
地に転がる骸の山を、まだ地平にほど近い月が、白く青く照らしている。
打ち捨てられた死者の山。都の門の先に広がる、平安の都とは名ばかりの、死穢に溢れた光景である。
そこに一人立つ影がある。頭巾のように頭にまとった布の為、顔はほとんど見えなかった。
狩衣の服は整っており、顔を隠しているわりに、到底野盗にも見えない。
「遅かったか」
頭巾の男はそう呟くと、周囲を見渡し、何かに気付いて歩き出した。
その先には骸の山のただ中で、呆然と、一人座り込む男が居た。
服と言えるほど物もなく、辛うじてぼろきれをまとい、髭も髪も伸び放題で、体は垢に汚れている。
頭巾の男は歩み寄り。横に座って声をかけた。
「食べるか?」
手には大きな木の葉を皿代わりに、大振りの握り飯が三つ。
「あ――……あああ……」
座り込んでいた男は、まともな言葉も出せなかった、ただ指で飯を指す、自分を指す。目が頭巾の男を見る、飯を見る。
「ああ 大変だったろう 好きなだけ食べるといい」
座り込んでいた男はそれを聞き、ひったくる様に、握り飯を口に詰め込んだ。頬張りながら涙を流す。
頭巾の男はそれを横目で見守りながら、もう一皿勧めて声をかける。
「まだある 誰もとらない 落ち着いていい」
汁物を勧められて、亡者の様だった男はまた一皿、夢中で飯をたいらげた。
そうして一息ついたのを見て、頭巾の男は再び一皿飯を渡す。頭巾の口元を下げると、ゆっくり自分も一つ、頬張る。
「おれは屋敷の下働きで――」
座り込んでいた男は鼻をすすり。身の上話をとつとつ始める。
頭巾の男はそれを聞き。たまに静かに頷いていた。
男の身上話の間、月が空に上っていく。
生きにくい世の中である。気分の良い話ではなかったが、頭巾の男はずっと静かに聞いていた。
「初めてだ、こんなに飯が食えたの……」
飯を食べ終えた男は、嗚咽をあげながら話を終えた。
こんな事は一生に何度も無い、と、骨身に染みているのだろう。
噛みしめる様にすすり泣く。
その様子を横目に見て、頭巾の男は再び静かに声をかけた。
「この霧の向こうに 広い垣根に囲まれた宮がある。
行けば迎えられるだろう」
聞いた男は顔を上げた。
周囲にはいつの間にか霧が立ち込めている。
「しかし垣根を巡るうち 愛しいでも 恨めしいでも どうしても 会いたい人が浮かんだら 先に そっちに向かうといい。
間に立つ人が きっと悪いようにはしないだろう」
不思議な状況だった。
しかし男は不審に思う事は無かった。
「行ってみるよ。ありがとうな。
あんた、名前は?」
霧で輪郭の薄れた顔が少し笑う。
「我らは 月雲。
名は 無い」
それを最後に、男は霧に消えた。




