本音、ズキュンと
終業式がやってきた。校長先生の話長いんだよな、と思わずため息を漏らす。
「小夜。一緒に体育館行こ」
知奈美が後ろから肩をポンと叩いてくる。少し早いがギリギリに行くよりはマシだろうと、私と知奈美は体育館へ向かった。
まだ他のクラスも学年も教室でだべっているのか廊下にはあまり人がいなかった。
どうでもいい話をしていたが、ふと「聞いておきたいこと」を思い出し私は知奈美の顔をじっと見た。
「知奈美はさ、長谷川くんのことどう思ってるの」
「えー。なあに突然」
笑ってごまかそうとしている。そう思って私は無言でもう一度じっと見つめた。見つめられた知奈美は少し目をそらした。
「……弟、ではないと思う。さすがに身長越されてたし、あたしもあいつも高校生になったし。でも、恋愛対象というわけでもないんだよね」
「……そっか」
長谷川くんドンマイと心の中で叫んだ。ここで知奈美が不思議そうに聞いてくる。
「あたしはライバルになんてならないよ?なんで今更聞いてきたの?」
「それは……」
長谷川くんの恋を応援するため、とは言えない。なんと言い訳しよう、と考えていたら知奈美が返事を待たず繰り返すように言ってきた。
「あたしはライバルになんてならないよ。小夜が哲希のこと好きってわかってたらなおさらーー」
「違うよっ。私は長谷川くんと男女交際したいなんて思ってない」
「……え」
この前までよく耳にしていた男性にしては少し高い声。
振り返ると三門くん(と長谷川くん)が立っていた。目をまん丸にして口が情けなく開いている。それはたぶん私も同じで。
その状態が先に解けたのは彼だった。ぽかんとしている私の腕を力強く掴む。
「み、三門くん」
「……ちょっと来て」
「う、うん」
そのまま彼は私を引っ張って走り出した。ドンドン体育館とは逆の方向へ走っていく。
「……本当に気づいてなかったのかよ」
「うん。全然わかんなかった。にしても哲希まぎらわしーい。いつまでもフリーだから応援しようと思ったのに」
「いや、俺は……」
そんな声が小さく聞こえてきた。長谷川くん、ファイトです……なんて言ってる場合じゃないけど。
移動教室ばかりある廊下で走るのをやめた。肩で息をする私を見て小さくごめんと言ったのが聞こえた。それから彼は私の目をじっと見て真剣な声音を震わせた。
「……哲希のことが好きじゃないんだ?」
うん、と首を縦にふる。思わずそのままうつむいてしまった。好きだと自覚したばかりの人に勘違いされてる。そう思うだけで胸が苦しい。
「本当に?」
「……そうだよ」
そう言って一秒。気の抜けた声が響いた。驚いて顔を上げると目の前に座り込んでしまった三門くんがいた。
「よかった……。俺の勘違いだったのか……恥ずかしい……」
どういうこと、と尋ねたら彼は少しずつ話してくれた。
「哲希ってさ、モテるじゃん。でもあいつはずっと誰とも付き合うつもりないみたいだし。女子にとってはそんなの関係ないからどんどんアタックしようとするけどうまくいかないし。だから女子は俺を哲希と仲良くなるための架け橋にしようとしてくるから嫌になってさ。向こうも哲希が近くにいる時だけ薄っぺらいことを話してくるから俺も適当に答えたりもしたんだけど」
ここで一旦言葉を切り、ちらりと私の顔を見た。
「浅沼さんもそうかと思ったんだ。他の女子と違って俺とも普通に話してくれて嬉しかったけど。でもやっぱり、あいつのこと好きなのかなって感じが時々見えてくるし……。一緒にジュース運んでた時の会話、少し聞こえたんだけど『好き』って聞こえたし。だから、やっぱりそうかって思って……」
だんだんと声の調子が落ちてきて目線も申し訳ないと言うように逸らされていく。私はそれが嫌だった。思わず彼の顔を両手で挟み目を覗き込んだ。自分でやっておいてアレだが、顔が真っ赤になりそうだ。三門くんもぽかんとしつつも少し赤みが差しているように見えた。
けれども、言ってしまわなければ。ここで言わなければ二度と言えないかもしれない。震える唇を動かすんだ。
「私は……私は長谷川くんのことは友達としては好きだよ。でも、恋はしていない。……わ、私が好きなのはっ」
キーンコーンカーンコーン
私も彼も思わず肩がビクッとなった。
「しゅ、終業式始まっちゃう」
なんとも情けない声を出してしまう。一気に気が抜けてしまった。
「行こう」
三門くんはさっと立ち上がり私の手をつかんだ。先ほどのように腕ではなく手のひらを握った。少し汗ばんでほどけてしまいそうなお互いの手。離れないようにぎゅっと指を絡めた。
体育館に着くともう点呼をしていた。先生に睨まれ「もう列の後ろにいろ」と目で合図される。
私が4組で、彼は3組。隣同士でよかったとホッとしたような、ドキドキが続いて倒れちゃいそうな。
長い長い校長先生の話が始まる。誰にも聞こえないようにとても小さな声で三門くんが切り出してきた。
「さっきの続き、また勘違いしてるかもしれないけど言わせて」
「……うん」
「俺、浅沼さんに一目惚れしてたんだ。だからちょっと積極的になってた。それなのに、勝手に勘違いして怒ってごめん」
謝らないで、と私は告げほんの少しだけ彼の方へ寄った。彼のほうを見ると、耳が赤く染まっていた。私も情けなく緩んでしまった顔を少し引き締め、前を向く。
「私も、三門くんに一目惚れしてたんだ」
全5話、本当にありがとうございました。スピンオフとして長谷川哲希を主人公とした『どうやら幼なじみに恋愛対象として見られてないそうです』が始動するかも……?まだ未定ですが。
初めての恋愛メインものでしたが恥ずかしいながらも楽しく執筆できました。