23話 最後の魔法
エフィルは無数の黒い光を撃ち出す。レオナは筆箒を振り、虹色の光を放出する。虹色と黒は衝突し、弾け飛んだ。レオナは筆先を見た。今までに見たことがない魔法だ。どうして魔法が出せたのか分からない。しかし、巨大な力だ。エフィルは光を弾かれ、尻込みする。
「お友達の力を借りたみたいだけど、それも無意味にだよ。友達はいつか君から離れていくんだ」
「そんな事はないよ! みんなは僕を信じてくれたんだ!」
エフィルは憎々しげに、レオナを見る。翼を羽ばたかせ、レオナに向かって羽毛を飛ばしてきた。槍のように鋭い羽毛が襲い来る。レオナはとっさに盾を作り出し、羽毛を弾く。エフィルは顔をしかめて、黒い光を再び飛ばしてくる。レオナは降り注ぐ光を次々と躱していった。
「あの子もそうだよ。あの子は僕の一番の友達だった。だけど、あの子は僕を殺そうとしたんだ」
エフィルはレオナの足下の空間を歪ませる。レオナの足下はブラックホールのように渦巻き、レオナを飲み込もうとした。レオナは踏ん張るも、暗闇がすぐそこまで手招きする。
「人間はみんなそうだよ。自分と違ったらすぐに排除しようとする。僕はただ生きたかっただけなのに……」
レオナは虹色の光を作り出す。光は広がり、暗闇を払いのけた。エフィルの攻撃は、より苛烈になる。レオナは迫り来る光弾を躱していく。
「人間か魔物かなんて関係ないよ。君が生きていい場所は絶対にあるんだ!」
レオナはエフィルに必死に訴えかける。だが、虚ろな表情のまま、エフィルは攻撃の手を緩めようとしない。
「さぁ、もう君と話すことなんて無い! さっさとくたばりなよ!」
エフィルは手に黒い光を集める。光は巨大な球体と化し、エフィルの目の前でうめき声を上げるように不気味に歪む。レオナの足下が、激しく揺れ始める。黒い球体の周囲は、異次元のようにねじ曲げられた。これまでに無いくらい、激しい憎しみと怒りが込められている。すさまじい殺気を感じ取り、レオナも戦慄した。だが、レオナの決意も固い。
「魔法よ! 僕の思いに応えてくれ!」
筆箒を握りしめ、レオナも虹色の光をありったけ作り出す。虹色の光はまばゆく輝き、レオナを照らす。
「さようなら、小さな魔法使いさん」
エフィルは勢いよく球体を飛ばす。レオナも虹色の光弾を撃ち出した。二つの光はぶつかり合い、激しく発光する。レオナもエフィルも押されそうになり、踏ん張った。エフィルの光の方が、レオナよりも僅かに強い。レオナの筆箒を握る手が弱くなる。その時、見えない誰かがレオナの筆箒を握るのを感じた。一人じゃない。
レオナがよく知っている人達だ。エフィルはその人気配を感じ取ったのか、目元を上げる。レオナは姿の見えない気配に頷き、筆箒を握った。僅かにエフィルの攻撃の手が緩む。それと同時に、虹色の光が黒い光を打ち消し始めた。今がチャンスだ。一人じゃない。全てをあの子にぶつけるんだ。あの可愛そうな魔物の子供に…………。あの子に……。虹色の光はエフィルに命中し、強烈な衝撃波を放つ。レオナも風圧に押され、帽子を押さえる。エフィルは床に叩き付けられ、ピクリとも動かない。レオナはエフィルの元へ駆け寄る。すると、エフィルは不敵に笑って、むくりと起き上がった。
「ハハハハ、こんなもので僕が倒せると思ったのかい? これだから人間は馬鹿だね」
エフィルは膝を突き、威嚇するようにレオナに向かって黒い球体を構える。それでもレオナは手負いのエフィルの元へ歩み寄った。エフィルは黒い球体を放つ。レオナは何故か盾も作らず、球体を真正面から受け止める。激しい痛みが、レオナを意識ごと切り裂いていく。しかし、レオナは足を止めなかった。爆風に押されながらも、レオナはエフィルの元へ向かう。
「やせ我慢も大概にしなよ。本当は体中が痛くてたまらないんでしょ?」
「……」
エフィルはさらに大量の光弾を放つ。光弾はレオナの体を切り刻む。それでもレオナは歩き続ける。目の前にいる子供を救うため、レオナは一歩一歩を踏みしめた。
「どうして……?どうして歩くのを止めないの?」
「……」
エフィルの顔に戸惑いの色が現れ、攻撃の手を止める。今まで表情の変化に乏しかったエフィルの顔が、初めて曇り初めた。レオナの何が、レオナ自身を突き動かしているのかは、誰にも分からなかった。もちろんレオナにも。ボロボロになった体を引きずりながら、レオナは歩くのだった。
「止めて!来ないで!」
エフィルは悲痛な叫びを上げ、鎌のような尻尾をレオナに突き刺す。レオナは血を吐き、ぐったりと腕を降ろした。エフィルはレオナの動きが止まったことに、安堵と同時に自分のしてしまったことに恐れを抱く。肉を切る尻尾の感覚。慣れているはずなのに、嫌に耳に張り付く。その時、レオナはゆっくりと、力ない足取りだが確かな歩を進めた。エフィルは怯え、尻尾をレオナから引き抜く。理解できない。エフィルには何故レオナが諦めないのか理解できなかった。ただ、言われもない恐怖が、エフィルに降りかかる。
「あっちへ行け! 僕は独りでいいんだ!」
エフィルは涙声になって光弾を放つ。しかし、光弾はレオナから僅かにそれて、横を通り抜けていく。レオナはゆっくりとエフィルの肩に手をかけ、優しく抱きしめる。すると、筆箒が輝き、エフィルの傷を治す。温かい光が、レオナとエフィルを包んだ。
「……何で僕の傷を治しちゃうの? 僕はこの世界の人をみんな魔物にした魔王だよ」
エフィルはレオナを突き放すように言う。しかし、レオナは首を横に振る。エフィルは魔王などではない。魔王なんていなかったのだ。レオナの様子を見て、エフィルはもどかしい気持ちになる。過去にも同じ感情を抱いたことがあった。しかし、あまりにも年月が経ちすぎて、エフィルはその感情をどう表現すればいいのか、忘れていた。エフィルはただ、俯くだけだ。
「君は嫌いだよ。人間は嫌いだ。……みんな嫌いだ……」
涙声でか細くエフィルは呟く。それでもレオナは首を横に振る。エフィルは顔を上げ、あなたを見た。レオナは何も言わず、笑顔のままエフィルを見ていた。
「どうして…………。どうして君は、僕に優しくするの? 僕は君を殺そうとしたんだよ?」
エフィルは長年出なかった涙を零す。今まで出なかった分、感情の爆発と共にどっと溢れ、涙は止まらなかった。レオナはそっとエフィルの頭を撫でる。エフィルの声はかつて聞いたことがないほど悲しく、寂しさにあふれていた。レオナはにっこりと笑い、口を開く。
「助けたいんだ、君を」
レオナの返答に、エフィルの涙は止まる。しかし、レオナの顔を見て、涙目になって笑った。どうしようもなくお人好しで意志が固い、レオナらしい答えだ。
「でも、君もいつか僕から離れちゃうんでしょ? この世界でたった一人の魔物の僕から……」
エフィルは自信なさげに呟く。しかし、レオナは即座に首を横に振り、エフィルに手をさしのべた。
「そんな事はない。ずっと一緒だよ」
それは、エフィルが遙か昔、一番の親友にさしのべられた手と同じ手であった。敵意も殺意も感じられない。ただそこには、助けたいという想いが込められていた。エフィルはおずおずと、レオナの手の上に自分の手をのせる。エフィルの手は冷たかったが、そこには僅かだが、温かい嬉しさが感じられた。
「……君は、あの子に似ている。だけど、あの子にはなかったものを、君は持っているみたいだね」
エフィルの顔には穏やかな笑顔が浮かぶ。まるで長い間、そんな表情をしたことがなかったかのように引きつっていたが、確かに笑っていた。レオナも傷だらけの顔を拭い、笑い返す。
「エフィル!」
アダムスが息を切らして部屋に入ってくる。二人の姿を見るなり、アダムスは二人を抱き上げた。
「……よかった。二人とも無事だったんだね」
アダムスは心配そうな顔をして、二人を見る。崩れ落ちた天井、散乱したおもちゃ。部屋は壊れているが、二人の無事な姿を見て、アダムスは安堵した。
「レオナ、大丈夫か!?」
「坊ちゃん、アダムス様!!」
ユージーン……いや、グリフが部屋に駆け込んで来る。後に続き、フランシスが入ってきた。二人とも服や鎧はすすけており、顔もだいぶやつれている。レオナはグリフが生きていたことに胸がいっぱいになり、涙を流す。グリフはそんなレオナの頭を、いたわるように撫でる。
「全く、なんて情けない顔をしているんだ。俺がそう簡単に死ぬと思っていたのか?」
「だって、グリフさんが死んじゃったら…………僕……」
涙で顔をくしゃくしゃにするレオナを見て、グリフは屈託のない笑顔を浮かべる。それを見て、フランシスも口元を緩めた。
「アダムス、フランシス。今まで僕を守ってくれてありがとう。でも、もうこんな事は止めにするよ」
エフィルは胸に手を当て、ゆっくりと頷く。アダムスは不思議そうな顔をしてエフィルを見る。
「僕は、人の悪意から生まれた魔物。この世でたった一人の魔物だったんだ。それがたまらなく嫌だった。だから、人々を魔物に変えて、自分と同じ仲間を増やそうとしたんだ」
エフィルは自分の手を見る。人間のものよりもずっと白い、死人のような手。触れる物を傷つけてしまうほど長い爪。否が応でも、自分がヒトとはかけ離れていることを思い知らされる。
「でも、そんなことをしなくても分かり合えるって、君に教えてもらったんだ」
エフィルはそう言い、レオナを見る。レオナは少し照れくさくなり、涙を拭う。
エフィルは立ち上がり、空を見上げる。空は果てしない黒雲に包まれたままだ。エフィルはゆっくりと息を吸い、両手を空に掲げる。
「僕は、自分のしたことに終止符を打つ。例え僕自身の魔力が尽きても、僕はみんなをあるべき姿に戻さなくちゃいけないんだ」
エフィルは一心に祈り始める。すると、まばゆい光がほとばしり、辺り一面が輝く。レオナ達は息を呑んでその様子を見ていた。エフィルは苦しげな顔をするが、両手を下げようとしない。呼吸が乱れ、エフィルの体はわなわなと震える。まるでこのままだと、エフィルは光の中に消えてしまいそうだ。霞んでくるエフィルの視界。霧がかったエフィルの意識に、誰かが呼びかける。レオナだ。レオナも筆箒を天に突き上げ、祈る。エフィルは驚き、レオナを見ていた。
「何をしているの? 君がそんなことをしたら、君は魔力を大量に消費して、二度と魔法が使えなくなっちゃうよ」
「君を一人にする訳にはいかないよ。それに、魔法が無くたって、僕達は生きていける」
エフィルはレオナを止めようとするが、レオナはその場から動かない。目を閉じ、レオナは祈り続ける。
「やめろ! よせ! 魔力の消費で死ぬぞ!」
グリフの静止を振り切り、レオナは筆箒を握り続ける。確かに、一人の力では全ての人々を元に戻すことは出来ない。それに、魔力を失って、レオナは“魔法使いの弟子”ではなくなってしまう。しかし、二人なら出来るかもしれない。レオナはそう信じ、筆箒に思いを乗せた。師匠がかつてやっていたように。レオナはここまで来た。魔物になった人々を元に戻すため、エフィルを助けるために。エフィルはレオナの揺るぎない決意に頷き、祈り続ける。虹色の光と白い光がどんどん大きくなり、魔力が渦巻く。それと同時に、筆箒にはヒビが入り始める。魔力の消費で、筆箒は耐えきれず悲鳴を上げた。そしてついに、筆箒は音を立てて粉々に砕け散る。役目を終えたように、筆箒は光の中に消えていく。レオナは怯むことなく、筆箒の代わりに両手を掲げる。両手から虹色の光が放たれ、空へと昇っていく。筆箒が壊れても、レオナの想いが潰えたわけではない。二人の光は暗雲を打ち払い、空全体へと広がる。虹色の光は海にも、森にも、村にも町にも山にも、絶えることなく降り注いでいった。これがレオナの最後の魔法だ。レオナはゆっくり目を閉じる。




