21 競技会デビュー その五
予選トップに対する特典なんてものは存在しないらしい。
フレディの開始位置は、人里から離れた山の中だった。
山道すら無く、本来ならばかなり不利になるはずの場所だが、フレディは全く気にしない。
まあ、そんなこともあるだろうと思っていたし、どうせ山の中も捜索することになるのだから、わざわざ出向く手間が省けたとすら思っている。
それに多くの者は、人の多い場所を目指すだろうから、この一帯はフレディの独壇場となる。
すでに制限解除をしていたフレディは、四角陣の探査術式を発動させる。
空気の振動を利用するシノの探知術式とは違い、生体エネルギーを感知する為のものだ。その上位術式で、より詳しい情報を得ることができる。
『ジャック、マーキングした場所を調べてみてくれ』
堕人ならば判別が難しいが、ここは人里離れた山の中だ。不自然な生体エネルギーの波動は、堕ちたるモノの可能性が高い。
それに今のところは誰も居ないが、こんな場所で人を見かければ、問答無用で警戒すべきだろう。
守護精霊の銀狼に指示を出したフレディは、木々を利用しながら、今のうちにと険しい斜面を降りて行く。
フレディも道なき山中を進むのは得意な方だが、さすがに銀狼には遠く及ばない。
『ココとココは当たりだ。コイツは微妙、コレは当たりで、コッチはハズレだ』
ジャックの判定に従って、照合と浄化を行っていく。
『Gランクか。まあ、無いよりはマシだな』
最初の発見者はフレイマンに持っていかれた。
それどころか、他の参加者も続々と発見しているようだ。
ならば、最初に浄化を……と思ったのに、シノが浄化したという報告が届く。
それも、Fランクだ。発見から浄化まで、かなり早かった。
(シノのやつ、張り切ってんな……。まあ、祭りみてぇなもんだし、あの歳にしては利口過ぎるぐれぇだから、こういう機会に思いっきりハメを外すのも悪くねぇよな)
なんてことを思いながら、手にした金剛電槍でGランクの妖樹を蹴散らす。
まずはひとつ、なんてことを思っていると、浄化完了の報告が立て続けに届いた。
しかも、ほとんどがシノで、Fランクばかりだ。
(三つ……四つ、いやちょっと待て、なんだこれは、通知がバグってんのか?)
フレディが周辺の堕物、四体のGランク、二体のFランクを浄化し終えた頃には、シノは十四体のFランクを浄化し終えていた。
もうこれは、呆れつつも称賛するしかない。
『思わぬ伏兵だな。オレの連覇を阻むのは、あの嬢ちゃんかもな』
『情けねぇ事言ってんじぇねぇよ。お前じゃねぇんだから、あんなペースが最後まで続くわきゃねぇだろ。いいからとっとと次の探査をやれって』
『おう、そうだなジャック。次は、もうちょい西側を攻めるか……』
他に誰も来ないのをいいことに、フレディは北側の山中に潜伏している堕ちたるモノを、狩り尽くしていった。
コトリの開始位置は集落の端で、目の前には畑が広がっていた。
小屋や民家も見える上に、すでに視界に住人の姿もあった。
これ以上ない絶好の場所だったが、相手が堕人となれば特定に時間がかかる。そのうち周りからも選手たちが集まってくるだろう。
とにかく時間との勝負だ。
「突然で済まないが、この辺りで化け物を見なかったか?」
コトリは別に、威圧するつもりは全く無かったのだが、女性は短い悲鳴を上げて逃げ出そうとする。その腕をコトリがつかんだ。
正確には、袖の上から腕をつかもうとしたのだが、ぐにゃりとした感触が伝わってきた。
まともな腕ではないことは明らかだったので、とっさに距離を取って法術武具多津那を通常形態──縄と布で装飾された黄金色に輝く一握りの稲穂の姿で現出させる。
逃げようとする女性を問答無用で、木のツルを絡めて動きを封じる。と同時に、術式を発動させ、稲穂から発せられた光の波動を浴びせる。
心に平穏をもたらす光だが、堕ちたるモノには不快感をもたらす。
相手は正体がバレたと観念したのか、変異して襲ってきた。
だが、すでに動きは封じてある。
照合の結果は、Fランクの堕人、甘言者と判明。
甘言者は、周りの人たちを唆して騒乱を起こす厄介な存在なのだが、運良く……と言っていいのか、騒乱を起こす前に見つけることができた。
油断はできないが、破壊者や狂戦士のように、攻撃力が跳ね上がったりはしない……はずだ。
着実に相手を弱らせたコトリは、シノの浄化報告を見てニヤリと笑みを浮かべながら、なおも抵抗を続ける甘言者に光の剣を突き刺した。
北のフレディ、東のコトリに挟まれる形となったアデラ・エリスンは、北東の山中で戸惑っていた。
アデラが競技会に出ようと思ったのは、シノが出場すると知ったからだが、それがなくても、いつかは参加しようと思っていた。
媚びを売って取り入る事だけが上手なリゼット・デュマや、他人の足を引っ張る事しかできないピエレット・トルニエとの違いを見せつける為、そして術士としての実力を見せつける為にだ。
だが、実力不足を痛感していたので、なかなか踏ん切りがつかなかった。だが、シノの参加を知り、負けるわけにはいかないとアデラも参加を決めた。
でもまさか、決勝に進めるとは思っていなかった。
アデラは予選が始まる前から、仕掛けの事を含めた詳細を知っていた。
事前に資料が送られていたのだ。
だから、しっかりと対策を立てて、挑むことができた。
てっきり運営からの通知だと思っていたのだが、違うと気付いたのは予選が終わってからだった。
本人の意志は別にして、極秘の情報を事前に入手し、それを活かしたのだから立派な不正だ。だが、アデラには全く自覚がない。少しの幸運があったが、自分の実力で勝ち取ったものだと思い込んでいる。
あとは決勝戦で、恥ずかしくない程度の活躍を見せれば満足だったのだが、シノも決勝に進んだと知って状況が変わった。それも自分より上位での通過だ。
このままでは終われない。
シノよりも活躍しなければ、胸を張って終われない。
そう決意したのに……
シノが浄化したという通知が流れて来た。それも、短い時間に連続でだ。
それが一件や二件なら負けるもんかと張り切る事も出来るが、瞬く間に十件を超えたら張り合う気も失せる。
シノは本気で優勝を狙っているのだと感じて、適当に済まそうと考えていた自分が情けなくなった。
盛大に悩み、戸惑い、考え抜いた末に、なんだかいろいろと吹っ切れた。
リタ術士会で出世することや、順位や力関係ばかりを気にしていたのだが、今はそれを忘れる事にした。
せっかく決勝戦に参加できたのだから、全力で活躍しようと心に決めた。
周辺の変異植物を浄化したシノは、覚悟を決めて妖怪猫じゃらしの前に立つ。
この猫じゃらしが生み出した変異植物は、全部で十八体もあった。だが、時間が経てばまた新たに生み出されるのだろう。倒すのなら、今のうちだ。
どうやら、猫じゃらしは移動できないようだ。逃げる気配が全く無い。
なので、先制攻撃を行う。
相手はDランクなのだから、手加減なんて必要はない。
旋紅扇で四角陣を発動させ、次々と風の斬撃を飛ばす。
どうやら少しは効果があったようだが、猫じゃらしが怒って、シノの事を敵と認識したようだ。
猫じゃらしが、空中に何かをまき散らす。黒い霧というか、煙幕のようだ。
だが、構わずシノは、斬撃を放ち続ける。
どうやら、茎や穂を守っているようだが、その分、葉が千切れ飛んでいる。
このまま押し切れば勝てるかも……なんて事を思っていると、葉が再生を始めた。それと同時に、猫じゃらし周辺の草が枯れ、土にも異変が広がっているようだ。
『見たところ、周辺から精気を吸い取って、再生しているようですわね』
『このまま攻撃を続けても、周りに被害が広がるだけだよね。どうしよう』
『そうですわね……上手くいくかは不明ですけれども、試す勇気はあるかしら?』
『うん、がんばるよ』
『それでしたら………………』
シノの守護精霊、白桃王女猫は、大まかな作戦を伝えた。
それに従い、シノは四角陣を発動させ、猫じゃらしに向かって浄化の光を照射する。
除霊術式とも言われる、浄化術式の上位版だが、元気な猫じゃらし相手では浄化出来るほどの効果はない。
だが、根元やその周辺の土に、たっぷりと照射する。
『そろそろいいかしら。次は、攻撃ですわ』
その指示に従って、再び風の斬撃で切り刻んでいく。
『シノ、危ない!』
白桃王女猫の警告が飛ぶ前に、シノは察知していた。
三角陣で風の壁を生み出して、猫じゃらしから一斉に放たれた「何か」を防ぐ。怪物に対して斜めに設置しているのは、貫通される危険を減らす為だ。
着弾した地面には穴が開いているが、壁で弾かれたものが地面に転がっている。見た感じ種のようだ。親指の爪ほどの大きさがある。
守護精霊の加護を突破するほどではないだろうが、相当な威力がありそうだ。
『シノ、始まりますわよ。次の準備を』
『うん、分かった』
猫じゃらしは損傷した葉を再生しようと、周囲から精気を吸い取ろうとするが、周辺には浄化の光をたっぷりと沁み込ませてある。
そんなものを吸い取ったら、再生どころか、逆にダメージになるはずだ。
シノは風の拘束術式を発動させる。続いて、竜巻を作り、猫じゃらしをひねるようにして地面から引っこ抜いた。
『よいしょっと』
危険を感じ取ったのか、猫じゃらしは狂ったように種を乱射している。だが、風に翻弄されていては、威力が出ない。
たまたま飛んできた種を避けたシノは、扇を構えて、二重三角陣で金属の散弾を放つ。続いて……
「トドメ、いくね」
竜巻が静まり、自由落下を始めた猫じゃらしを見つめながら、扇を破魔紅弓に変化させて、浄化の矢を放つ。
見事に突き立った輝きを放つ矢は、猫じゃらしを吸い込んだ。
『シノ、まだ欠片が残ってますわよ』
『どこだろ……』
警戒しながら、探査術式を発動させ、パンと手を打つ。
近くにある自然物以外にマーキングしていき、白桃王女猫と手分けして確認していく。
光の波動を照射しながら、怪しげなモノは全部、浄化の矢をプスプス刺していく。なんとも地味な作業だ。
でも、その甲斐があって、全ての欠片を浄化できたようだ。
補助視界に浄化完了の文字が現れる。
『Dランクって面倒だね……』
『たぶん、本来ならもっと面倒なはずですわ。今回はたまたま、相手が準備を整える前に見つけたから、この程度で済みましたけれど』
『そうなんだ。……あっ、そういえば撃ってきた弾とかは、成長したりしないよね?』
『すぐに塵になって消えましたから平気でしょうけど、私が確認してくる間、シノは休憩しておきなさい』
『そうよね。かなり法術を使ったから、休ませてもらうね』
本当なら、委員会メンバーでもない術士が、Dランクと戦うことはない。なのに、倒せてしまった。
もちろん、競技会の為に作られたモノなので、実際のモノとは違うのだろうけど、それでも少し嬉しいし、自信にもなる。
『今回は、運が良かったと思った方がいいですわよ。本当なら、何十体もの子供が猫じゃらしを守っていたはずですわ。そうなっていたら、ひとりでは絶対に攻略不可能でしたわ』
『そうなんだ。じゃあ、そうなる前に浄化できてよかったね』
『まあ、そうですわね。……どうやら、この辺りにはもう居ないようですわ。シノが村人から聞いたっていう場所へ行ってみましょうか』
『うん、分かった』
男の人に聞いたのは、動く木と人食い池の二カ所だ。
動く木はGランクで、簡単に浄化が完了した。
続いて、物騒な名前が付いている人食い池に向かったのだが……
『変異体を確認。照合をお願いします』
家一軒ほどしかない、小さな池だった。
だがその水面が黒く濁り、波もないのに蠢いている。
堕ちたるモノ、堕霊「水の邪霊」、脅威判定「E」…………
「シノ、絶対に気を抜いては駄目ですわ。堕ちた精霊は、かなりタチが悪いって言いますから。ランクが低くても、かなり危険だと思ったほうがいいかと」
肩に乗った白桃王女猫が、真剣な様子で忠告した。