20 競技会デビュー その四
決勝戦の時間が迫ってきた。
なので、再び外部との連絡が断たれた。
控室代わりの浮箱で、シノは白桃王女猫と作戦会議をしていた。特にルールの確認を念入りに行う。
前回までは対戦トーナメント形式だったのだが、今回は全員が同じフィールで、一斉に競い合う事になっている。
フィールド内には、ファレンシアを模した場所が再現されており、その中で堕ちたるモノを見つけて浄化する……という形だ。
イメージ映像を見た限りでは、建物や地形、住人までもが精巧に作られており、本物と区別がつかない。まあ建物を真似るのは簡単かも知れないが、まさか本物の人を用意した……なんてことはないだろう。
そして、この中に堕ちたるモノが紛れ込んでおり、選手たちはそれを見つけて浄化することになる。
敵の数や種類が伏せられており、共闘するも妨害するも自由とされている。ただし、術士にあるまじき行為には減点を科せられる。それに、浄化をした者が一番評価されるというわけでもないらしい。
評価基準が曖昧だが、つまりは模範的な術士の振る舞いをすれば、自然と得点が増えると思えばいい……というのが、白桃王女猫の見解だ。
「それって、競い合うより協力したほうがいい……ってこと?」
「まあ、そうなりますわね。最悪なのは、誰が浄化するかで揉めている間に、被害が拡大することかしら。そんな事をするより、サポート役に回ったり、その場をお任せして別の相手を探したほうが印象が良くなると思いますわ」
「……印象って言われても、よく分からないけど。でも、そのほうがファレンシアの人の為かもね」
「そういうことですわ。考えるべきはファレンシアの人たちにとって、どれが最善なのか、という事でしょうね。ですから、ひとつの戦いだけではなくて、フィールド全体を見て最善の方法を選ぶことを心掛けますわよ。あとは、他の参加者が酷い事をしようとしたら、勇気を持って止める……なんて場面もあるでしょうね」
「なんだか、難しいね」
「それはまあ、術士会の一番を決めるのだから、簡単ではないでしょうね。でも、シノなら大丈夫だと信じていますわ。勝負事だなんてことは忘れて、本気で住人を助けるつもりで行きますわよ」
競技会なのだから浄化した数を競いたくなるのは仕方がないが、作り物の住人だからといって被害を無視していいわけがない。
そんな当たり前のことを思い出させてくれた白桃王女猫に感謝すると共に、どこか浮足立っていた自分の心を引き締めながら、深く反省する。
「すごいね、イチゴ。私も、被害が出ないようにしなきゃって少しは思ってたけど、今の言葉がなかったら浄化を優先してたと思うし、他の参加者に負けちゃダメだって思ってたと思う。私の守護者がイチゴで、本当に良かったよ」
「あら、そんな事を言ってもいいのかしら? 実は私の考え過ぎで、実際は浄化した数が多い人が優勝ってこともあり得ますわよ?」
「ん~、その時は仕方ないよね。たとえ作り物でも、目の前で壊されちゃったら悲しいし。実戦に近いものって予告されてたんだから、実戦のつもりで挑戦したほうがいいよね」
そういうわけで、派手な活躍よりも、全体のことを考えて被害を最小限になるよう頑張る……という方針で挑むことが決まった。
間もなく浮箱の扉が開かれるようだ。
シノは、大会用の衣装に着替え、髪を結って身だしなみを整える。
帽子を被り、最後に白桃王女猫を肩の上に乗せて、これで準備が整った。
「うわ~、とうとう始まるのよね」
「シノ、もしかして貴女、緊張しているの?」
「う~ん、そうみたい」
「緊張しないで普段の実力を発揮するというのも大事ですけど、大舞台になると緊張するなというほうが無理ですものね。そういう時は、その緊張を生かせばいいのですわ」
「緊張を……生かす?」
「失敗したらどうしようなどと余計な事ばかり考えて、何をすればいいのか分からなくなるのが、悪い緊張の見本ですわ。そうではなくて、常に周囲の状況を把握して、何が起こっても対処できるようにと心の準備をするのが、良い緊張ではないかしら」
「それは……つまり、集中しなきゃだめってこと?」
「そうね。それと、自分を信じなさい、ってことかしらね」
「うん、分かった。イチゴの事も信じてるからね☆」
ニッコリ微笑んでウインクすると……
「な、何よ突然。変な事を言ってないで、集中なさいな」
白桃王女猫が、照れたように身をよじる。
開始五分前を報せる合図と共に、扉が開く。
相変わらずの薄暗い通路を進むが、会場への扉は閉ざされたままだった。
扉には、開場までの時間がカウントダウンされており、会場内の地図が解禁されていると書かれていた。
早速、補助視界で確認する。
「なにこれ……、これが会場?」
驚くのも無理はない。
直径二キロほどある会場の中に、山間の集落が作られていた。
山や森、崖や川など、起伏の激しい地形だ。
七割ほどが山だろうか。残りのほとんどが畑で、各地に民家が点在している、その中でも、西北西から東北東へと貫いている大きな道沿いに建物が集まっていた。
決勝戦の会場は無観客なのだが、これを見れば納得だ。
観客の反応がヒントになるから……というのが公式の説明だが、単純に会場が広すぎて、現地で見るメリットがないからだろう。
会場全体を見渡せる場所に観客席を作っても、選手が豆粒にしか見えない。それならば映像で見たほうが良い。
この決勝戦の様子は、イージスリング術師協会の協力もあって、ブルーローズの術士全員が視聴できる。しかも、様々な視点で撮影されたものを、好きに切り替えることができる。
なんなら、全ての視点を並べて見ることも可能だ。
その映像が各地の予選会場にも届けられ、臨場感たっぷりの音と映像、そして実況と解説を交えて楽しめるようになっている。
選手のスタート位置は、円形の会場の八方向に分かれていた。
一位のフレディは北の山の中、二位のフレイマンは南の山、三位のコトリは東の集落の中、四位のウェルゼンは西の山だが、すぐ北に道がある。
五位のシノは南西の山の中だが、細い山道が通っている。六位のアナは北西で、こちらも山道があり、すぐに大きな道に出れそうだ。
七位のワトソンは北東の畑の近く。八位のアデラは北東の山の中。
つまり、シノ、フレディ、コトリは、順位の妙とはいえバラバラに離れてしまった。協力するにしても、北中部から東に広がる集落まで行かないと合流できない。
また地形的に、シノのいる南西部には他の人が来るには時間がかかりそうだ。
ちなみに、堕ちたるモノは、少なくとも一度は変異しているという設定らしい。つまり、何らかの痕跡が残っているはずだ。
なので、その痕跡を見つけて、再び変異させてから浄化することになる。
「まずは、聞き込みをしないとね。近くに家もあるみたいだし」
「そうですわね。でも、相手は堕人だけとは限らないのだから、草や木にも用心するのですよ。あと、野生生物にも」
「うん、そうよね。こういう時だから、珍しいタイプの敵を用意してそうよね」
「さあ、行きますわよ」
カウントがゼロになった。と同時に扉が開く。
「うわ~、本当に山の中だ。こんなのどうやって作ったのかな」
「土系の術式でしょうね。かなり大がかりな。修練場で使われている技術をベースにして……って、そんなことを考えている場合ではないですわ。早く聞き込みを始めましょう」
「少し進んで、右の道に入ったら家があったよね。そこに行ってみるね」
「でしたら私は、左の畑を見てきますわ」
「うん、お願い。……じゃあ、念話を繋いでおくね」
コクリとうなずいた白桃王女猫は、シノの肩からヒラリと飛び降りると、山道を走って行った。
シノも走って建物へと向かう。
その途中、少し開けた場所に出ると、男の人が畑で農作業をしていた。
どうしたものかと少し迷ったが、何も思いつかなかったので、素直に尋ねる。
「こんにちは。お仕事中にすみません。少しお聞きしてもいいですか?」
「なんだい? こんな場所で珍しい。もしかして迷子かね」
「いえ、そういうわけではないのですけど。最近この辺りで、変わったことや変なことが起こっているって聞いて、何か知っていたら教えて頂けませんか?」
「そりゃもう、おかしなことだらけだ。この近くなら動く木と、人食い池だね。その場所は……」
現実だと、情報集めから始めるとなったら、何日かかるか分からない。なので、この辺りは親切設計なのだろう。話が早くて助かる。
ついでにシノは、男の人を観察して、痕跡がないかを調べる。
なんとなくだけど、大丈夫そうな気がする。
上手に隠していたら分からないだろうが、見た感じ変な所はないし、言動や表情にもおかしな所はない……ように見える。
場所や特徴など、細かな情報も含めて親切に教えてもらい、さらに「村の中心へ行けば、もっと色んな話が聞ける」というアドバイスまで頂いた。
ここだけで二つの情報ということは、かなりの量の噂がありそうだ。その全てが正しいヒントだとは限らないが、かなりの数の敵が隠れていそうだ。
「親切にありがとうございました。確かこの先に、お家がありましたよね。そこの人にも聞いてみますね」
「あー、その家には誰も住んどらんよ」
「そうなんですね。じゃあ、別の場所に行ってみますね。お話、ありがとうございました」
最後まで愛想よく、笑顔で手を振って元の道へと戻って行く。
『イチゴ、話を聞けたよ。そちらの様子はどう?』
『人の気配はないのだけれど、少し不自然なものを見つけましたわ』
補助視界の地図で、白桃王女猫の場所を確認する。そのついでに、男の人から聞いた場所と情報を書き込んでおく。
『じゃあ、そっちに向かうね』
『そうね。でしたら、もう少し詳しく調べておきますわ』
運営からメッセージが流れて来た。
どうやら、フレイマンがFランクの堕物(妖怪)を確認したらしい。
それに続いて、コトリやワトソンも発見したようだ。
なんだか、こんな風に知らされると、焦ってしまう。
「お待たせ、イチゴ。……って、これは」
周囲の植物が枯れているのに、その中央で一輪の花が咲き誇っている。明らかに変だ。
シノは二角陣で光の波動を生み出し、花に照射する。
心に平穏をもたらす光だが、堕ちたるモノにとっては不快感を感じる光となる。
知能が高いモノならは、不快感を押し殺して効かないフリをすることもあるだろうが、相手は植物だ。すぐに効果が現れた。
ボコリと茎や葉が波打ち、花が一回り大きくなった。……と思ったら、全体的に黒紫色となる。花の中央にサメの歯のようなギザギザの付いた穴が開いて、パクパクしている。
「えっと、変異を確認。堕物のようです。照合をお願いします」
シノの言葉に反応して、補助視界に「照合中」の文字が現れて点滅する。すぐに「照合完了」となって、相手の情報が表示される。
堕ちたるモノ、堕物「怪物」、脅威判定「F」…………
「これでも、ランクFなんだ」
「いいから早く、浄化しなさいな」
「うん、分かった」
これなら弓を構えるまでもない。
三角陣で、光の矢を生み出して花に突き刺すと、堕物の力を奪って、吸い込まれるようにして消え、光の矢もしぼむようにして消えた。
「まずは、ひとつ」
「じゃあ、次はこっちね」
そう言われ、白桃王女猫について行くと、同じような花が見つかる。しかも、三輪も。
「えっと……、これって得点になってるのかな」
「もう得点の事は忘れなさいな。たとえ得点にならなくても、放置するわけにはいきませんでしょ?」
「そうだよね」
植物の怖いところは、その成長力だ。
放置しておけば、恐ろしい化け物に育つ可能性もある。小さなうちに摘んでおくのが正解だ。
その後も、更に二輪の花を見つけ、どうやら群生地になりかけていると推測する。それはつまり、これを生み出しているモノが近くにいるという事だ。
「今までの分布からすると、恐らくこの辺りが中心ではないかしら」
白桃王女猫が地図に印を付けた場所へと向かうと……
「これは……」
わざわざ変異させる必要はない。偽装することを止めたのか、それとも偽装できなくなったのか、既に化け物になっていた。
「堕物を確認。照合してください」
今までのと比べればかなり大きいが、シノの身長を少し超えるぐらいだろうか。
形状は、いわば猫じゃらしの化け物だ。
照合の結果は、堕物「怪物」で、脅威判定は「D」だった。
つまり、バナナ男や、訓練で戦った破壊者より危険ということだ。
「どうしよう……。放っておけないよね」
「落ち着きなさい。説明を見た限りでは、周囲の植物を変異させ、集団で襲って来るタイプのようですわ。群れられると厄介ではありますが、子供を先に全滅させてしまえば良いのではなくて?」
「ん~、そうだよね。他に方法もないし、それで行きましょ」
「それにしても、あの形は反則ですわね。何か本能に訴えかけてくるものがありますわ」
「猫じゃらしだからって、冗談でも、じゃれついたらダメだからね」
「分かってますわ。明らかに毒がありそうですし」
ちなみに、運営のメッセージが、なかなかスゴイ事になっていた。
Fランンクの堕物を、シノが立て続けに浄化している様子を報せているのだ。
まさに乱獲だ。
それを見たコトリはニヤリと笑い、フレディも……
「ったく、何なんだコレは? やっぱシノは、とんでもねぇな……」
張り切って敵を倒しまくっているであろうシノの姿を想像して、呆れを通り越して感心していた。




