19 競技会デビュー その三
なんだか騒がしくも安心する声を耳にして、シノは目を覚ます。
目の前では、白桃王女猫がお座りをして、前足で顔を拭っていた。
だけど、さっきの声は……
「やっと起きましたわね。この寝坊助さんは」
「おはよう、イチゴ……」
「今日、何度目のおはようかしら。それよりも、お友達が呼んでますわよ」
まだはっきりと目覚めていない頭を中から、記憶を掘り起こす。
たしか名前を呼ばれて……
「ドミに呼ばれた気がするんだけど」
ここが浮箱の中だと気付き、自分の出番が終わって待機中だったことを思い出す。
「そっか、予選の途中だったね」
なのに、なぜかドミの声が聞こえた気がする。
そこで気付く。補助視界にドミとキャラの顔と名前が表示されていることに。
「あの……、知らないうちに、念話が繋がってるみたいなんだけど」
「もちろん、私が起こしてくれるよう頼んだからですわ」
「へ? イチゴが呼んだの? 外部と連絡できないはずじゃ……」
「予選が終わったので解除されたのですわ。その途端、あちらからの呼び出しが鳴りっぱなしで、なので繋いで差し上げたのですわ」
「ちょっ、ちょっと、私、変な寝言とか言ってないよね」
「私には聞こえませんでしたけど、念話での寝言までは分かりませんわ」
今ので完全に目が覚めた。
もちろんシノの事を思っての行動なのだろう。悪戯や嫌がらせじゃないことは分かっているのだが、取り返しのつかない事になったら、どうするつもりなのだろうか。
『二人ともお待たせ』
『シノ?! よかった、無事みたいね。怪我とかしてない?』
『うん、大丈夫だよ。ちょっと、うたた寝してたみたい。心配してくれて、ありがと』
『シノちん、シノちん。ドミちゃ、取り乱しちゃって、シノちん怪我をしてたらどうしよう、上手くいかなくて落ち込んでたらどうしようって、さっきまで大騒ぎだったんよー。シノちん、おつかれー』
『あはは……そうなんだ。二人とも、ありがとう』
『だって……、キャラがいろいろと、変な事を言うから……』
『ん~? 参加者が多いと主催者が難易度を上げたりするとか、歓声に慣れていないと調子が狂ったりするとか、当たり前のことを言っただけだよ。別に変な事じゃないよね?』
『まあ……そうかな。でも楽しかったよ』
『そっか、楽しめたんだ。……シノはすごいね』
『ドミちゃ、真面目さんだもんね』
『キャラだって、戦いになったら人が変わったみたいに真剣になるでしょ。戦いを楽しめるって、すごい才能だと思うよ』
相変わらず雰囲気に、なんだか安心感を覚えて、シノは笑顔になる。
この浮箱が、いつも三人で乗っているのと全く同じ型だからだろうか。二人がすぐ傍にいるような気分になる。
『あっ、そうそう、シノちん。そろそろ結果が発表されるみたいだから、一緒に見よーよ』
『あっ、シノがひとりで見たかったら、無理にとは言わないから。私たちに遠慮しないで断ってくれていいからね』
『そっか、もうそんな時間なんだ。じゃあ、一緒に見よっか』
白桃王女猫が浮箱内に映像を映し出してくれた。
『あれ? 師匠だ。なんで番組の司会なんてしてるんだろ……』
映像には、シノの師匠ケント・ウルが、珍しく真面目な姿で番組を進めていた。
まあ師匠と言っても「私に教えられる事は何もないから、自由にしなさい。それでもし何か問題が起これば、責任だけは取らせてもらうから」と、初日から放任宣言をした、形ばかりの師匠だが……
それでもシノにとっては恩人だ。
その師匠が、予選の内容について説明をしていた。他の術士会の人に向けたものなのだろう、非常に丁寧で分かりやすい。
キャラの言っていた通り、どうやら応募者が多かったようで、予選の難易度を上げていたらしい。シノが気付かなかった仕掛けも、いろいろと紹介されている。
ダメージ測定では、フィールド内に入ればダミー人形が動き出す仕掛けになっていた。一体ずつ時間差で動きだし、後になるほど間隔が早くなって、挑戦者を精神的に追い詰める……予定だったようだ。
タイムトライアルのほうも、挑戦者がフィールド内に入ると、次々とダミー人形が姿を現して襲い掛かる仕組みだ。行動パターンも豊富で、しかも連動して襲って来る……ケントが言うには「タチの悪い仕掛け」だったらしい。
なのに、開始位置から動いてはいけないと勘違いしていたシノは、仕掛けが作動する前に、全てフィールド外から破壊してしまった。
なんだか少し申し訳ない気持ちになる。
『シノが映ってる。すご……』
『おー、お見事だねぇ。シノちん、可愛いのにカッコイイ。これは永久保存しなきゃ』
『実況の人、シノの事、べた褒めじゃない。これって、予選通過したんじゃないの?』
『う~ん、どうかな。落ちちゃったから、特別編集に入ってるのかも』
『フレディさんも映ってるから、大丈夫じゃないかなぁ』
今の場面は、ダメージ測定での二つ目と三つ目のダミーを破壊したところだ。
歓声が沸き上がって楽しくなった時だろう。映像の中のシノは、笑顔でダミー人形を射貫いている。
こんな表情をしていたのかと思うと同時に、真剣勝負には相応しくない立ち居振る舞いに赤面する。
『わぁ、発表が始まるよー』
『どうしよう。私の事じゃないのに、ドキドキしてきた』
どうやら上位八名を、一位から順番に発表していくようだ。
「見事、一位通過を勝ち取ったのは、若き銀狼ルドル・ヒャラルド・フレディ。四連覇を期待されていますが、今年も万全のようです」
「やっぱりすごいね。五連覇すれば殿堂入りだったよね」
「その通りだけれども、お友達を放っておいて私と話していていいのかしら?」
突然話しかけられた白桃王女猫は、無邪気に喜んでいるシノを見て、呆れたように答えた。
「続いて二位は、打倒フレディを掲げて今年も参戦。漆黒の貴公子リチャード・フレイマンだ。新しく生まれ変わった競技で、ついに念願の優勝を果たせるか、注目が集まります」
多少容姿が整っていて、黒い衣装を好んで着ているってだけなのだが、大層な二つ名だ。決勝の常連だが、いつも惜しい所で終わっている。
「三位に入ったのは、初めての参戦となるこのお方。まさか知らないとは言わせない。イージスリング術師協会きっての問題児が、成長してやってきた。若き女帝コトリ・イマイだ」
たぶん、会場は大盛り上がりだろう。
さすがに『小さな女帝』とは言えない年齢になっているので、競技関係者は『若き女帝』で統一することにしたようだ。
コトリの決勝進出を信じて疑わなかったシノだが、やっぱりすごい人なのだと再確認できて、少しホッとした。
それと同時に、いつも難しい顔をして書類仕事をしている師匠が、ノリノリで司会をしているのを見て、シノは不思議と嬉しくなった。
「そして四位。心優しき少年だった彼も、今や二児のパパとなりました。子供たちの前で、お父さんは一番だと証明したい。その思いで決勝の舞台へと戻って来ました。秋の木漏れ日スコット・ウェルゼン」
リタ術士会は、登録者だけは多いので、知らない人がいても仕方がない。
なんだか優しそうな人だが、決勝進出者なのだからすごい人に決まっている。
「五位の発表となります。誰が予想しただろうか、今大会最年少の出場者が決勝の舞台へくる事を。齢十三にして神の如き弓さばきを見せ、圧倒的な攻撃力で我々の度肝を抜きました。この天才術士には、敬意を持ってこの称号を授けたい。狩猟の女神シノ・カグラザカ」
『女神? ……って、ちょっ、師匠、なに言ってるの!?』
『いま……シノの名前呼ばれたよね?』
『さっすがシノちん。五位だよっ、五位っ。たぶん師匠も嬉しいんだね』
『ごめんね、シノ。今度から女神様って呼ばせてもらうね』
『ちょっとドミ、絶対にやめてね』
そんな冗談を交えて笑い合う。
でもコレは少し笑えない。盛り上げる為とはいえ、限度がある。
天才と言われることすら抵抗があるのに、女神とは。
しかも、狩猟の女神といえば、アルマータでは上位とされる由緒正しき女神なのだから、畏れ多いにも程がある。
そのせいで、予選を勝ち進んで決勝戦に出るという驚きが消し飛んだ。
その間も発表は続き、六位のアナ・カルロス・モンテーロ、七位のマーティン・ワトソンの紹介が終わった。
「予選を勝ち残り、決勝戦へと進めるのもあとひとり。その栄誉を勝ち取ったのは……アデラ・エリスン。おめでとう、最後のひと枠はあなたのものです。十三歳のカグラザカ選手、十五歳のモンテーロ選手に続き、十四歳の彼女も中等部での決勝進出となります」
これにはシノも驚いた。
もちろんアデラの実力を侮っていたわけではなく、参加しているとは思わなかったのだ。
フレディによって半ば強引に参加することになったシノはともかく、中等部の生徒が参加するのは珍しい。なのに、三人も決勝に進んでいるのだから快挙だ。
「それだけリタ術士会の実力が落ちているという、証拠ではないのかしら」
白桃王女猫が、厳しい意見をボソリと呟いた。