四方の山
「薄汚い魔欠落者が、私に偉そうな口をきくな【火】」
小さな火魔法の玉が飛んできて、頬をかする。
「【収納】」
鉱石の山を収納する。見えている鉱石が一度に収納される。
「【収納】【収納】」
三度の呪文で、鉱石の山はなくなった。
「【取出】」
ドスンと、鉱石の山をヴィドルクの後ろに作る。
「なんのつもりだ」
「【取出】【取出】」
ヴィドルクの右側と左側にも、同じように巨大な鉱石の山を取り出した。
「なっ、何をする!」
ぐらりと大地が揺れ、コロコロと鉱石の山からバランスを崩した石が落ちてくる。
ヴィクトルは、鉱石の山から離れるため足早でこちらに向かって歩いてきた。
「【収納】【取出】」
鉱山の山3つを収納してヴィドルクの移動に合わせて取り出し直す。
ツイーナさんと私、それから護衛の3人の目の前にヴィクトルが来た。
「【取出】」
私の背後にも鉱石の山を取り出す。
私たち4人は鉱石の山に囲まれて逃げ場のない状態になった。
ぐらりと再び大地が揺れる。ガラガラと、鉱石の山から石が転がり落ちる。
グラグラと揺れるたびに、高く積みあがった鉱石が一つ、また一つと落ちてくる。
もし、一斉に崩れ落ちたら間違いなく生き埋めになるだろう。
「悪魔の子が!どかせ!今すぐこの山を消せ!」
護衛は茫然と山を眺めていた。その間に、ツイーナさんの様子を見る。
「ツイーナさんっ!」
意識はない。息はあるけれど、弱い。どうしようっ。
「そんな女のことなどどうでもいいだろう、早く山を消せとヴィクトル様が言っている!」
護衛がハッとして私の胸倉をつかむ。
「回復魔法をかけて……神官なら、回復魔法が得意なんでしょう?ツイーナさんを助けて!」
護衛の手を掴んで懇願する。
「この山をどけたら回復してやる」
護衛が鼻で笑う。
自分が優位な立場に立ったと思ったのだろうか。
「赤い壁の採掘をやめさせてくれたら、山をどかしてあげる」
頭の中でぐるぐるといろいろな思いが回る。
ツイーナさんをいち早く助けたい。だけど、鉱山に入った人たちだって助けたい。ぎりぎりまでツイーナさんには頑張ってもらう。ごめんなさい。赤い壁の採掘が止まったら、すぐにテラにお願いして回復魔法をかけてもらうよ。
テラの回復魔法ならきっとすぐに全部よくなる。
「馬鹿な。うまく交渉しているつもりかもしれないが、山が崩れればお前たちも一緒に生き埋めになるんだぞ?どうせ、危険が迫ればどかさざるを得ない」
ヴィクトル様が額に汗の玉を浮かべながら拒否の言葉を口にする。
「ヴィクトル様、揺れがどんどんひどくなります。続けますか?」
風魔法の声に、ヴィクトルが怒りのこもった声を出す。
「【風】ああ、続けろ。思いっきり掘り進め!」
なんてことを!
次の瞬間、ドーンと激しく下から突き上げられるように大地が揺れた。
大きな鉱石がばらばらと雨のように落ちてくる。
「【収納】」
私とツイーナさんに当たるはずの鉱石を収納する。
「ぐあぁ!」
人の頭ほどもある角張った鉱石がヴィクトルの足に直撃した。
護衛も肩を抑えている。
「か、【回復】。そら、元通りだ。悪あがきしても無駄だ。おい、剣を寄越せ」
護衛から剣を受け取ると、ヴィクトルは剣先を私の鼻先に向けた。
「ここから出せ。言うことを聞かねば、命はない」
「【収納】」
剣を収納する。
「神のご意思というものがあって、それで人が一人二人生き埋めになるとしたら、その一人二人は誰なのか、まだ分からないの?」
何が神のご意思だ!
ヴィクトルが赤い壁を採掘するように言わなければ大地は揺れない。だから誰も生き埋めにならない。
神じゃないよ。ひどいことをするのは人間だ!
いつだって、人が人を不幸にする!神でも悪魔でもない!
そして、再び大地が揺れた。
とても一人じゃ持ち運べないような大きな鉱石が勢いよく転がってくる。
高い位置からは無数の鉱石が噴石のようにばらばらと落ちてくる。
「【収納】」
先ほどと同じように私とツイーナさんの身に降りかかる鉱石は収納。
このまま、ここでヴィクトルとやり取りしていても無駄なのかもしれない……。ツイーナさんを収納して連れて行こう。
「うぐっ、【回復】、ぐあぁ、【回復】【回復】」
「た、たすけて、くれ……【回復】」
何度も回復魔法を繰り返すヴィクトル。
そして、助けを請う護衛。
二人の体の上には巨大な鉱石が乗っていた。
回復したとたんにまた鉱石につぶされて負傷する……繰り返す痛み。想像しただけで恐ろしい。
でも、死ぬことはなさそうだ。
「【収納】」
四方を囲んでいた鉱石を収納する。
ツイーナさんを助けなくちゃ。
「待て、待ってくれ、助けてくれ」
護衛が唯一動く腕を伸ばしてきた。




