痛み
執務室に到着すると、ツイーナさんに言われ、先ほど収納しなかった書類を収納した。
「偽帳簿よ。この国が儲かっていないことを示すための帳簿」
ツイーナさんは部屋の隅にあった丸めた大きな羊皮紙を抱えた。
「それから、これが鉱山の地図。”本物”は鉱山の責任者が持っている。責任者に会えたら収納して」
本物は、折りたたんでポケットに入れていたあれだろうか。最新情報を常に書き込んでいた。
「さぁ、行きましょう。私はできるだけ彼らと行動を共にできるように動きます」
うんと頷く。
「だけれど、この先どうなるか分かりません。私の力では何もできないかもしれない……」
ツイーナさんがつらそうな顔を見せる。
「ごめんね。第一鉱山に集まった皆だけで、何とか逃げて」
「ツイーナさんは?ジョセフィーヌ様やほかの人たちは?」
魔欠落者に対してだけじゃない。ヴィドルクという男は、平気で人を傷つけられる人だと思う。元婚約者が苦しんでいる様子を笑ってみていた。将軍を理由もなく蹴りつけていた。
「大丈夫よ」
「嘘っ!」
大丈夫なわけない。
「エイル、これはこの国の問題なの。あなたたちは、この国に売られてきた。国民じゃないの。だから、逃げなさい」
「私……私ならっ!」
みんなを収納してブルーにのって逃げられる。みんな一緒に逃げられる!と、言おうとして口を塞がれた。
「話はおしまい。あまり遅いと疑われるわ」
ツイーナさんの言葉とほぼ同時に足音が響く。
「おいっ、まだか!」
神殿の人間が様子を見に来た。
「申し訳ありません。鉱山の……坑道の地図も必要かと思いご用意していたもので遅くなりました」
謁見の間に戻ると、壁際に立っていた侍女たちの姿はなかった。
「エイル、さぁお出しして」
「【取出】」
どさどさと大量の偽資料を取り出す。
「ヴィドルク様、詳細はじっくりご覧いただくとして、簡単にご説明させていただいてもよろしいですか?」
ヴィドルクの許しを待って、ツイーナさんが続ける。
「こちらが一番新しい資料です。産出した宝石や鉱石の種類が書いてあります。こちらの鉱山の地図をご覧いただくと産出場所が分かりますわ。毒ガスが濃い場所での採掘作業になりますので、なかなか産出量が増えませんの」
ツイーナさんの口から語られる言葉は、嘘か本当か私にも分からない。何も知らないヴィドルクからすれば疑うこともないかもしれない。
資料を手にヴィドルクが神殿関係者を集めて話し合いを始めた。
ツイーナさんは壁際に控えていた私に強い口調で命じる。
「あら、エイル何をしているの?もうあなたに用はないわ!さっさと出ていきなさい!」
話し合いをしていた神殿関係者の目がこちらに向く。
「失礼いたしました。いつまでも汚らわしい魔欠落者をお目に触れさせるようなことをいたしまして……」
ツイーナさんは深く頭を下げた。
「ほら、さっさと出ていきなさい。部屋をじゃないわよ、分かっているわね?ヴィドルク様のお目に触れぬよう、城から出ていきなさい!」
腕をつかまれ乱暴に出口へと押された。
演技だ。ツイーナさんが私を怪しまれず外に出すために演技をしている。演技だけれど、とても強い力で、必死さが伝わってきた。
私たちを逃がすために……ツイーナさん自身が助かるためでもないのに、必死に、こんなに必死になってくれている。
強い押されてバランスを崩し膝をつく。
「痛っ」
痛い。痛い。
心が痛い。
後ろも振り返らずに部屋を小走りに出ていく。
ツイーナさん、私、皆にちゃんと伝える。伝えて皆を逃がしたら、そうしたらツイーナさんたちを助けに戻る!
……どうしたら助けられるのか、ただこの国から出さえすればいいのか、国の統治権を奪い返さなければ助けたことにならないのか……。神聖軍がどの程度のものなのか、神殿を敵に回すと他の国からも攻め込まれるというのは本当のことなのか……。分からないことが多くて、今私がどうすればいいのかというのも分からない。
でも、でも、きっとルークならきっと考えてくれる。
レイナさんやファーズが協力してくれる。
きっと、きっと。
慣れないドレスに足を取られ、何度も転びながらも必死に走り続ける。
膝や手の平は擦り傷だらけだ。痛い。でも、この心の痛みに比べれば、どってことない。
場所は覚えている。まさか、ツイーナさんについていろいろなところを回ったことが役に立つなんて……
「エイルちゃん、早く」
第五鉱山へ向かうと入り口でカインさんが手招きしてくれた。
「カインさん、ツイーナさんからの伝言です、皆に知らせてください。第一鉱山へ見つからないように向かってください。ここには神殿関係者が来る可能性があります」
「なんだって?わかった。すぐに移動する。おい、このことを他の鉱山の人間にも伝えてくれ」
すぐに話を聞いていた数名の男たちが動いた。
「待って、たぶん彼らが目の敵にするのは魔……特化者。だから」
だからの先が続かない。だからどうすればいいのか
「分かった。魔特化者は第一鉱山へ人目に付かないように移動。それ以外の者は、ここか、第三鉱山へ集まろう。誰も鉱山で働いていなければ怪しまれるかもしれない、さぁ連絡を頼む」
男たちが別の鉱山へと向けて散っていく。
「連絡ありがとう。傷だらけだな、おーい、頼む」
リーダーが白い布をつけた回魔特化者を呼ぶ。
「【回復】」
「ありがとうございます」
「さあ、行こうエイルちゃんっ!あとは大人たちが連絡してくれるから」
カイルさんが私の手を取った。
「行ってください。私は大丈夫です」
私はヴィドルクに姿を見られている。だから、もし、第一鉱山い隠れてしまえば、どこにいると探されたときにまずいことになる。ツイーナさんは第三鉱山か第五鉱山に目が向くようにすると言っていた。だったら、私はこの第五鉱山の近くに隠れて様子を見ていた方がいいはずだ。皆が移動を終えるまでは。
「ツイーナさんからの伝言です。皆で話し合って国から脱出してくださいと」
リーダーが顔色を変える。




