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その人が現れた時点で、私の平凡で平和的な毎日は終わりを告げた。


「同じクラスでしかも隣同士なんて、とても嬉しいよ」


私にしてみたら全然嬉しくないのですが……。


「これからは毎日一緒だね」


え、毎日一緒とか、私耐えられるかな。

やばい、考えただけでも貧血を起こしそうだ。


「この一年は、ずっと隣の席になるように取り計らってもらおう」

「えっ!?それは、ちょっと……」

「嫌なのかい?」

「はい、嫌です」

「……やっぱり、この一年と言わず、生涯俺の隣にいてもらおう。結婚しよう?」

「話が飛びすぎてて反応ができない…………って、え?私今プロポーズされてるの?……えっ!?」

「そうだ、一生隣にいてくれれば、俺はとても幸せだ」

「それはあなたの場合ですよね。私のことも考えてください。嫌です」

「玉の輿になるのに?」

「なんでそんなもので私釣られないといけないんですか!?」

「玉の輿だぞ?」

「いいです。ささやかな幸せがいいので他の人をあたってください」

「好きだ」

「突然!?」

「愛してる」

「誰か、助けてくださいっ!!」


会話がままならなさすぎて私は周りに助けを呼ぶ。しかし、周りの人達も何が起こっているのか理解ができていないらしく、ぽかーんとした表情で私たちの方を見ていた。

こうなったら助けを求められるのは先生しかいないと思い、教壇の方を見たが、運が悪いことに、先生は未だに来てくれていない。なぜこんな時に限って教師は来るのが遅いのだろうか。恨んでしまいたくなる。

私は、プリンスに捕まらないために、素早く席を立ち、彼から一番遠いところにいる夕ちゃんのところまで走った。

これでしばらくは安全になるだろうと思うが、それも先生が来るまでの少しの間でしかない。根本的な解決にはつながらないのだ。

どうにかして彼から逃れるための手段をぐるぐると考える。


「……姫ちゃん、何が起こってるの?」

「わ、私が聞きたいです。夕ちゃん……」

「てか、あれ本当にプリンス?変態にしか見えないんだけど」

「その認識をしてくれて本当に嬉しいです。私からしたら、初対面から変態さんでしかないので」

「初対面でその認識されるって、よっぽどやばいと思うんだけど」


そんなことをひそひそと夕ちゃんと話していると、突然パシッと手首をつかまれた。

私は小さく、ひぃっ、と悲鳴をあげたが、相手には聞こえなかったらしい。そのまま自分の方へ抱き寄せようとするかのように、彼の自由な手は拡げられている。これでは頑として動きたくないと思うのが人の性である。

私の悲鳴に気づいた夕ちゃんは、首をかしげるが、私があまりにも恐怖の表情をしていたからなのか、かばってくれた。

私にとっては、今私をかばってくれている夕ちゃんこそがプリンスに思える。


「あー……雪村くん。姫ちゃん、ちょっと怖がってるっぽいから、一旦手を放してあげてくれない?」

「なぜ俺がその言葉を聞かなければならない」

「この状況でそれを言うの?姫ちゃんの状況わかってる?泣いてるよ?」

「嬉し泣きだろう」

「………………姫ちゃん、ちょっと、目ぇ閉じててくんない?」


くるっと私の方を振り向いた夕ちゃんのあまりの迫力に、私は涙目の状態で何度も頷き、ぎゅっと目を瞑った。

私が目を瞑ったのを確認したのか、夕ちゃんは何やらごそごそと動いていた。そして、数秒後、がぁんっ!という大きな音が教室中に響き渡り、私は肩を跳ねあげさせて驚き、思わず目を開けてしまう。

それは、周りにいた人の目を覚まさせる効果もあったようで、みんなが驚いて夕ちゃんを見ていた。


「あら。なんで避けてるの?」

「当たり前だろう!?怪我をする!」

「自分のことは守るのねぇ?」


笑顔で会話をしているはずの夕ちゃんのその表情はどう見ても笑っていない。その上、音の発生源を見てみると、そこには、部活用にと持ってきただろう1リットル程は入るだろう水筒を握っていた。

……もしかして、さっきのあの音はあの水筒を机に叩きつけたからなのだろうか。

見間違いじゃなければ、机が水筒の面積分だけへこんでいる気がする。


「あのね、自己満足で言い寄られたら迷惑だって、あんたが一番理解してるでしょ?なんで同じことができるの?」

「自己満足じゃない。お互いが認め合っている」

「……残念なイケメンって本当にいるのね。ヤバイぐらいにナルシだわ……。姫ちゃん、私の席の隣に来なよ」

「夕ちゃん、いいの……っ!?」

「もちろん大歓迎。というわけで、隣の席の方、姫ちゃんがいたところに移ってくださらない?彼女の安全のために」


そう、夕ちゃんが隣の席の男の子に話しかけると、彼は何度も頷いていた。そんなにも協力的になってくれるなんて感動してしまう。


「お前が勝手に決めるなっ!」


会話をずっと黙って聞いていたプリンスは我慢できなくなったのか、とうとう声をあげた。


「俺と彼女は相思相愛だ。なぜ引き裂こうとするんだ」

「いや。誰がどう見ても相思相愛じゃないから。一方的な片思いだから。しかも最悪なパターンの思い込みだから」

「彼女も俺を愛してくれている!」

「どこをどう見たらそう認識できるのか一度じっくりと聴いてみたい気もしなくもないけど、雪村くんの言葉にはどこにも信憑性なんてないから。現に、姫ちゃんは泣いてるじゃない」

「だから、それは嬉し泣きだ」

「……祖国帰れ」


夕ちゃんのこんな低い声、聞いたことない。付き合いが短いとはいえ、聞いたことがない。私を背にかばいながら夕ちゃんは目の前にいるプリンスをなだめるように話していたが、ついには我慢できなくなったのか、完全に切れている。


「せっ、千霞ちゃん……っ!」


思わず、千霞ちゃんを呼んでしまう。

しかし、千霞ちゃんは諦めモードに入っているのか、首を左右に振った。


「今の夕は部活の試合モードだから、正直関わりたくない」

「えっ!?」

「性格変わるのよ、その子。部活の時と、こういう普通の時と」


そうなのか。

ということは、部活の時はいつもこんなにも強いのだろうか。ちょっと見てみたい。と、どうでもいいことを考えてしまった。

きっと、今みたいにかっこいいと思う。あ、私惚れそう。


「やっと巡り合えた運命の人なんだぞ!」

「はい、妄想やめろ。キモい」

「なんなんだお前は!?」

「は?お前の敵だけど?何?文句あんの?」

「大有りだ!!」

「へぇ?あるんだ?でも、お前が入る隙なんて1ミリもないからとっとと諦めろ」


……口調がだいぶ違う気がするけど、これも部活時の言葉遣い?と、目線で千霞ちゃんに訴えてみると、今度は千霞ちゃんも驚いていた。どうやら違うらしい。



「なんの騒ぎだ?」


ばたばたと入ってきた先生は、この状況を見て目を丸くしている。それはそうだろう。

きっと普段はおとなしいであろう夕ちゃんとこの学校のプリンスがにらみ合っていて、さらに夕ちゃんの後ろには涙目でぷるぷるも震えている私がいるのだから、状況を飲み込むのも大変だったと思う。


「……何事?」


周りの生徒に向けて、先生はそう質問した。


「先生」


夕ちゃんが先生に呼びかける。


「なんだ、草薙?」

「姫ちゃんの席変えること、反対なんてしませんよね」

「……は?」

「反対なんてしませんよね」

「理由を話して欲しいのと、せめて疑問系で聞いてくれないか……」

「こんな変態野郎のそばに姫ちゃんいたら危険ですから。理由は教室にいる人に聞いてもらえれば分かりますし」

「……草薙…頼むから……雪村のことをそんな風に表現しないでくれないか……?胃が……胃が痛くなる……」

「それも、周りに聞けば理由がわかります。先生はただ頷いてくれればいいですから」

「そんなことができるわけないだろう……」

「1人の可愛い生徒を犠牲にするおつもりですか?」

「話がわからないから詳しく説明してくれっ!あーもー!坪井っ!!」

「あたしですか!?てか、八つ当たりやめてくださいよ!顧問だからって!」

「うるさい。暴走止めておけっ!他の生徒は全員俺に説明しろ!」


朝は、そんなごたごたがありました……。

なんとか午前中の授業を終えてなんとか昼食にありつけた私はすでに疲労感が半端なかった。

というのも、席を変えるというのは頷いてもらえなかったからだ。理由は先生の「くだらない」の一言で却下されたため。先生も相当いらだちが募っていたらしいのでしょうがないと思う。しかし、授業中に私に迷惑行為をするようなら即座に変えてくれると約束をしてくださった。

が、それが聞こえていたからなのか、隣の席の雪村くんは授業は驚くほど真面目に取り組んでいた。ちょっと凝視してしまうほど。まあ、放課に「そんなに見つめられたらさすがの俺でも照れてしまうよ」と言われた瞬間、すべて冷めてしまったけれど。

それから私は放課になるたびに逃げ回る羽目になったのは言うまでもない。


「姫ちゃん、お疲れ」

「ひめ、なんか、助けてあげられなくてごめん」


2人からお昼に謝罪が入った。


「気にしなくてもいいよ。正直、どうしようもないっていうのが正解だと思うし」


そう、席も離れているし、一生徒である彼女たちにはどうしようもないことは私だってわかっている。だからこそ、責めるなんてことは絶対にしない。軽口でそういうことは言うかもしれないけれど、それが私の本心ではないときっとわかってくれるだろう。

しかし、心身ともに疲れ果てるのはいただけない。まだ学校が始まって1日目だ。その午前だけでこんなにも疲労を蓄積させられるなんて考えなかった。

第一、私の態度が新鮮だったというなら、千霞ちゃんや夕ちゃんの態度もなかなかだと思う。

そう、2人に持ちかけると、2人は少し視線を外した。


「?どうしたの?」

「あー……あたしも実は一年の最初の頃は入ってたのよね。プリンスのファンクラブ」

「え……」

「あ、実は私も」

「えっ!?」

「でも部活と両立できなかったし、ファンクラブは半年くらいでやめた。夕も一緒の理由だったよね?」

「そうそう。だから、雪村くんからしたら、私たちはファンクラブの人間って認識されてるんだと思う。登校待ちとかの行列にも普通に並んでたし。今考えるとよくできたなって感動できるけどねー」

「……そう、なんだ」


だから、彼は私の反応が新鮮と言っていたのか。

というか、彼は自分のファンクラブに入っている人間の顔を覚えているのだろうか。

……それもそれで恐ろしい。


「てか、姫ちゃんのお弁当マジで美味しいんだけど」

「ちょっ、夕遠慮してよ!あたしひめのお弁当が生命線なんだから!」

「自分で作ろうとしない千霞も悪いでしょ〜?あたしはちゃんと作ってるもん。冷食ばっかりだけど」

「朝弱いんだって!」

「目覚まし10個ぐらいかければなんとかなるわよ?」

「そんなに持ってないから!」


なんか、心がほっこりする。普通の会話がこんなにも心にしみてくるとは思いもしなかった。なんて暖かいんだろう。

自分で作ったお弁当をつつきながら、未だに言い合いをしている2人を見つめていると、突然、背中から何かに覆われた。

自分の首の前で交差された長い腕を見た瞬間に、思わず悲鳴をあげる。


「きゃぁぁぁあああ!!」


突然の私の悲鳴に、2人はもちろん、周りも驚く。


「なっ、なにっ……やっ……!!」


パニックになった私はバタバタと暴れるけれど、暴れる私を押さえつけようと、腕を回してきた人は力を込める。それがさらに私を恐怖に突き落として混乱させる。


「やめてっ!やめてっ!離してっ!さわらないでっ!」


私があまりにもそんなことを言うからなのか、夕ちゃんも千霞ちゃんも驚いて対処ができないらしい。

しかし、ハッとしたように、千霞ちゃんが怒鳴った。


「雪村っ!!一度ひめから離れて!これはやばいっ!」


そう言って、私は解放された。

席から思い切り立ち上がり、相手に背中を見せないように壁に背中を貼り付ける。

涙で滲んだ視界では何も確認なんてできなくて。それでも。恐怖だけは体にくっきりと残っていて。

肩で息をしながら、周りを見ると、クラス中もさすがに驚いている。私ははっとした。


「あ……」

「ひめ……大丈夫?そっち行っても平気?」

「う、ん。平気。ごめんなさい」

「謝ることじゃないよ」

「ちょっと、パニックになっちゃった」


えへへと笑って誤魔化したいところだけど、誤魔化せるはずもなく、空気はどんどん重くなっていく。

あー……本当にごめんなさい…。


「まだお昼途中だったよね。私まだお腹空いてるの。食べない?」


そういって、私はすすっと、プリンスから距離をとる。まあ、プリンスからというよりも、男性から、という方が正しいかもしれない。なんで、二年生になった瞬間にこんな面倒なことになってしまったのか。頭を抱えたい気分になる。


「姫ちゃん、そこ立ってて?」

「えっ」


夕ちゃんが突然そんなことを言うので、私は動きをぴたりと止めた。そして私に背中を向けて何かごそごそしているかと思ったら、突然の、私の目の前に食べ物が差し出された。


「はい。あーん」

「んっ!」


条件反射で目の前に差し出されたものを疑いもなく食いついてしまう。

口の中に広がったのは卵の味と、砂糖の甘さだった。


「これ……美味しい……」

「卵焼き。これは一応私の手作りだよ〜」

「夕ちゃん……天才……」

「卵焼きでそんなに褒められるとは思わなかったけど……ちょっとは元気出た?」

「うん」

「よし、じゃあ、雪村」


突然、夕ちゃんがプリンスに話しかける。

彼は驚いたように夕ちゃんを見た。


「さすがにこの状況で、姫ちゃんと相思相愛だなんてふざけた事は抜かすはずないわよね?とりあえず、今は席を外してくれない?姫ちゃん、落ち着いてご飯食べられないから」


夕ちゃんがそう言うと、プリンスはとても不服そうな表情をしながらも、今回はその場を去ってくれた。

持つべきものは友達だと、今まさに私は実感した。

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