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夜。

がちゃっと玄関を開ける音がしたため、私はパタパタと玄関に歩いていく。


「ただいま」

「お母さん、お帰りー」

「姫乃、まだ起きてたの?明日から学校でしょう?大丈夫?」

「うん。平気。一緒にご飯食べよう?」

「食べてないの?」

「待ってた」

「……わかったわ。ちょっと先にお化粧とか落としたいから待ってて」

「うん、大丈夫。その間に温め直しておく」


自宅にて、私は帰ってきたお母さんを捕まえて夜を誘う。帰宅すぐに申し訳ないとは思ったけれど、それでも未だに頭の中がぐるぐるとしていたのだ。一人だとどうしても落ち着かなかったため、お母さんの帰りを待っていたのだ。

お母さんはそのまま洗面所にいき、お化粧を落としていた。

その間に私は今日帰ってきてから作った肉じゃがとお味噌汁を温め直して、食卓にご飯とお味噌汁、大皿に肉じゃがを盛って真ん中に起き、あとはそれぞれサラダボウルに盛り付けたサラダを出した。あとは自分たち専用のお箸と湯呑みを並べて、お茶を準備し、お母さんを待つ。

数十分後に、部屋着に着替えたお母さんがリビングにきて、お待たせ、と声をかけてくれた。


「今日は肉じゃがを作ったの。自信作だよ」

「姫乃は料理上手くなったわね。ごめんなさいね、面倒かけちゃって」

「ううん、そんなことない。私こそ、いつもありがとうって思ってるよ」

「そう?ちょっと恥ずかしいわね。さ、また冷めないうちに食べましょうか」

「うん!」


私とお母さんは両手を合わせていただきます、と言いそのままご飯を食べ始めた。

無音はお互いにあまり好きではないのでテレビはつけっぱなしだ。

かといって会話が全くないわけじゃなく、今日学校であったことや千霞ちゃんのことを話したり、お母さんの仕事の愚痴を聞いたりときちんと会話もある。ただ、お互いに自分の声だけがするのが我慢できないらしく、テレビは常についていたりするのだ。


「――それで?なにがあったの?」

「うっ……」

「気付かないわけなしでしょ、あなたの母親なんだから。大抵、あなたが甘えてきたときはなんかあったときなんだから。なに?聞いてあげるわよ」

「うう……さすが私のお母様です……」

「もちろんよ、私の宝物なんだから」

「お母さんも、大好き……」

「私もよ」


他人が聞いたらきっと驚くだろう会話をいとも簡単にしてしまうのが私たち母娘(おやこ)だ。一度千霞ちゃんに話したらものすごく驚かれたことがある。私にとっては普通でも、千霞ちゃんにとっては驚愕に値するらしい。

まあ、こちらは母子家庭だということもあるとは思うけれども。


「…あのね、なんか、今日学校でプリンスって言われてる人に絡まれて」

「ああ。あの入学式のときに女の子に囲われてた子?」

「知ってるの?」

「むしろなんで姫乃が知らないのよ」

「いや…私そういうの興味なくて……」

「まあ、そうよね。それで?なにがきっかけでそうなことになったの?去年は全くそんなことなかったっぽかったのに」

「なんかね、今日たぶん追いかけられてて、逃げ込んだ先が私が千霞ちゃんを待ってた教室で、そこで少し会話したらなぜか気に入られた」

「会話?どんな?」

「追いかけられてるみたいだったから、ここで休憩していくといいですよって。私はたぶん邪魔だろうから図書室に行きますねって。それだけ」

「あぁ、だからじゃない?」

「え?」


お母さんは私の話を聞いただけでなんとなく何かを察したらしく、しきりに頷いていた。


「?今のどこに納得するところがあったの?」


本当にわからない私はおもわずお母さんに詰め寄ってしまう。


「そのプリンスって言われてる男の子。今まではなにも言わなくても、なにもしなくても、ただ立ってるだけで騒がれてたんじゃない?」

「た、たぶん……。なんかファンクラブまであるって千霞ちゃんから聞いたけど……」

「あら、大変ね。まあ、そうやって周りがきっと格好いいとか、プリンスってブランドに群がってたのよ」

「かっこいいだけなのに大変なんだね……」

「そうね、けど、今日それをしなかった人がその子の前に現れたのよ」

「……もしかして、私?」

「そう、あなたよ、姫乃。その子はきっと嬉しかったんじゃないかしら?」

「私、その人のこと知らなかったのに?」

「だからこそだと思うわよ?今まで自分がなにも言わなくても相手が自分のこと知ってるのよ?ちょっと怖いと思わない?」


そう言われて、私は少し考えた。

確かに自分が知らない間に、自分の名前や容姿、ブランドだけが一人歩きして、自分にとっては初対面の人間に自分のことを知られていたら相当怖い。

なるほど。


「だから、姫乃がその子のことを知らなかったっていうのは、その子にのとってはある意味“救い”だったのかもしれないわね」

「そんな、大袈裟な……」

「あら、そうとも言えないでしょう?姫乃だって高校入ったときは自分のことを知らない人に囲まれていて、その中で千霞ちゃんっていう友人を見つけたのよ?人間関係なんてそうやって地味に積み上げていくものなのに、その子はそれすらもさせてもらえなかったのよ?」


そう言われるとそうかもしれない。

自分で地道に積み上げたものだからこそ、信じられるものがあるのに、彼にはそれすらも用意してもらえなかったのだろう。そう思うと、彼が言っていた、「教室での反応が新鮮だった」どう言葉にも頷ける。

でも、それは私だけではないのではないだろうかと思わず考えてしまった。

それを見透かしたように、お母さんが口を開く。


「今回はたまたま姫乃だったってだけよ。相手のその子だって、世界中の人間が自分のことを知っているなんて思ってないと思うわよ」

「……そうだよね」

「まあ、それも縁だと思って、一度仲良くなってみたら?」

「……それは、できれば遠慮したいの……」

「姫乃がそんなこと言うなんて珍しいわね……」

「親衛隊が……ファンクラブが……ちょっと怖いかな……」

「平凡が好きすぎるわね、姫乃は」

「大切すぎる人を作るのは、怖いよ……?」

「……姫乃」


だって、お父さんは……。


「……あなたの人生よ。あなたの好きなように生きてもいいわ。でも、逃げるのはダメよ。あなたはいつか、大切な人を作って、その人と幸せになって。それが、お母さんの幸せなんだから……」


そういいながら、お母さんは手を伸ばして私の頭を撫でてくれた。言っていることはわかる。けど、私はまだその未来を明確に想像ができない。

大切な人を作るのは怖い。

大好きだったお父さんが、死んでしまってからは特に。

こんなにも悲しい思いをしなければならないのなら、私は幸せになれなくてもいいと考えてしまうほどに。

それではお母さんを悲しませてしまうとわかるけれど、それでも、まだ心の整理ができていないのかもしれない。


「ごめんね、お母さん。ごめんね……」


ただひたすらに謝るしかできなくなってしまった私の頭を、お母さんは私が落ち着くまで優しく撫でてくれた。



**



次の日。

朝起きると、お母さんはすでに仕事に出ていた。急に片付けなければならない仕事が舞い込んできたそうで、慌てて書いた置手紙が置いてあった。

それを確認した私は、いちおうお母さんに【お弁当ごめんね】というLINEを入れておいた。

きっと今は仕事で忙しいから読むのはお昼ぐらいになるだろう。

私は自分の分の朝食の準備をして朝のニュース番組を見ながら朝食をなくしていく。

食べ終わってから、作り置きしているお弁当のおかずを重箱に詰めて準備が完了した。

その時、スマホが震えたのを確認した私は誰だろうと思いスマホを開ける。すると千霞ちゃんからで、【いっしょに登校しよう!】ときていたので【いいよ】と返信した。

その後しばらくLINEを続けていると、どうやら千霞ちゃんはすでにうちのマンションの下についていたらしく、慌てて準備をもう一度整えて家を出た。

エレベーターで一階まで降りて、エントランスから出て千霞ちゃんに声をかける。


「千霞ちゃん!おはよう!ごめんね!」

「おー、いいのいいの、突然きたあたしも悪いし……って、ひめの弁当はいつ見てもすごいわね……」

「千霞ちゃんの分も入れてあるから、いっしょに食べよう?」

「本当に?嬉しい!お昼楽しみになったわ」

「そういえば、千霞ちゃんお弁当は?」

「今日はお母さんが寝坊しちゃったらしくて、購買でなんか買おうかなーって考えてたんだ」

「そうなんだ、ちょうどいいね!」

「うん、本当にありがたいわぁ〜。あ、それ持つわよ。貸して」

「えっ!?悪いよ!」

「お昼もらうんだから、これくらいは当たり前。ちょっとは甘えてよね〜」


私が否定した瞬間にすでに千霞ちゃんはぱっと私の手からお弁当を掻っ攫っていて、持ってくれていた。私が持つと何度が言ったけれど、頷いてくれなかったのでそのまま任せることにした。

千霞ちゃんはそれでいいのよ、と満足そうにうなずいていたが、私はどちらかというと申し訳なさの方が勝ってちょっといたたまれない。

疲れたら私が持つからと言ったけれど、結局教室に着くまで千霞ちゃんは一度も私に持たせてくれなかった。


「あ、千霞、おはー」

「おはー、(ゆう)

「あ、おはよう、草薙(くさなぎ)さん」

「あ、結城さんもおはー。てか、別に苗字じゃなくてもいいよ?」

「えっ、じゃあ、夕ちゃんで!」

「新鮮!いいよいいよー。私も姫ちゃんって呼ぶね」

「うん!」


教室に入ると、去年、千霞ちゃんを通して少し会話するようになった草薙夕ちゃんが声をかけてくれた。

セミロングのストレートに小麦色の髪は邪魔にならないようになのか、左側に括ってある。彼女も千霞ちゃんと同じ部活に所属しているらしい。見た目的にあまり運動部に見えないけれど、部内でもとてもうまいらしいと以前千霞ちゃんから聞いたことがある。

運動ができるだけでも私的にはすごいことだけれど。


「てか、千霞……あんたそんなに食べるの?太るよ?」

「ちょっ!失礼なこと言わないでよ!それに、これはひめのよ、ひめの!」

「えっ、姫ちゃん?嘘言わないでよ。明らかに千霞のでしょうが」

「信じて!?あたしの言葉信じて!?」

「こんなに細くて可愛らしい姫ちゃんののはずがないでしょうが」

「あっ、でもそれ本当に私のだよ?作ったのも私」

「えっ……。…………まじで?」

「見た目に騙されちゃダメよ、夕。ひめ、こう見えてすごい大食いだから」

「まじか。ちょっとびっくり……」

「あ、夕ちゃんもお昼いっしょにどう?」

「えっ、いいの?うれし〜」

「もちろん!私も嬉しい!」

「…ぐはっ……天然の可愛さはこんなにも攻撃力高いのか……」

「通常運転よ」


私にはわからないことを話し始めたので首をかしげるだけにした。

それから、ホームルームが始まるまで、三人でお話をして、予鈴がなったためそれぞれの席に戻った、

今日は自由席ではなく、五十音順に座らなければならないのだ。名前的に私たちはみんな転々とした場所になった。それが面白かったのか、それぞれ席について、他2人を見てそれぞれが笑いあった。

こんなにバラバラになるとちょっと寂しいねと、千霞ちゃんが私に小声で伝えてくれる。私も笑ってそうだね、と小声で返しておいた。

その時、ふと私の隣の席が空いているのが目にとまった。まだ来てないのかな、と思い、私はいつもカバンに入れている小説を取り出して読み始める。昨日も読んでいた恋愛小説だ。

先生が来るまでにしばらく時間がかかるから読んでいても問題ないだろう。

しかし、時間になっても先生がなかなか来ないため、教室内は少しざわつき始めた。


(遅いなぁ……)


本から顔を上げて、前扉をじっと見つめる。

が、思わぬ方向から扉が思い切り開ける音がしたため、私は小さく悲鳴をあげて、持っていた本を机の上にばさっと落としてしまった。

ああっ!と思いつつも、もう落としてしまったのだからすでに遅い。変な折り目とかがついていないことを祈るしかない。誰だろうと思い、本に折り目が付いていないかを確認した後に、確認しようとしが、次いで隣の席の椅子を思い切り引く音が響く。私はその音にも驚いたが、今度は持っている本を落とさないようにぎゅっと持って、ぱっと隣の席に来た人物を見た。

そして、効果音がつくんじゃないかというほど勢いよく逆方向を見た。もちろん見えるのは廊下側に設置されている窓と壁。

しかし、それどころでない。


「……あなたは……」


聞き覚えのある、艶のある声。

気のせい。きっと気のせい!

私はこの人のことは知らないはず。いや、はず、じゃなくて知らないんだよ。ほら、初対面。

あ、でもこれを初対面というならばこんな反応せずに、この人をみて頬を染めたりとか、もっと喜んだりした方が良かったのでは?と、今更に思い出されて激しく後悔。

ぱっと、その人の先にいる千霞ちゃんを見ると、千霞ちゃんも驚いたようにこちらを見て、私と視線が合うと、パクパクと口を動かした。


『ご愁傷様』


そう口が動いたのを私は確かに見た。

というか、クラス替えの時の張り紙で確認してなかったのかと思ったが、この人はそういえばプリンスという立場。張り紙に名前を載せて仕舞えばそれだけで騒ぎになるから学校側が載せないようにしていたのかもしれない。

それを裏付けるように、教室内の女の子たちが悲鳴をあげたのだからきっとそうだ。


「同じクラスだったんだな。嬉しいよ」

「……え、……あ、はい……」


もう何を言っていいのかすらもわからなくなって、私はあやふやな返事をするしかできなかった。


誰でもいいので、本当に誰でもいいので私を助けてください……!



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