2
「ひめは優しすぎるのと、無防備すぎる」
「……千霞ちゃん……ごめん……」
あれから、千霞ちゃんと約束した通りに学校から出てファミレスに来た。目の前には飲み物がちょこんと座っている。お料理はまだ来ていない。
しかし、その間に千霞ちゃんからのお説教が始まってしまった。
「ひめは可愛いんだから」
「美人系ではないもんね」
「この天然っ!」
「えっ!?」
「あたしの言ってる意味とひめの返してる言葉は噛み合ってないんだからね!?」
「そんなことないと思うけど……」
「だめだ……天然にこの手の会話は通じない……」
目の前で頭を抱えてしまった千霞ちゃんを見つめながら、私はちょっとオロオロする。けれど、ここで声をかけてもきっと千霞ちゃんが望んでいる言葉をかけてあげることなんてできないとわかっているので、おとなしく自分の目の前にあるお冷を飲んだ。冷たくて少し寒くなる。
まだ春先だから少しだけ肌寒い。来たばかりの私たちは今まで外の空気に触れていたため、まだ少し体が冷えているのだ。
そこにお冷とは、体を内側から冷やせと言われているようなものなのでは?とどうでもいいことを考えた。
「とにかく、ひめはひめが思っているよりも、ひめが思ってるのとは違う意味でかわいいんだから。もうちょっと気をつけてよね……」
「?よく分からない……」
「言うと思ったよ……あたしがそばにいられればいいんだけど、常に一緒にはいられないからなぁ……」
「千霞ちゃん、どこか遠くに行っちゃうの!?」
「……今のあたしのセリフでどこをどうとったらその結論になったのっ!?」
そんなことを話していると、目の前にご飯が出てきた。
「あっ、ご飯きた!」
ふわっと香るいい匂いに、意識がそちらに持って行かれる。美味しそう。
お店の味って家では再現することができないから、結構好き。もちろん、自分で作ったものがまずいとは思わないけれど、それでもそれぞれの味があるから料理って楽しいんだと思う。
私の目の前には和食のお膳が、千霞ちゃんの前にはパスタか並べられた。
あぁ……千霞ちゃんのパスタも美味しそうだなぁ……。
「……前々から思ってたけど、ひめって結構大食いよね」
「え、そうかな?」
「少なくとも、ご飯大盛りで頼む女子はなかなかいないわよ」
「えっ、そうなの?みんなお腹空かないのかな……?」
「………まあ、足りてるならいいんじゃない?」
千霞ちゃんがそんなことを言いつつ、私に箸を手渡して、自分はフォークを持つ。
お互いにいただきますと言ってから目の前のご飯に手をつけ始めた。
「そういえば、教室にいた雪村…なんでひめに言い寄ってたの?」
「……雪村?」
「え、知らないの?」
「……どなたでしょう?」
「……報われないわね、あの男も……。ひめの手首を掴んでたあのやたらイケメンの男よ」
「ああ!あのかっこいい人?」
「よかった。かっこいいとは思ってるのね。で?何があったのよ?」
「んー、なんか、追いかけられてたみたいだよ?廊下がうるさかったから。みんな走ってたんじゃないかな?」
「またか。懲りないわね、親衛隊も」
「親衛隊?」
「そう。親衛隊。まあ、別名ただのファンクラブだけど」
「え、あの人そんなにも有名人なの?」
「…………………」
私のその言葉に千霞ちゃんは何も言わなくなってしまった。
……あれ?何かおかしなこと言ったかな……。
「……知らないの?」
「誰を?」
「さっきのイケメンを」
「記憶にない」
再び、千霞ちゃんは黙った。
あれ。
目の前ですごいため息つかれた。なんだろう。
「……うちの学校のプリンスよ」
「へぇ……そうなんだ」
「興味全くないわね、ひめ」
「きっと私とは住む世界違うんだよ」
「……そうね」
もくもくと手と箸を動かしながら私は目の前のご飯を減らしてゆく。ご飯美味しい。
至福の時だ。
「千霞ちゃんのパスタも一口欲しい」
「……はいはい。わかったわよ」
ご飯に麺なんてカロリーがやばいと思うけど、気にしない。食は人の欲望の一つなんだから欲張ってもいいはずだ。
「ほら、口開けて」
すっと私の目の前に差し出された、パスタが絡まったフォークに、私はそのままかぷっと食いついてもぐもぐと口を動かす。
美味しい、カルボナーラ……。
「おいしい!ありがとう、千霞ちゃん」
「気にしてない」
「デザートも食べたい」
「……まだ食べるの?あんたの胃袋はどうなってるのよ」
「ブラックホール?」
「……聞かなかったことにするわ。ひめのお母さんが無駄遣いしないようにって言ってた意味がわかる……」
「無駄遣いじゃないよ。必要経費!」
「物は言いようね……」
そんなことをいいながら、私は再び自分の目の前にあるご飯を食べ始める。
「あ、そういえば、さっきプリンスがどうのって言ってたけど、どういう意味なの?」
「今更か」
しばらく――時間にして約10分――してからわたしがそんな質問を返したため、千霞ちゃんにツッコミを入れられる。まあ、あまり興味のないことだから仕方がない。
「うちの学年に、プリンスがいるっていうのは聞いたことあるの?」
「ん?うーん……記憶にないかな」
「入学式の時に結構騒がれてたんだけど……まぁいいわ。とにかく、そのプリンスっていうのが、今日ひめのに言い寄ってた男がそうなの」
「何処かの国の王子様?」
「らしいよ?どこのかは知らないけど」
「へぇ……王子様の大変だね?」
「本当に無関心ね……」
「私とは住む世界が違うから」
「さっきも聞いたわ」
会話をしながら食べていると、いつの間にか目の前のご飯がすべてなくなった。
千霞ちゃんの方を見てみると、私よりも先に食べ終わっていたらしく、のんびりとくつろいでいる。
「デザート何食べる?」
「関心がもうそっちへいったのね……。まぁいいわ。あたしはティラミス」
「はーい。私はパフェにしようっと」
私は店員さんを呼ぶべく机に設置されているベルを押す。少し待ってから店員さんが来たため、追加注文をしてデザートが来るのを待つ。
「でも、何処かの国の王子様っていうなら、なんでうちの高校に入るのかな?」
「さあ?」
「私立に行けばいいのに。そっちの方がセキュリティとか冷暖房完備とか素晴らしい環境だと思うんだけど」
「そうよね。そういえばそうよね。なんでかしら?」
「まあ、私みたいな庶民が考えてもわからないけど」
「……あんた、社長令嬢でしょう……」
「あれは、お母さんの実力。私はなんの力もないただの子供。すごいのはお母さんであって私じゃないよ」
「その考え方がすごいわ……。世の親の七光りな令嬢たちに見習わせたい」
「考え方は人それぞれだよ」
そう言っていると、デザートが来た。私の目の前には特大のパフェが置かれる。美味しそう。
「……あんた……あんだけ食べた後によくそんな食べられるわね……」
「そう?」
千霞ちゃんの言葉を聞きながら私はパフェの攻略にかかる。時間が経つとアイスが溶けてしまってもったいない。
パフェ用の長いスプーンを器用に使いながら、私はパフェを黙々と食べていく。この冷たさがいい。あと、コーンフレークのサクサク感。たまらない。幸せで表情を緩めてると、突然、ばんっ!と机を叩かれて、私も千霞ちゃんも驚く。もちろん、店内にいる他のお客さんも同じだ。しかし次の瞬間、女性客が頬を赤らめてひそひそと話し始めた。
なんだ、と思い、私はおもわず千霞ちゃんを見つめてしまった。
しかし、千霞ちゃんはなぜか片手で顔を覆っている。どうしたのだろうと思い、音のした方をみると、そこにはつい先ほど、存在と名前を聞かされた男の子が立っていた。
「見つけた……っ!」
息を荒くしながらもそれを整えている姿は、同性も異性も関係なしに見とれるんだろう。まだ春先だというのに、その人は汗をかいている。暑いからなのか、ブレザーを脱ぎ、ネクタイを緩めて、ボタンを2個ほど外している。それに加え、髪をかきあげる仕草などするから、今や周りは絶叫だった。
甲高い女性の悲鳴が店内に響き渡り、耳が痛い。
それは、私の目の前にいる千霞ちゃんも同じなようでものすごく迷惑そうに顔を歪めている。
「探した」
一言、目の前の彼――雪村くんは私に向かってそう言った。
「……千霞ちゃん……幻と幻聴が……」
「現実逃避しない」
「でも、千霞ちゃん……」
「言いたいことはわかるけど、現実逃避しないで。あたしだって我慢してるんだから」
「……食べ終わったし、帰る?」
「だから、現実逃避しない!それにひめまだパフェ食べてるじゃない!残すの!?」
「もっ、勿体無いけど、すごく非常事態な気がするの!」
そういいながらも、私の瞳は再び潤んでいたことだろう。せっかく美味しくご飯を食べていたのに、なぜ突然机を思い切り叩かれなければならないのだろうか。しかも見つけたとは一体なんなのか。
探してもらいたくなんてなかった。むしろそんな仲ではない。
私が涙目で千霞ちゃんに「帰ろう」と訴えかけたのか伝わりすぎたのか、千霞ちゃんはとても困っていた。それでも、私はこの状況から逃げなければならないと思う。
「名前は?」
私の状況がわかっていないのか、雪村くんはそんなことを聞いてきた。
「ナンパしに来たのか、お前は!?」
千霞ちゃんがとてもいいツッコミをしてくれた。
「純粋な質問だろう」
「どこが!?」
ああ、まわりのお客さんの視線が痛い……。
「あ、あの……私今日の今日まであなたの存在知らなかったので、そんな親しくもない人に名前なんて教えられません……!」
「……存在を知らなかった?」
「ええそうです、私あなたのことなんて全く知りませんでした!なので、私たちには縁がなかったんですよ!なので、名前も教えられません!諦めてください!」
「……しらなかった……」
「ひめ……辛辣……。めっちゃ攻撃してるから……」
「え!?」
「気づいてなかったんかい」
「事実を言っただけなのに!?」
「それが辛辣なんだってば!」
そんなこと言われても……と思いながら、私はちらっと雪村くんを見た。なぜか打ちひしがれているような気がする。
なぜだ。
「知らなかった、ということは今はもう認識しているということだ。ということは、今から仲を深めることもできるはずだ。というわけで、名前を教えくれ」
驚くほど浮上が早かった上に、なんかすごい独特な持論が彼の中で成立している!?
しかも、仲を深めるってなんだ!?
「……雪村……言ってることが変態みたいに聞こえちゃうからやめて。あんたのプリンス像を壊したくないわ……」
「祖国では皇子というだけだ。この国ではそんな事関係ない」
「その後ろにある祖国の皇子っていうのであんたの周りにどれだけの人が集まってると思ってるのよ……」
「勝手に集まってくる」
「あんたが皇子だってわかってるからだってば!」
……この隙に逃げたら、怒るよね、千霞ちゃん……。
でも逃げたい。
あ、だめだ。私のいる方に雪村くんがいる。これでは逃げる事も不可能だった。
「ひめもなんか言いなよ!」
「えっ!?えーっと……帰りたいのでそこどいてください」
「違うっ!!」
「えっ!?なにがっ!?」
思っている事を言っただけなのに、すごく否定された。なぜだ。
「で、でも、ここで大騒ぎしてもお店の人に迷惑かけるだけだと思うの。だから、とりあえず外に出ない?」
「……ここで正論かましてくるんだから困るわ」
「いやいや、正論云々の前に、雪村くんが暴走してたからだよ。そうじゃなきゃ、私だってパフェ堪能したのに」
「恨んでるの?恨んでるのね?」
「……そんな事ない。でも食べたかった。けど、この空気の中で食べられるほど神経は図太くない……」
「まぁ……そうだよね」
私たちは雪村くんをそたまに追い出すために、そのままお会計を済ませてファミレスを出た。
退店するときにレジをしてくださった店員さんに頭を下げまくったのは言うまでもない。
少し歩いた先にある公園で、私たちは立ち止まり、話を始める。
最初に声を出したのは千霞ちゃんだった。
「で?あんたはなんでここに来てたの……」
「その子を探しに」
「なぜ!?」
「教室での反応が新鮮だったから」
「知ってる風を装っておけばよかった……っ!!」
「……ひめ……」
今更そんな事言っても後の祭りなんだってわかってるけど……でもそうすればこんな面倒な事にはならなかったはずだ。
「面倒事嫌いだよね、ひめ」
「なにもない平凡で平和な毎日がいいです。日々に刺激なんていらない」
「あんたに思いを寄せてるだろう男たちが哀れになってきたわ……」
「?そんな人いないから大丈夫だよ」
「…………この鈍感」
まあ、それは置いておくとして、雪村くんがずっと黙っている。諦めてくれたのかと思ってちらっと見てみるが、まだしっかりと隣にいてくれた。
……うん、ありがとう。
「終わった?」
「きっとずっと終わらないので帰ってください」
「ひめ……」
「だって!私この人と話す事なんてない!」
「……お願いだから、もうちょっとオブラートに包んで……」
相手は一応皇子なんだから……と千霞ちゃんが嘆いていた。
「あなたは、俺を“皇子”だからといって変に遠慮しないんだな」
「同じ人間なので」
「そうか……」
「そうです。だから皇子だからといって名前を尋ねられても答えられませんし、中を深める事もしませんので」
「いや、それに関しては譲らない。俺はあなたとお近づきになりたい」
「………千霞ちゃん、どうしよう。日本語通じないみたい」
「ちゃんと通じてるから失礼な事言わない。まあ、友達になるくらいのいいじゃない」
「この人と関わったら平和な毎日が遠ざかっていく気がするんだけど!?」
「まあ、間違ってはないと思う」
なら私を助けて!と何度も訴えたけど、千霞ちゃんは面倒臭くなってきたのか、どうでもいいんじゃない?と繰り返すばかりだった。結局、私は目の前にいる皇子こと雪村くんに名前を伝えてやっと帰路につけたのである。
時間にして、約2時間後のことであった。




