祖国のすぐそばへ 8
本当のことを伝えても良いのかを思案しているようで、総領事はしばらく口を開かず難しそうな顔をしている。うーんと唸るような声を出した後に話し始めた。
「彼の父が幼い頃に、一家揃ってチカリヤからヒカルゴに移住してきたそうだ」
「やはりそうだったのですね、総領事、変な質問をしてすみません」
「ハット、やはりってどういう意味だ?」
「何となくなんだけど……」
チカリヤ人や先祖がチカリヤ出身の人たちが、洗浄党に対して牙を剥くような感じがするという。オルダヤやヒカルゴだけではなく世界中のあちこちの国へチカリヤの人々は移り住み、中には移住した国で財力や権力を握るまでになっている。ところが洗浄党はチカリヤ出身者が奪った財力や権力を奪い返すために、チカリヤ系の人たちをオルダヤやヒカルゴから次々に追放しようとしている。
今のところはチカリヤから移住してきた一世代目がターゲットのようだけど、親や祖父など何代か前の世代が他国へ移り住んでいるケースはかなり多い。そういった人が自身に危険が迫っていると感じたって不思議ではないし、洗浄党に対して牙を剥くのもわからないではない。
ただチカリヤ出身の人たちはどちらかと言えば強欲で自己中心的で、周囲への迷惑などは一切考慮しない人が多い。それにチカリヤの常識と住み移った国での常識が違っていても合わそうとはせず、自分たちの常識を優先させるためにトラブルもかなり多い。もちろん他国の常識やマナーを学び溶け込もうと努力する人たちもいるのですが、全体的なチカリヤに対するイメージから毛嫌いする人も多い。
結局は今、対立している構図はそういった根本的な考え方の違いに加えて、洗浄党の強引な政策による対立がかなり大きいと感じると、これまでのSNS上でのやり取りやモノルの街で聞いた話からそう思ったと話した。
「おいハット、だとしたらおまえはどちらの肩を持つんだ? 洗浄党か? チカリヤ出身の人たちか?」
「ブル、僕は両方ともに肩を持つ気はないよ。洗浄党のやり方なんて許されるはずがない。でもチカリヤの人たちだって改めなきゃいけない部分は多いしね。僕が肩を持つとすれば、それは普通に生活しているオルダヤやヒカルゴの人々、それにシルバーピークの人たちさ」
「ハット、ということはホフマンの肩を持つこともないってことだよな」
「ペト、僕は支持しないなんて言っていないよ。普通に生活しようとしている人や、そういう人を助けようとしているのならば強力に応援するよ。たとえチカリヤ出身の人だとしてもね。もちろん傍若無人な振る舞いをするチカリヤ出身者は許せないし、チカリヤの国自体も許せないけどね」
しかしSNSの発信程度でチカリヤの国を動かすなんてさすがに無理。あの強引な取引優先のアストル大統領のジェンキンズだって手を焼いているほどなのだから。それに三人はあくまで洗浄党のやり方を世界中に広めてその危険性を認知させることで、オルダヤやヒカルゴが元の普通な国に戻れるように後押しするのがもともとの目的。
「とにかく僕たちは洗浄党の本当の姿を世界中に広めることが任務。そして、洗浄党が今のようにわが物顔でのさばれないように、追い詰めていかなきゃね!」
総領事公邸から間借りしている領事館の一室へ戻った三人。今日モノルのもっとも大きな市場で聞き回ったことをまとめて、いつものように何か国語にも訳してSNSに発信した。
オルダヤ洗浄党政府が行っているチカリヤ人国外追放政策により、隣接するシルバーピークでは移民が急増したことで弊害が表面化している。
犯罪とまでは言えないが、チカリヤ人とシルバーピーク人との常識やマナーの違いによるいざこざ、考え方の齟齬による住民と移民との間での軋轢、難民ではなく移民のために公的扶助を受けられないことで生活が安定せず、窃盗など犯罪が増加したことでチカリヤ人の移民に対する憎悪の蓄積と、一部で表面化しつつあるチカリヤ人の排斥運動など、とにかくシルバーピークでは今はすべてが悪循環に陥っていること。
オルダヤ洗浄党政権が、安易に経済活動の進展を国外に求める政策を取ったことにより国外から人が流入し、さらに国としても流入を歓迎する姿勢を示してきたのに、弊害が目立ちもうこれ以上の共生は無理と判断したとたんに国外追放を進めた。そんな勝手な政策を推し進めてきた洗浄党こそが悪であると、痛烈に批判した内容だった。
昨夜はかなり踏み込んで洗浄党批判の発信を行ったせいか、明け方までその返信に追われたハットたち三人。眠い目をこすりながら領事館のシェフが作った朝食を食べ終えると、部屋に戻って新しいリプライやメッセージを読んでは返信していく。さまざまな言語で発信しているので、リプライやメッセージも様々な言語で舞い込んでくる。
そんな作業を始めて三〇分ほどが経過したころ、部屋中にペトの大声が響き渡った。
「これって、ひょっとすると……、ブル、ハット、どう思う?」
ウーム・ペトロ、ジェット・ブルート、ミッドハット・ホールと三人の名前から書き綴られたそのメッセージには、脱獄したことは今の私にはまったく関係がないこと。あの件は洗浄党政権下のガルドラ刑務所で起きた事件であり、あくまでオルダヤ国の問題。今の私は洗浄党政権下の刑務所長ではなく、シルバーピークへ流れ着いたチカリヤ系のオルダヤ人であり、洗浄党とは何も関係がありませんなどと書かれており、最後には一度会ってお話がしたいとも書かれていた。
「アストルにいた時、ハットの父だと偽った洗浄党からのメッセージがあっただろ、俺は今回も怪しいと思うけどな」
「ブルもそう思うんだね、私も洗浄党が私たちをおびき寄せるための罠だと思うけど、ハットはどう思う?」
「僕は……、たぶん元刑務所長のイグリー本人からのメッセージだと思う。ただどんな目的があって話がしたいと言っているのかがわからないから……」
「ハットはイグリー本人からのメッセージだと考えているんだね。もしも本人だとすれば、エンゲルから何か言ってくる気がするけどどう思う?」
「僕もそれは思うよ。すぐに返事はせずにエンゲルから何か言ってくるのをまずは待って、それからどうして話がしたいと思っているのかを聞き出せばいいんだよね」
「ペトとハットがそう言うのならば、俺はそれに従うよ。とにかく俺たちをつけ回した疑いが濃いエンゲルから聞き出してからと言うことだな」
話し合いが終わると三人は再びリプライやメッセージを翻訳しながら目を通し、イグリー以外への返信作業を続けた。
領事館内のダイニングで三人で昼食を取っているとエンゲルが近付いてきた。
「メリー・イグリーからのメッセージはお読みになりましたか?」
「私が目を通しましたが、返事は保留中です」
「そうですか。何か疑問点などがあるのですか?」
ペトが話し出す前にハットが話した。
「エンゲルはどうしてチカリヤ系の方なのに、アストルの領事館で働こうと思ったのですか?」
「簡単な答えですね、給料がいいからですよ」
「それ以上に、公表されていないアストルの情報を仕入れるためですか?」
「そうですね、それもあります。現にオルダヤの脱獄囚がアストルに匿われて、洗浄党の悪事を世界中に発信していることがわかりましたからね」
「それで、チカリヤ本国は僕たち三人に対してどのような見解を持っているのですか?」
「はっきりと聞いたわけではありませんが、現時点でチカリヤにとってはプラスになる動きをしていると評価しているでしょうね」
「それはイグリーの評価と言うことですね」
「そういうことですね。彼女はあなたたちと組んで仕事を進めたいと考えています」
「僕たちにチカリヤのために力を貸せと言っているわけですか」
「さすがハット、理解が早いですね」
今度はハットが話し始める前にブルが喋りはじめた。
「エンゲル、悪いが俺たち三人はチカリヤのために動いているのではない。洗浄党を倒してオルダヤを元の国に戻すために動いているんだ。チカリヤに力を貸す暇なんてないですよ」
そしてペトが質問をぶつける。
「エンゲル、その前になぜ昨夜、私たちの後を付けていたのですか?」
「バレてましたか……、あなた方がチカリヤにとってマイナスになる言葉をモノル市民に吹き込まないのか、それを見ていました。吹き込むどころか襲われていましたよね」
そんな会話をしながら昼食を取っている時に、突然スーツを着た多くの人たちが入ってきた。
「ミヒャエル・エンゲル、スパイ容疑で逮捕する!」
「え? おまえたち、領事館員に俺がチカリヤ由来の人間だと密告したのか!」
ダイニングに突入してきたのはシルバーピークの公安武装警察隊で、スパイ容疑で逮捕されたエンゲル。
「いいえ、密告なんてしていません。今日、武装警察が来ることも知りませんでした。でも、総領事もあなたのことを疑っていましたよ」
エンゲルは自身の業務に関係しない事項を、チカリヤ系の人民であるイグリーなど外部に漏らしたとして逮捕された。
「ペト、ハット、まさかエンゲルが逮捕されることを知っていたんじゃないだろうな?」
「私は知らなかったけど……」
「僕も逮捕されるとは思っていなかったよ。でも昨日の朝、総領事に聞いたんだけど、領事館内の資料も含めて隠し撮りしていたらしくてね。それにエンゲルが僕たちを尾行する様を公安武装警察隊も見張っていたはずなんだよ。それで証拠が揃ったとして逮捕されたんじゃないのかな」
「ハット、そんな事までわかっていたから、エンゲルの街案内を断ったのか?」
「ううん、ブル違うよ、そんなことまで知らなかったし、ただ僕たちだけで街を見たかっただけだよ」
「ハット、イグリーへの返信はどうしたらいい?」
「ペト、僕は会っても良いと思ってるよ。どんな条件を出してくるのかはわからないけどね」
そしてペトはイグリーからのメッセージに対して、会ってお話ししてもいいですよと書いて送信した。




