祖国のすぐそばへ 7
「早くお帰りになったのですね、どうでしたか、モノルの街は?」
領事の一人が三人に声を掛けてきた。
「ブルとハットが襲われそうになりました。市場で嗅ぎまわっているシルバーピーク政府の職員だと思われたみたいで」
「ブル、ハット、お怪我は?」
「大丈夫ですよ、こちらで発行してもらった身分証のおかげで、簡単な事情聴取だけで警察からも出ましたし」
「エンゲルの姿が見えませんね」
「ハット、今日はエンゲルは休みですよ。朝はここに来ていましたが、あなたたちが出た後を追うように彼も帰りましたよ」
「そうですか……、ところで総領事は?」
「総領事は公邸でお客様と会っておられますよ」
「そうなんですね、ペト、ブル、部屋に戻ってゆっくりしよう」
「後ほど総領事からお話があるからその旨伝えてほしいと頼まれております。その時にはこちらからお声掛けしますね」
「すみません領事、よろしくお願いします」
ペトが領事へお礼を述べると、三人は部屋に戻った。
「ハット、ひょっとしてだけど……、俺たちをオートバイで付けてきたのはエンゲルだったのか?」
「ブル、断定はできないけど僕はエンゲルで間違いないと思うよ」
「ハット、だから私たちが領事館にいることを知っている人物だと言ったのだね」
「そうです、ペト、おそらくエンゲルは……」
あくまで仮定の話だと断りを入れてからハットは話し始めた。
今朝出掛ける前に総領事に確認したところミヒャエル・エンゲルはシルバーピークの国籍を持つことに間違いはない。今現在の国籍については確認するが、親の世代以前にどこの国から移り住んできたのかまでは確認しない。ただハットの推測では祖父か曾祖父の代にチカリヤからシルバーピークに移り住んできたと思われる。
それだけにチカリヤにルーツを持つ人たちまで追い出そうとする、オルダヤの洗浄党のやり方を注意深く見ているのかもしれない。だからハットたちの発信を注視している気がするし、ひょっとすると今日市場で声を掛けてきた人も同じくチカリヤにルーツを持つ人かもしれない。
「ねえ、ペト。僕たちは市場では耳にしなかったけど、メリー・イグリーのことを話す人はいた?」
「そう言えば、チカリヤ人のコミュニティーのことも聞いたけど、メリー・イグリーを知る人はいなかったよ」
「これも仮定なんだけど、メリー・イグリーもやっぱり祖先がチカリヤ出身のオルダヤ人で、エンゲルは祖先がチカリヤ出身のシルバーピーク人。メリー・イグリーはチカリヤからの指示でシルバーピークに移り住み、元からいるエンゲルと接触したのかなって思うんだ」
「ハット、それってチカリヤがシルバーピーク国内でアストルに関するスパイ活動をしているとか?」
「それはわからないけど……。ただシルバーピークに対するスパイ活動だけではなくて、ありとあらゆることの情報収集に動いているような気もするんだよ」
「ハット、エンゲルが俺たちを付けてきた理由は?」
「僕たちが何を知りたがっているのか、例えばチカリヤにとってまずい事実を聞き、それを発信しないだろうかとかじゃないかな」
「ハット、だとしたらこの領事館にとどまっているのもよくないかもしれないね、すぐ近くにそんなスパイがいるわけだし」
「僕が思うには、エンゲルが僕たちに何か危害を加えることはないと思うよ。それに調べてわかったことはすべて発信しているから嗅ぎまわられても影響ないし。おそらくエンゲルは領事館でアストルの機密事項を探るためにここで働きだし、そこへ僕たちがやってきたから、僕たちやオルダヤのことも探りだしたのが本当のところだと思うんだ」
「ハットの言うことが正解だとしたら、発信した内容についてはエンゲルに話してもいいけど、それ以外のことは内緒にする方がいいんだろうね」
こんな会話の後には今日市場でリサーチした内容を詳細にパソコンに記録し、今現在のシルバーピークの人たちの考え方を話し合ったりもした。
二時間ほど部屋での話し合いが続き、ちょうど一段落した時に電話が鳴った。電話は領事からで、総領事が公邸へ来てほしいとおっしゃっていると伝えられ、三人は部屋を飛び出すように公邸へと向かった。
公邸は領事館の敷地内にあり、総領事一家が住まわれている。ちなみに他の領事などアストル国の外交官は同じく敷地内にあるアパートに住んでいる。領事たちはアパートと呼んでいるが、ハットたちの感覚だとマンションだ。マンションとは本来豪邸を意味する言葉で、鉄筋だろうが木造だろうがいわゆる集合住宅はアパートと呼ぶそうだ。
そういった区分で言えば総領事公邸はマンションと呼んでも差支えがない豪邸です。
「ペト、ブル、ハット、御足労を掛けてすみませんね、どうぞ中に入ってください」
「御足労なんて……、私たちみたいな人間を公邸に招いていただきありがとうございます」
「三人はこの公邸は初めてでしたね。私の家じゃないから好きにしてください」
総領事は気さくにハットたち三人を公邸に招き入れてくれた。
「今日は思っていたより早く帰ってきたみたいだけど、モノルの人々のことが少しはわかったのかい?」
「はい、チカリヤ人に対する率直な思いや洗浄党に対する危機感など、思っていた以上に話を聞くことができました」
「ただ、俺……、私とハットは暴漢に襲われそうになりましたが……」
「そのようですね、私も先ほど警察からの報告を受けて知りました。チカリヤ人の男だそうですね」
「そうなんですか……」
シルバーピーク政府は、オルダヤから流入してきたチカリヤ人の大半が不正に入国していることから、摘発とチカリヤへの強制送還を進めており、ハットたちをそれを進める政府の人間だと勘違いして襲ったと総領事に聞かされた。
「もう街の偵察には行かないほうがいいでしょうね、不快に思う人がいる以上は危険が伴うのですから」
ペトとブルは総領事の問いに頷きましたが、
「いいえ、僕はまた街に出て話を聞きますよ。ペトとブルに無理に付いて来いとは言いませんし、僕一人でも続けようと思っています」
「ハット、今日身の危険が生じたのにまだ街へ行くつもりですか?」
「はい、できるだけ多くの話を聞きたいです。シルバーピークの話はもちろん、チカリヤ、ヒカルゴ、そして祖国オルダヤ、洗浄党などもっと幅広く聞きたいし知りたい。できるだけたくさんの話を聞いてその中から正解を導き出したいですし、もっと正確なことを世界に発信したい、そう思っています」
ハットの言葉を聞いて、おそらくそう言うだろうなと思っていたペトとブルはニヤッとしながら無言でハットを見つめ、総領事は内心では厄介な人間を大統領に押し付けられたと思ったのかもしれない、そんな困惑にも似た表情を浮かべたが、
「少々のことでは信念を曲げずに突き進む人か……、なるほどね、さっきアリス・ホフマンに聞いた言葉の意味がわかった気がするよ」
三人は驚きの表情を見せペトが、
「アリス・ホフマンがここに来ているのですか?」
「さっきまでいたのですが、いったんヒカルゴに戻って支持者たちとの会合に出た後、またすぐに世界中を飛び回ると言ってましたよ」
「そうなのですか……、ヒカルゴに戻っても逮捕されるといったこともなく大丈夫そうだし、それだけ飛び回れるということは元気だという証拠、少し安心しました」
「総領事、ホフマンは俺たち……、僕たちのことを何か言ってましたか?」
ブルの質問に総領事は大きく頷き、
「アリス・ホフマンは君たちの活動に感謝しているし、高い評価を与えているよ」
総領事はブルの言葉にこう返した。
「そうなんですね、ヒカルゴにいる時にお世話になったし挨拶くらいはしたかったな……」
「本当にブルの言うとおり、アリス・ホフマンがいたから私たちは今も生きていられるのですから」
ブルとペトはアリス・ホフマンのことを話したが、ハットは何も話さず頷くわけでもなく聞き流しているようだったが、
「総領事、アリス・ホフマンはヒカルゴの人ですか?」
ハットは口を開いたと思ったら、唐突にホフマンの出自のことに関して質問をした。




