密入国者か正義のヒーローか 5
ハットたち三人が海岸へ漂着して一年数カ月の時が流れ、季節は春になっていた。
ヒカルゴのSNS戦略のリーダーとなったハットは若者を中心に人気があり、洗浄党の実の顔を発信するインフルエンサーとしての地位を確立しています。
「洗浄党のおかげでよくなったヒカルゴの実態が見えないのか!」
三人が発信すればするほど反発する声も多く届けらるなど、洗浄党を支持する層からは徹底的に嫌われています。
「オルダヤの脱獄囚が犯した犯罪を忘れ、逮捕されたことを逆恨みして噛みついているだけだ」
このようなリプライも送られてきます。
特にヒカルゴ第三の都市と呼ばれるサイマ市にはヒカルゴ洗浄党の本部が置かれ、サイマ市とその周辺の自治体は、ヒカルゴ洗浄党発足の地という意識から根強い支持層が存在していて、この周辺の方からは徹底的に三人を叩く土壌ができあがっています。
それでも全国的に見れば洗浄党を支持する層と現政権を支持する層はほぼ互角。三人がSNS戦略を担当する以前の洗浄党の支持率は七割を超えていたことから見ても、三人のSNS戦略によってかなり支持層を奪い返せているとも言えそうです。
「自らが植え付けた思考を、自らの手で抜いて別の思考を植え直そうとはなかなか思わず、九九の悪い点を無かったことにして、たった一つの良い点だけを見て信じ続けることができる、それが人間というもののようですね」
大統領はハットたち三人の成果を認めつつも、思ったほど洗浄党の支持者が減らないことを危惧していた。
「大統領、動画投稿サイトにアップされた洗浄党党首ヨウラの言葉や、彼を支持する新興勢力の政治家の言動を信じる年配者もいて、一部では信者と揶揄されるほどになっています」
「動画投稿サイトにも投稿してもらっているが、あまり効果は出ていないのかい?」
「動画投稿サイトは視聴履歴から思考や好みを細かくAIで分析します。そして分析した結果をもとに、同じような内容の動画とCMばかりをおすすめする仕組みになっています。私たち三人の動画は思考が違うので、それらの人に対しておすすめに出ていない可能性があります」
ペトの言葉に大統領は苦虫を潰したような顔を見せた。
「でも僕たちを支持してくれる人たちが、少しでも盛り上げてくれて徐々に効果は出ています」
ハットもヒカルゴ内では影響力を持つ一人ですから、動画サイトでも一定の人気は得ています。ただ洗浄党支持層に洗浄党の本質的な部分が届くのかはわかりません。何せ洗浄党のダークな部分には目を伏せて無かったことにしたり知らないことにして、ほんの小さな成功例だけを賛美していますから。
――大統領が何だか焦っているように見えるけど、何かあるのかな……。
説明したハットがふと思ったのとほぼ同じタイミングで、パガーノ国家安全情報部長官が説明を始めた。
「実は昨夜掴んだ情報なのですが、洗浄党はわが国を奪おうとして、今その動きを活発化させていると……」
ヒカルゴ全体で洗浄党の支持率が八割を超えた時に、国民投票を実施して政権の奪取を目論んでいた。圧倒的な支持率で大統領の座に就いたと国の内外にアピールするつもりだった。ただ順調に支持層の拡大に成功していたのに、ここ一年ほどで急ブレーキが掛かり支持者の減少が続いている現状、焦った洗浄党は力づくでホフマン大統領を追い出し、自分たちがコントロールしやすそうな人物を立てて暫定大統領にする、そんな計画を立てている。
ヒカルゴを乗っ取るためにチカリヤ人を装ったオルダヤ人を移民として大量に流入させ、多くの主要企業のトップの座を奪い取った洗浄党が、経済面ではヒカルゴを実質手中にしていると言う。もちろんこれらの作戦はカストやヨウラの仕業だが、ヒカルゴの経済面を握るための力までは持ち合わせてはいないはず。そこで裏で暗躍しているのが洗浄党の実質的なボスと言われるヘム・タテハナだ。
「ヘム・タテハナ?」
ブルとハットはその名を知らず、ポカンとした顔をした。
「タテハナは学者出身で、以前オルダヤで大臣に就いて多くの国営企業を民営化し、さらに民間会社は正社員から派遣社員に、役所は公務員を派遣社員に置き換えるといった改革を断行した後、今は人材派遣会社の顧問などをしているんだよ」
「今、ペトが説明したとおりなのだけど、オルダヤでは企業をチカリヤに乗っ取られるなどして権力を失ってしまった。そこで拙速に事を運ばないよう注意をしながら似た手法をヒカルゴに持ち込み、多くの企業を洗浄党傘下にしていったのがヘム・タテハナなのです」
長官がタテハナのヒカルゴでの行動を簡単に説明した。
「そのヘム・タテハナという人が洗浄党の黒幕なのですか?」
「ハット、そういうことのようよ。オルダヤもおそらく彼の計算によって国を治めてきたけど、チカリヤからの移民のパワーが想像を上回り、統治が難しくなってきたのが現状でしょうね」
つまり実質的に失ったオルダヤの代替をヒカルゴと定め、洗浄党がヒカルゴを国ごと奪う計画を立てているということ。自らの失政のつけを払わずに取り繕うことだけを考えた末の計画。聞こえの良い言葉ばかりを並べ、その言葉を真に受けた洗浄党の熱狂的な支援者がいる限り、この計画は止められない。
洗浄党の支持率が順調に伸びていたらこんな強引な計画は立てなかったはず。しかし、今、このまま手をこまねいていてもヒカルゴを奪い取るチャンスは来ないかもしれないし、もし来ても時間が掛かるかもしれない。そこでまだ支持層が五割ほどいる今の段階で、強引ではあるがヒカルゴの強奪を画策したのでしょう。
「だとしたら、僕たちの力不足です。もっと支持率が向上できれば……。大統領、申し訳ありません」
「ハット、君たち三人に任せっきりで、わが政府が有効な手を打てなかったのがもっとも大きな敗因。洗浄党の本当の姿をもっと広く諸外国に発信するとともに、わが政府を信じる国民とともに闘う!」
大統領は悲壮感を浮かばせながらこう語った。




