31:悲しい勘違い~マリー~
スコット皇太子は。
リリアンに気持ちが向かっているのに、なかなか私との婚約を解消するところまで踏み切れずにいた。その理由は……想像がつく。
彼は……真面目で不器用。
婚約を申し出たのは、スコット皇太子だ。それなのに他に気になる女性ができたからと、自分から婚約破棄を告げることはできないと思ったのだろう。
答えを出せないまま、卒業舞踏会の日を迎えた。
そこであの事件が起きる。
リリアン殺害未遂事件。
でもこれは……本当は不幸な事故だった。
そしてジェフは……。
「いつまで経っても婚約破棄を決断しない。貴様は本当に男らしくない。だからマリーさまにも好かれず、リリアンさまにものらりくらりかわされる。こちらがいくらお膳立てしても、いまだリリアンさまともキスの一つもできない。ビビりの貴様が即決できるような証拠が必要だった。するとあの時。マリーさまとリリアンさまが二人きりで庭園に向かったんだ。珍しいと思い、ちゃんと監視させてもらった。少し話すと、まずリリアンさまが具合が悪くなり、前のめりで倒れた。同時にマリーさまもしゃがみこんで動かなくなった。駆け付けようとしたら、マリーさまが手にしている石には血がついている。これは……使えると思った」
もうこれには衝撃を受けるしかなかった。
ジェフは……見ていたのだ。
でもそれは……そうだろう。
彼はスコット皇太子から私の護衛を任されていたのだ。
ただ本人は見ていないと言うから、それを私を信じてしまった。
もしも。
ジェフが自分で見たままをスコット皇太子に話していてくれれば、こんなことにはならなかったのに。一方、真相を知らないスコット皇太子は、ジェフの報告を聞き、決断することになる。私との婚約を破棄し、リリアンと婚約することを。
「殿下。あなたは自分の想像通りの反応を示してくれた。リリアンを殺害しようとするなんて、とんでもないことだ。迷っていた婚約破棄をすると決断し、あの卒業舞踏会という晴れやかな場で、マリーさまを断罪してくれた。これで殿下とマリーさまとの縁は切れた。後はマリーさまの無実を証明できる人間を連れてきて、その人間にマリーさまの無罪を証言させ、自分がマリーさまにプロポーズし、めでたし、めでたしになるはずだった」
そこでジェフは歯ぎしりをした。
「それがあのリリアンは。完全に意識を失って記憶などないと思ったら。あの時の出来事を覚えていると言い出した。しかもそれをわざわざマリーさまに伝えに来るとは! このノートル塔までわざわざやってくるなんて。……リリアンさまには消えてもらうしかありませんでした。それは……やむを得ないことです。でも殿下。あなたの想い人を消すのかと思うと……楽しくて仕方なかったですがね」
どうして。どうしてここまでジェフとスコット皇太子は、こじれてしまったのだろう。もう修復しようがない状況。
そうだ。
ここまで明かしたら、いくらスコット皇太子でもジェフを庇う気がなくなるのでは? リリアンは発見されたが、ジェフは殺意を明確にしている。
今、スコット皇太子はどういう心境なのだろう。
「……ジェフ。君がそんな風になってしまった原因は……わたしにあるのだろう。ただ、勘違いしないでほしい。わたしは悪意はなかった。わたしは……本当に、ジェフ、君のことを信頼していた。良き友だと思っていた。お菓子やおもちゃや本。それ以外であっても、決して君から奪う気持ちなどなかった。わたしはただ、ジェフがいいと言ったものだ。きっと美味しいに違いない。だから食べてみたい。ジェフが楽しいと言っていたおもちゃだ。だったらわたしも遊んでみたい。ジェフが面白いという本なら間違いない。わたしも読んでみよう。ただそれだけだった」
スコット皇太子は。
ヒドイ言葉を投げかけられたのに、冷静だった。とても。
「でも皇太子という立場のわたしが口にする言葉。それがもたらす影響について、考えが及ばなかった。わたしが『食べてみたい』と言えば、君が遠慮し、それを食べるのをやめる。わたしが『そのおもちゃで遊びたい』と言えば、君がおもちゃから手をはなす。わたしが『読みたい』と言えば、君は読むのをやめ、本を渡してくれる。それは……君がわたしの立場を配慮し、自身の気持ちを抑えてのことだと気づくことができなかった。今、君に言われ、気づくことができた。本当は君はそのお菓子を食べたかったし、おもちゃで遊びたかったし、本だって最後まで読みたかった。それなのにわたしが奪ったと君は思った。でも私は……君が好意でお菓子を、おもちゃを、本を、わたしに譲ってくれたと思っていた」
そうだったのか。
それはなんて悲しい勘違い。
お互い、どこかでこの件をもっと早く話すことができていれば、ここまでこじれることはなかったのに。ジェフは今の話を聞いて……。
「今さら遅い。お菓子やおもちゃや本がそうであったとしても。人間はそれでは済まない」
ジェフは声を荒げて怒鳴った。
「人間……マリーのことだね。マリーはジェフ、君に関係なくわたし自身、目に留まったんだ。彼女は品があり、落ち着いているのに華があった。ひっそりと一輪だけ咲くシャクヤクのように。自然と目が行き、好きになっていた。まさか君が想いを寄せていたなんて……気づいていなかった」
するとジェフが大声で否定する。
「嘘をつけ」
「嘘ではない!」
初めてスコット皇太子が大声をあげた。
警備の騎士達に緊張が走り、ジェフの体もビクッと反応している。
「君の気持ちを知っていれば、マリーの護衛を非公式で頼んだりはしない。わたしは……そんな残酷な男ではない」
「いや、貴様は嘘つきで、残酷な男だ!」
そう言いながらジェフは剣を……スコット皇太子ではない。私の腹部めがけて――。























































