30:いろいろスゴイ~リリアン~
あたしをいとも簡単に抱き上げ、階段を上るイケメンは、自身の名を明かしてくれた。名はデレク。彼はコネリー家に仕えるバトラーの息子で、年齢はあたしと同じ。子供の頃のマリーの話し相手であり、彼女の身の回りの世話をする従者だという。
今回、彼が動いたのは、マリーの指示でもなく、コネリー夫妻の采配でもない。
自身の信念に従い、マリーの無罪を信じ、動いたに過ぎなかったという。
従者なのに。
今のデレクはどう見たって騎士にしか見えない。騎士の隊服もマントもよく似合っていたし、第一、あたしを抱えたまま階段を問題なくすいすいと上っているのだもの。体力がすごいと思う。それに何よりも卒業舞踏会の会場はまだしも、このノートル塔に騎士として紛れ込むなんて。その時点でスパイ顔負けでしょって思っちゃう。
でもってそのデレクがここにいた理由。
それは昨晩のあたしとの会話の内容を、マリーに伝えるためだった。
手紙は検閲され、マリーに有利になる内容が書かれていれば、握りつぶされる可能性もある。何せマリーを断罪に導いたのはあたしと思っていたけど、違うと分かった。となると、誰かスコット皇太子にマリーが不利になるような情報を流した人物がいることになる。ソイツが何者でどこにいるか分からない。手紙が握りつぶされる可能性もある。だから直接話そうとした。
ちなみにあたしがマリーを断罪に導いたのではないと判断した理由。
それはそうだよね。あの部屋にデレクが侵入したと分かり、大騒ぎになるなんてなることはなかったし。その時点でデレクは、あたしが告げ口したのではないと思ったし、少しだけあたしを信じる気持ちになってくれていた。ただ、マリー自身があたしをどう思っているか。マリー本人の意見も知りたいと思った。それもあり、このノートル塔へとやってきたわけだ。
それでデレクはうまいこと騎士に扮し、潜り込むことに成功した。
「そんなことできるのですか?」
ほとんど声は出ていないが、ハスキーボイスで尋ねると、「簡単なことです」とデレクは笑う。
マリーが収監され、ジェフを責任者に、通常は宮殿に詰める騎士数十名が、このノートル塔へ派遣されていた。ノートル塔の職員からすると、見知らぬ騎士ばかり。だからデレクのこともちゃんとした騎士だと信じて疑わず、中へ通してくれたという。
それを考えると。
あたしが入るのはなんだか面倒だったのに、騎士だったらそんなに簡単なわけ?と思わずにはいられない。
で、ちゃんとマリーに会うこともできて、話せたと。
それってつまり、あたしに会う前にすべて知っていたわけだ、マリーは。あたしがマリーを無実だと証明できる人間だってことを。だからあの時、反応薄かったんだ。でもあたしが「あれ?」って顔をしたから、マリーは演技したわけか。
健気だな~、マリーは。
マリーと無事話を終えたデレクは、コネリー家の屋敷に戻るつもりでいた。でも朝早い時間にノートル塔へ向かう馬車を見かけ、「おや?」と思った。馬車の紋章を見て、サマーズ家の紋章であると気づいた。そう、あたしの伯爵家の紋章ね。で、デレクは再びノートル塔へ戻り、あたしが何をするか見張ることにした。
マリーもあたしを信じると言い、デレクも信じることにした。でも突然ノートル塔へあたしが向かったから……。デレクのことをだまし、マリーを今から毒殺でもしようとしているのでは……と、少しだけ疑った。
それであたしを見張ったわけだけど。
あたしはマリーとの面会のために、椅子やテーブルを運ばせ、紅茶まで要求した。その様子に「あ、コイツは別にマリーさまを殺すつもりではない」と判断できたのだが。念のため、面会が終わるまでを見守った。その面会が終わった後、あたしはすぐに帰らず、ジェフに連れられ歩き出した。しかも従者も連れずに。
ジェフはスコット皇太子の近衛騎士だ。皇太子の信頼も厚い。普通なら彼と一緒なら、従者もいなくていいと思うのだろうけど。デレクは超デキる人だった。距離をあけ、あたし達の後をつけてくれた。
その尾行の時の様子を、デレクはこう振り返った。
「リリアンさまはものすごく真剣に考え事をして、周囲の景色は一切目に入らず、ただただジェフの後をついていくだけ。あれでは自分が危険な場所に向かっていると、気づけませんよね。もう少しご自身の立場を考え、注意した方がいいと思いますよ。そんなことしていると、馬車にひかれると思います」
デレクのこの指摘に、あたしは衝撃を受ける。
だって、あたし。
まさにスマホに夢中になっていて、車に激突して死亡したと思い出せたのだから。
「無防備なリリアンさまに対し、ジェフは隙がない。何度も後ろを振り返り、周囲を警戒している。その様子は……一見するとリリアンさまを完璧に護衛する騎士のようにも思えましたが……。でも何かが違う。引っ掛かりました。そこで最後まで見届けたわけですが……」
最後まで見届けた。
ということはあたしがあの扉に閉じ込められるところを見ていたわけだよね? 「なぜ、すぐに助けてくれなかったのでしょうか?」という抗議の声は出さずに、その翡翠のような瞳を見つめると、デレクは「申し訳ないです」とまずは謝罪する。そして――。
「階段を下りたり、廊下を曲がったりしたのですが、ほぼ一本道。扉はあるが施錠されている。つまり、あなたを扉に閉じ込めたジェフが戻ってきた。鉢合わせしてしまう。一度僕も戻るしかなかったのです」
なるほど。
そうだったのか。一度戻り、再びやってきてくれたんだ。
超イイ人だと思う。このデレクって。イケメンで性格がいい。モテ要素しかない。
しかも。
途中で水を調達し、飲ませてくれた。
ようやくまともに声も出るようになった。
で、ノートル塔の管理責任者のところにあたしを連れて行ってくれた。


















