29:逃げ場なんてないのに~マリー~
「マリーさま、何をおっしゃるのですか? まさかそんな卑怯なこと、騎士である自分がするわけが」
「もういい、ジェフ」
スコット皇太子が被っていたフード脱いで、ジェフの方へと振り返った。その瞬間、ジェフは「殿下!」と口を動かしたのだろうが、あまりのショックで声が出ていない。
ジェフからすると、まさかここにスコット皇太子がいるとは思っていなかったのだろう。衝撃的過ぎて、顔色まで変わっていた。
すると。
今度は扉がものすごい勢いで叩かれた。
ジェフはハッとしたが、返事をしたのはスコット皇太子だ。
「開けていい」
怒鳴るように叫び、鉄の扉が開くと。
ノートル塔の職員が、慌てた顔で中を見て、そこにスコット皇太子がいることに驚きながらもジェフに報告する。
「リリアンさまが見つかりました」
その言葉にいよいよ顔色が青くなったジェフだったが、まさかの行動に出た。腰に帯びていた剣を抜くやいなや、私に駆け寄り、首に腕を回したのだ。
それは……あまりにも咄嗟の出来事。
スコット皇太子もすぐに剣を抜き、構えた。さらに大声で「警備の騎士を呼べ!」と叫んだ。ノートル塔の職員は「ひいいい」と大声を上げた。だがすぐに少しだけ開いていた鉄の扉が、一気に複数人の騎士により開けられる。
首に回された腕の力は強く、私の手で掴んだところでどうにもならない。ジェフはスコット皇太子、開け放たれた入口に群がる騎士達に目を向けながら、文机への方へと後退した。
逃げ場なんてない。ジェフは何をするつもりなのか。
「ジェフ。やめるんだ。今ならまだ戻れる。わたしもお前が剣を向けたことには目をつむろう。わたしとお前の仲ではないか。そんなこと、お前の本意ではないはずだ。わたしとお前の友情は」
「黙れ!」
これまでのジェフとは思えない、怒りを帯びた低い声だった。スコット皇太子もこんな声を聞くのを初めてだったのだろう。完全に固まっていた。
「友情だと? ふざけるな。自分は一度も貴様に友情など感じたことはない」
ジェフの言葉に、スコット皇太子の顔が悲しそうに歪む。だがそれにはお構いなしで、ジェフは話し続ける。
「子供の頃からずっと、貴様を守る近衛騎士として、強制的に貴様と一緒に育てられてきた。何にもおいて、貴様を優先し、守ることを叩きこまれたきたんだ。だが貴様は年齢が近いことから、自分を近衛騎士であり、遊び相手として扱った。だが、そこからが地獄の始まりだ」
吐き捨てるようにジェフは言い、スコット皇太子を睨む。
「お茶の時間だ。好きな物を食べていい。そう言ったくせに、自分がお菓子を選ぶと、『それ、美味しそうだから、食べたいな』と言う。おもちゃで遊ぶ時も、本を読む時も、なんでもそうだ。自分が選ぶと貴様はそれを欲しがる。……マリーさまだってそうだ。最初に見つけたのは自分だった。だが自分が目をつけたと分かると、また貴様に奪われる。だからバレないようにしていたのに。貴様はそういうところには鼻が利く。そして自分に尋ねた。『ジェフ、あの令嬢のこと気になるのか? わたしも気になるよ。美しい方だ』と」
「ジェフ、違う。わたしはそんなつもりでは」
「うるさい。話しているのは自分だ!」
間違いなく不敬罪に問われる状況だが、ジェフの強気な言動は変らない。それに対してスコット皇太子は、集まっている騎士を動かすことなく、ひとまず話を聞いている状況だ。
「自分の気持ちを知りながら、あっという間にマリーさまと婚約を結び、挙句、マリーさまの護衛に非公式でつけるなんて。貴様は悪魔だ!」
容赦ないジェフの言葉に、スコット皇太子の顔が歪む。警備の騎士達にも緊張が走る。
「だがな。傑作だな。せっかく婚約したが、マリーさまの気持ちは貴様になかった。ざまぁ見ろだ。そこで自分は姉が読んでいた巷で流行している物語について知った。それはフィクションで登場する王太子が、平民出の主人公の娘を愛し、自身の婚約者を断罪する。そして平民の娘と結婚するという物語だった。平民出の娘は、王太子の婚約者からいじめられていると告げ口をして、王太子の心が婚約者から離れるように画策していた。本当はいじめなんて受けていないのに。ヒドイ話だと思ったが。使えると思った」
使えると思った。
ジェフが使えると思い、とった行動こそが、スコット皇太子への嘘の報告だった。
護衛をしていてジェフは気づいた。リリアンと私がしきりと絡むことが多いことに。廊下でぶつかったり、食堂でハプニングがあったり。それはすべて偶然の事故。それを必然として捉えることにした。つまりは私がリリアンにいじめをしていると。
それをスコット皇太子に報告することで、一つの結果をジェフは導こうとしていた。
まずはスコット皇太子にリリアンへ目を向けさせる。さらにジェフ自身がリリアンに関心を寄せているように思わせた。次に私に対するマイナスの印象を受け付ける。
こうすることで、スコット皇太子の関心はリリアンへ移る。同時に私に対する愛情がなくなるだろうと。そして物語のように、スコット皇太子が私をリリアンへのいじめで断罪し、婚約を破棄する。
そうなるよう、画策したと明かした。























































