(2-5)
おはようございます!
月曜日ですね、もうさっそく帰りたいです。
( ノД`)シクシク…
時速八〇キロ近くで走り去るダンプカーには眼も向けず、謎の少女は、反対車線を走るセダンの屋根を蹴り、空中で側転。向こう側の歩道に着地するや、軽やかに走り出した。
「おうらぁ!」
地鳴りのような咆吼をあげ、小夜がミサイルのように降ってきた。
全体重を乗せた爪の一撃を、紅坂は神速で抜いたブレードをかざす事で、受け止める。だが、勢いには抗いきれず、休業している店のシャッターに、背中から叩きつけられた。
額がくっつきそうな距離で、二人は鍔迫り合いを演じ、文字通り火花を散らす。
「てめえ、絶対許さねえ」
小夜が食いしばった歯から呪詛を漏らす。
紅坂は表情を変えずに言った。
「なんで? 囲まれれば逃げるでしょ、フツー」
「やましい事があるからだろが。雪!」
「はいな…… 消し炭になりや、雌ギツネ」
一瞬で姿を消した小夜の代わりに、雪が現れ、炎の壁が紅坂を襲った。
シャッターにめり込んでいた分、紅坂の反応が遅れた。
とっさに両腕をクロスして顔面を保護したが、紅蓮の息吹に一瞬包まれる。反対側にフェイントをかけ、歩道に足跡を穿ち、瞬動。
自分達を凌ぐ、滑らかな動きに、姉妹は目を見張った。
約一〇メートルほどの距離を空けて、歩道の先に紅坂が出現する。
怜悧な顔は、あちこち煤け、着衣にも、かなりダメージが見受けられる。丈の長いスカートは、大半が炭化して南国の腰巻風になり、引き締まった眩しい右の太腿が、付け根近くまで、剥き出しになっている。ブラウスも、左肩と腹の部分だけ残っており、光沢のあるビスチェが露出している。解けかけたサイドテールが、半ばまで焦げているのを一瞥し、紅坂は琥珀色の瞳を、改めて二人に向けた。間違いなく、先ほどより不機嫌な顔になっている彼女に、すかさず雪が追い討ちをかける。
「よう似合おうてますえ、そのドリフのオチみたいなナリ」
紅坂は挑発を無視し、静かに言った。
「後で、樫沢の携帯に邪魔の入らない場所を伝える。追って来い」
「逃げんのか!」
吼える小夜と対照的に、雪は口元を手の甲で覆い、冷笑した。
「脳みそまで、煮え煮えどすか? うちらに無関係の、ボンズさろうたから、どないやっちゅうねん」
紅坂の姿が掻き消えた。小夜のすぐ横のガードレールが、凄い音を立ててへしゃげると同時に、姉妹の間を疾風が吹きぬける。忽然と、雪の背後、五メートルに現れた紅坂は、ダマスカスブレードを背中に納めながら冷たく言った。
「そのおこちゃまショーツ、よく似合ってる」
一歩も動けなかった雪が、ゆっくりと下に眼を向ける。輪切りにされたスカートがハラリと落ち、地面に丸くわだかまった。
「ふみゃああ!」
かわいい、かっぱの顔がちりばめられた下着を隠すため、真っ赤になって蹲る雪から、小夜は愕然とした表情を、紅坂に向けた。
「これで追ってくる理由が出来た? 仔猫達」
「てめっ!」
小夜の瞬動による渾身の斬撃が、紅坂の残像をすり抜け、標識の支柱を細切れにした。
「おねえちゃん!」
樫沢に背負われ、西門に現れた美香は、民家の屋根に立つ紅坂を道路越しに見上げた。
「蒼瀬くんは!?」叫ぶ美香に、紅坂は言った。
「……える? 聴覚は戻った?」
「一体何が目的なの?」
さっきのスタン・グレネードの恐怖心をこらえ、聴覚を上げた美香は、眦を吊り上げた。思ったとおり、紅坂の方でも、美香の声は拾えたようだ。
「追って来い。場所は後で連絡する…… 来なければ」
雪と小夜を視線で牽制しつつ、紅坂の薄い唇が紡いだ言葉に、美香は言葉を失った。
「蒼瀬に、すけべなことをする」
眼が点になった三人に、紅坂は淡々と畳み掛ける。
「程度で言えば、世の中に、こんな堕落した行為があったのかと、眼から鱗が落ちるレベルの」
背負っている美香が、わなわなと震えだした事を訝しんだのか、樫沢が会話の内容を尋ねた。
「なんて言ってるんだ、紅坂は? 俺には聞こえん」
「私の、それなりに発育した肉体と、知識を駆使する。明日の朝には、私の奴隷」
「ふじゃけるにゃあ!!」美香が眼を回しながら、真っ赤になって叫んだ。
「わ、私だってまだなのにっ」
「どうした?」
「蒼瀬くんに…… 一晩で妙な自信が付くくらい、えっちな事するって……」
「ふざっけんなァっ!!」
美香が我に帰るほどの怒声を、樫沢が上げた。
のんびりしていると思っていた、彼への見方が変わるくらいの怒り様だ。
「アオがどんなに苦労して、美香ちゃんを探し出したと思ってんだ、悪ふざけも大概にしとけ!」
「カッシーさん……」
美香は思わず、目頭と鼻を熱くした。
「アオの初めての春なんだ、邪魔はさせん! どうしてもというなら…… 俺が代わりに行く! いえ、どうか、連れてって下さい!」
美香の容赦ないヘッドバッドを後頭部に受け、沈んで行く樫沢から降り立った金髪の少女は、紅坂に絶叫した。
「一体何がしたいのよ、ムッツリスケベ!」
「来ればわかる。チャオ。コード001、002、003。連絡を待て」
その挨拶の内容より、美香の網膜に焼きついた光景が、彼女の脳を麻痺させた。
見てしまったのだ。
黒いショーツのところまで剥き出しになった右の太腿に、巻かれている金属製のリング。
それが、傾きかけた陽光に輝いたのを。
刻まれた梵字が、一瞬だけ美香の視界で踊り、建物の向こうに姿を消した。
ファウーダというネトフリの連続ドラマにハマっています。
1か月でやめるつもりだったのに、むりかも・・・