表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/37

第三章 蒼瀬の危機に、天狗達は立ち上がるか

おはようございます。

火曜日。

月曜から一歩進んだわけです。

早く週末になってくれ。

「なんかどうでもよくなってきたぞ」

冬はこたつにもなるテーブルに、顎を載せた小夜が白けたように言った。

美香の右手に座っている。

「確かに、行かんかったらどうなるかの方が、興味深いどすな」

雪も頷いた。美香の左手だ。

美香が真っ赤になって喚いた。

「なに言ってんの二人とも、アオ君が攫われたんだよ!」

アオ君。

本人の前では、口にする勇気の無い呼び方で、美香は力説した。

ぼーんと、今では珍しい振り子時計が一六時を告げる。

自分たちの家に、安全な空間にいる事を教えてくれる、幼い頃からの友達。

それすらも、今の美香にとっては焦りに拍車をかける野次に思えた。

あれから、樫沢と別れ、京大から目と鼻の先にある自宅に戻った。

樫沢は、断る小夜に、己のスマホを押しつけると、

「紅坂を連れてきたのは俺達だ。雪さんの言うとおり、小夜さん達の家は知らない方がいい。そこのファミレスにいるから、紅坂から電話があったら、ファミレスに連絡頼んます」

美香に、ナイスヘッド、と親指を立て、行ってしまった。

「変わった男どすな」

あの女の仲間を家にいれるんかえ、と樫沢の事を言っていた雪自身、戸惑いを隠しきれない様子だった。

ここは五行寺境内にある、古い民家の二階、神社なら社務所にあたる、美香達の自宅だ。

広くて古い板敷きの真ん中に、カーペットを敷いた空間。調度類も、部屋の端にあるテレビ以外は、古くさいものばかりだ。

小夜も雪も、アルバイトで家計を助けてはいるが、天才と謳われる者の常で、人見知り且つ、思い込みが激しい母の稼ぎは安定しない。

窓の向こう、木々の間から、古ぼけた赤い鳥居が見える。

主夜神と呼ばれる、印度系の仏を本尊とし、四方には四神が祀られている。

母は、由緒あるお寺だと言って自慢するが、その割には檀家もろくにいない貧乏寺だ。

夏祭りもなければ、近所とのつきあいもほとんどない。

京都の排他的な性質を考えれば、まずあり得ない事だ。

国から補助を受けているから何とかやっていけるようだが、住職もアウトソーシングしている状態で、存続させる意味があるのか、美香達はいつも頭を捻る。

まあ、その補助のおかげで、何とか暮らしている訳だから、美香達に文句のあろう筈がない。

「だってさあ」小夜がダルそうに、テーブルの前に置かれた樫沢の携帯を見た。

「攫われたって言ってもクラスメートにだぞ? 俺達が美香をさらって、あいつらに追って来いって言ってる様なもんだぜ?」

その通りだ。旗色悪し。美香は更に語気を強めた。

「アオくんも、きっと、あんなムッツリスケベだって知らなかったんだよ!」

「それに、ボンズにとったら、なんも困りまへんやろ? 邪魔する方が野暮ちゃうん?」

「何てこというのよ、雪ねえ!」

テーブルを拳でぶっ叩きかけて二人の半眼に気づき、美香は我に帰った。

こないだもバラバラに壊してしまい、おこづかいを減らされたのだ。

「アオくんの人格の危機なんだよ!?」

「ああ…… わりい、すっげえどうでもいい」

「うちも。おなごならともかく…… それにそうなったっちゅう事は、ボンズのボンズがこう…… ああなったっちゅうことやから」

雪は少し頬を染めて、背中を丸めた。

「満更でもないってことやし。一皮むけた、っちゅーことで」

「はしたねえぞ、雪」

姉二人は、女学生の様にクスクス笑い合う。女学生だが。

「うがあああ!」

そんな二人に美香は頭をかきむしった。

そのとき呼び鈴が鳴った。

小夜が慌てた風もなく立ち上がる。美香達も続く。

一階に降り、きしむ廊下を通って、ガラス障子のある玄関に、開いてますよ、と声をかけた。静かに入り口を開けたのは袈裟を来た、三十代半ばの僧侶だった。

「え、あ……」

小夜が、呆然と呟き、雪と美香も言葉を失った。

無精髭を生やした、小夜より少し背の高い男は、静かな眼で頷いただけだった。

甲賀、中忍、斎賀。

下の名前は知らない。

美香は、自分達に忍術と体術を叩き込んだこの人が、ここにくるのは、一年ぶりだと気づいた。


島から脱出して、この寺の使われていなかった社務所に住み着き、ミサは近所にある、京都大学に就職口を見つけた。美香達は、この寺から小・中・高校と進学した。

それを影から支えてくれたのが、この斎賀だ。ミサ達を、自分が管理しているこの寺に匿い、ダイケンと話をつけてくれた恩人でもある。

美香達にとって、斎賀は、近寄り難い存在で、徹頭徹尾、教官に徹する機械に思えた。

無表情で滅多に笑う事も無く、常に見えない壁があり、大声で叱られたり、罵られたりする事は無かったが、一瞥され、「何をしている」と言われただけで、皆泣き出したものだ。

週二回のレッスンがとても憂鬱で、美香達は、火曜日と金曜日が月曜日よりも嫌いだった。

はっきり言えば、斎賀の事も好きではなかった。

斎賀は、幼い美香達に対しても、子供扱いする事は無く、ひたすら真面目で厳しかった。

当然泣き出す美香達に対し、機嫌をとった事など一度もない。

彼の口癖は、

「嫌ならやめろ。ただし、この寺から出るな。魔に殺されるだけだ」

怒ったミサが、実際に美香達を連れて寺を出たことがあった。

二駅ほど離れた三条にある知り合いの寺に一晩泊めて貰おうと、ぐずる小学生の美香達を連れ、境内に足を踏み入れた時だった。

人気の無い夜の寺。どこからとも無く姿を現した、顔色の悪い年寄りに囲まれたミサは、どうすることも出来なかった。

隠し持っていた散弾銃を向け、威嚇しても、何の反応も示さないのだ。

その時初めて美香たちは魔の変化を見た。

ドロドロに体が崩れ、得体の知れない獣に変わる観光客に、姉妹は瞬きも出来ず、狂ったように泣き叫び続けた。

へたり込み、抱き合って失禁している美香たちと、人外の姿に変わった魔を見て、ミサがやっと散弾銃の引き金を引こうとした、その時だ。

「よせ。後始末が面倒だ」

落ち着き払った男の低い声がした。

斎賀だった。

その声は不思議と鼓膜が破れる程絶叫していた、美香達の耳にも届いた。

「対魔用の結界が張られた寺院でなければその侵入は防げない。魔の姿は、まだ子供達に見せたくなかったんだがな…… これも定めか」

参道の闇から姿を現した斎賀は、そう呟くと歩きながら真言を唱え始めた。

美香達が、レッスンで最初に仕込まれたのは、発声練習、音感の養成、そして童謡の歌唱。

忍術の第一歩は、歌の練習だった。

振り返り、アクションを起こそうとしていた半獣半人達は、斎賀のテノール歌手の様な美しい呪文を聞き、動きを止めた。

斎賀は彫像の様に固まった魔の間を歩き回り、札を額に貼り付けて回る。

呆然とするミサ達の前に立つと、斎賀はレクチャーするように淡々と語った。

「正確な音階、節回しで真言を唱えれば、低級魔の動きをしばらく止めることが出来る。そして、護符を貼れば、完全に動きは止まる。その間に逃げろ。絶対に闘おうとするな。お前達にはまだ早い」

その時、美香達は初めて歌の稽古の意味を知らされたのだ。

おとなしく、寺に帰ったミサ達を一部屋に集め、扉の向こうで斎賀は、一晩中読経を続けてくれた。

美香達が悪夢に悩まされず、トラウマを抱えもせずに済んだのは、そのおかげだ。

自分達より圧倒的に強い存在が、いつでも見守ってくれている。

美香たちは、そう信じられるようになった。

美香達三人は、以前より真剣に修行に取り組むようになった。

だが、ミサはずっと斎賀を恨んでいた。

五行天狗衆を襲名しなければ、彼女たちは魔に襲われる事も無かったのだ、と。

そして憎んでいた。この寺に来ると決めた、自身の不明を。

しかし、甲賀でもトップクラスの実力を持つ、この元傭兵による訓練は、美香が高校に上がる直前に、後味の悪い終わりを迎えた。


美香達は、それぞれ微妙な表情で、無言を貫いた。

正確に言えば発する言葉が見つからなかったのだ。

その時、廊下の奥から、硬い声がかかった。

「一年ぶりですね、斎賀さん?」

振り返ると、一階の自室から出てきた、ミサが挑むような視線を斎賀に据えていた。

ひっつめたロングヘアーに化粧っ気のない白面、目の下には花粉症のせいで隈ができているが、元の造りが良いせいか、美しさに翳りはない。

今年二五才になる、美香たちの母親は、下手をすると、一〇代に見える。身長も、美香とそれほど変わらない。三人の母を名乗るには、あまりにも無理があるが、研究一筋で、友人もいないことに助けられ、必要なときはメイクと年齢の逆サバを読むことで乗り切ってきた。

幼い美香達には分からなかったが、五行天狗衆はここ何十年ものあいだ、なり手が見つからず、形骸化した看板のみの存在であったらしい。

幼い忍者の襲名式がこの寺で執り行われた際には、何十という日本各地の忍者の首領が馳せ参じた。今では想像できないが、引っ込み思案だった雪は、式の間中怖がってミサに縋り、泣きっぱなしだった。

一般に知られている忍者は、主君に仕え、諜報、破壊活動を担う、スパイの様なイメージがあるが、最古の忍者集団である五行天狗衆、そしてそこから分派した、裏伊賀、裏甲賀の性質は全く違っている。

生きた金属を追って、冥界より来る刺客の殲滅。

この世に在ってはならない存在を、元の世界に還し、現世の秩序を保つ為のバランサー。

それが、裏三家の存在意義だ。

平和な江戸時代になり、『表』の忍者達は警官や、教師などに転職したが、裏の忍びが職を失う時は、二千年経った今も来る気配がない。

「みんな、二階に戻ってて」

ミサは美香達にそう言うと、斎賀に付いて来るよう促し、自室へと踵を返した。


ネトフリのファウダ。

面白いけど、寝る前に観たらうなされる・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ