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エピローグ

私は上手く無表情を装えているだろうか?

五行寺のキッチンで懐かしい生活の匂いに包まれながら思った。

年季の入ったテーブルを挟み、対面に座る小夜と雪は俯いたままだ。

二人とも、大きくなった。

花と空想が大好きだった小夜。

泣き虫で、いつでも小夜にべったりだった雪。

そして…… 

目の前に湯気の立つお茶が置かれた。

「どうぞ」

茶托に乗った湯飲みを運んできた美香は、眼を合わせず、どこか物憂げに言った。

私は驚きを禁じ得なかった。

負けん気が強く、三人の中で、一番こまっしゃくれていた彼女はいつからこんな表情が似合うようになったのか?

私は一抹の寂しさを感じている自分に驚き、時の流れの早さに溜息をつきたくなった。

この十年は、彼女達にとって良い思い出では無かったろう。

島で、魔に襲われたとき、もう少し私に経験と実力があれば、彼女達をこんな世界に引き込まなくて済んだのだ。何回繰り返したか分からず、今となっては題目のようになってしまった言葉が、三人を身の前にすると、殊更身に染みた。


あれから三日経った。


犬丸は島に渡り、その妹は、今まで通り学校に通っている。若も樫沢という少年もだ。

試験終了と同時に伊賀に飛ぶため、若の通う校舎の屋上にヘリをホバリングするよう命じられたときは、学校をやめるものだと思った。

何にせよ、私はほっとしている。

学校をやめるのはいつでも出来るのだから、今しか過ごせない高校生活を大事にして欲しい。


今日私がここに座っているのは、雪に呼ばれたのだ。

「五行天狗の今後について話がある」

玄関の扉はとてつもなく重かったが、そう言われた以上、来ないわけには行かない。

紅坂美紅の襲名、そして感染体に戻った若の身の振り方。

調整しなくては行けない問題は少なくない。近いうち、各地の忍びと会合を持つが、現・五行天狗衆の三人の意見を尊重しなければならない。

だが、小夜も雪もテーブルを見つめたままだ。

美香は扉の向こうに姿を消している。

彼女達にとって私は許される存在ではない。

彼女達が言葉に迷うのも当然だ。

だが、先日、彼女達が躊躇しながらも先生と言ってくれたときは、嬉しかった。

自分が女々しいというのは重々承知している。

私は、間を持たせるため、湯飲みを手に取った。


口をつけた瞬間だった。


「環さん」


「おとうはん」


小夜と雪のタイミングを計算し尽くした言葉に、私は思いきり噎せた。

催涙ガスを吸い込んだ時並に咳き込んでしまい、袈裟の袂で必死に口許を覆う。

そんな私を半眼で見ながら、小夜と雪は無表情に片手を上げ、音高く打ち合わせた。

堂々と去っていく二人の背中を呆然と見送る私の視界に、ドアから首だけ出した美香がやはり無表情に言った。


「先生、本番はこれからですよ…… 母さん、入って」


小夜達が去った戸口に、ロングスカートのワンピースを着たミサが現れた。

バスタオルを片手に持った、とびきり不機嫌な顔には見覚えがあった。

年一回、ミサはこういう顔をするのだ。

ちょうど、島を脱出した五月頃に。

私の不甲斐なさを思い出し、怒っているのだろうと思っていた。


咳き込み続ける私に近づき、めんどくさそうに、タオルを放ってきた。

頭からかけられたそれに手を掛けた瞬間。

私の頭を柔らかい両腕が引き寄せ、ふくよかな何かが顔に当たった。


思考が停止した。


咳だけは止まらなかった。


「ごめんなさい」


頭の上から震える声が降ってきた。私は、タオル越しに抱きしめられ、空っぽになった頭でそれを聞いていた。


「小夜達から聞いた…… っていうか薄々気付いてた。私のせいだったんだね」


私はその言葉を理解するのに何秒かを要した。


…… カクか。


「あの子達も泣いてた。謝りたいって。でも許せないって。マルさんが居ないこの寺がどれだけ寂しい場所になってたのか、全然分かってないって」


私は、生きてきた中で最大の衝撃を受けた。


私を…… 

私を必要としている人間がいただと?


甲賀の貧しい下忍に生まれ、強くなるためだけに生きてきた私を。

周囲を見返すためだけに修行に没頭してきた愚かな私を、必要としている人間がいただと?


私の頭の中で、何かが弾けた。


心の海底に埋もれ、錆び付いていた記憶が蘇る。

あの日、感じた違和感。

何かを忘れていたような感覚。

それは、私が嘘を付くことで、彼女達が失うものの中にカウントしていた私という存在の重量だ。それをあまりにも軽く見積もりすぎていたのだ。

この十年で、彼女達の存在が私にとって自分の命より重いものになったのと…… 似て…… 彼女達の中にも私という存在が確かに何らかの形で浸透していたのだ。

私の胸中に、様々な感情が一気に押し寄せた。

目頭が熱くなり、喉が引きつるのを必死で堪える。

咳き込み続けた。


無理に咳き込み続けた。


顔を隠してくれるバスタオルに心底感謝した。


「それに…… マルさん、毎年、私にすっごく酷いことしてたの、気付いてない」


更に強く抱きしめられ、私は彼女の不機嫌の理由を初めて知った。



「五月は私の誕生月なんですよ?」

                                    了


いかがでしたか?


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


今書いている、次回作で、またお会いしまししょう!


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!


YOUKAN

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