(5-3)]
みなさん、月曜日ですね。
早く来い、祭日
今朝もよろしくお付き合いのほどを。
事態の深刻さを、自分の不甲斐なさを呪うかの様に言葉を探していた雪は口を開いた。
「うちらになんか出来ることないんか?」
「誰にも出来ないよ、雪。美香は今、体内で陽の気が暴走してる状態だ。生きた金属をオーバーヒート寸前まで活性化させたからな」
ソファで、俯いていた樫沢が、顔を上げた。
「小夜さん、生きた金属ってなんなんだ?」
小夜と雪は、黙って樫沢を見つめた。
「正直、朝、駅で黒い犬を見てからこっち、なにが起きてるのかさっぱりわからん。紅坂は突然、アオをつれてトンズラする、誘拐犯よろしく指定してきた場所に行ってみれば、見たことも無いような大立ち回り…… おまけにケンさんだ」
その名前を出した途端、目つきを険しくした雪に怯まず、樫沢は言った。
「もう、外野ってわけにゃいかない。聞かせてもらえないか」
小夜は静かに話し始めた
「生きた金属ってのは、古代では、オリハルコン、この国ではヒヒイロノカネってよばれてた。陰と陽、二種類に分かれてる」
雪はびっくりした顔で振り向いた。
「小夜、なんで一般人に話すんえ? 掟に背くんか?」
小夜は即答した。
「もう、ここにいる奴らは無関係じゃない。それに、只の独り言だ」
「うちは納得してへんで」
雪が涙で濡れた顔を樫沢に向け、鋭く言った。
「四角いの。あんたなんで、あのケルベロスに変化した男知ってたんや。しかも、小夜が言うには、昼間会ってたそうやんか」
樫沢は憮然とした表情で言った。
「俺、犬丸さんと同じ左京区の出身でよ、あの人、前のガッコで部活のOBだったんだ。犬丸角栄つったら、俺達の地元じゃ伝説だ。バカやってる奴らで、あの人知らないヤツぁいねえ」
キツい視線を向ける雪、黙って見つめる小夜の前で、樫沢は天を仰いだ。
「ファミレスで会ったのは偶然だと思ってたけど…… 今、思えば偶然じゃなかったのかもな」
「前のガッコって…… 」
今まで俯いていた蒼瀬は顔を上げ、眉を寄せた。
樫沢は組んだ両手を頭に乗せたまま、苦笑した。
「ん、ああ、俺、二年の新学期に今のガッコへ転校してきたんだ。いろいろあって、ダブッちまってさ。前のガッコでは応援団やってた」
「そなの?」
蒼瀬が驚いたように言った。
「そーだよ。お前、別に聞かなかったろ」
「話を戻すぞ。俺達三人は、理由は分からないけど、その生きた金属に体を浸食されてたんだ。
見た目には全然わかんないけどな。
冥界からの追っ手は陰の金属で出来てて、俺たちに寄生しているのは陽の金属。
陰、陽に関わらず生きた金属の能力は、一般で言われる霊によく似てる。
シンクロ度によっては、脳に進入して働きかけることによって、宿主の肉体を変化させることが出来、宿主は様々な術を使うことが可能になる」
蒼瀬がおずおずと聞いた。
「それって…… あの、漫画とかである、ナノマシンってやつですか? 怪我があっという間に治ったりする」
小夜は小さく笑った。
「だったら、最高なんだけどな。確かに怪我の治りはいくらか早いけど、実際には、どの器官も生身だ。そして、宿主のアドレナリンの分泌から危険を察知すると、能力を発揮し、宿主を護ろうとする。おれたちの身体能力が上がるのも、それが関係してる」
そこで、小夜は眼前に手袋を嵌めた拳をかざし、鈎爪を伸ばして見せた。
「もう一つは、体に触れている生きた金属を、自在に操れる。事前の調整は必要だけど。副作用は原因不明の高熱だ」
「その、生きた金属って一体何なんです? 喋りかけてきたりするんですか?」
蒼瀬の問いに、小夜は首を振った。
「いや、寄生する相手を選ぶみたいだし、宿主を護ろうとはするけど、それだけだ。
俺達の中に、金属の思考が流れ込んでくることもない。
この寺の古い言い伝えによれば、陽の金属が天から降ってきて、その幾つかがこの国に墜ちた。
その一つは、追っ手に備えて、己が身を細分し、人間と融和することで手勢を増やした。
生きた金属の正体は、結局わからない。
ただ、先人達の経験から、仕組みは分からなくても、使い方はある程度分かってる。
ある特定の呪文に反応し、能力を解放したり、制御したりできるんだ。
但し、正確な音程、抑揚に乗せて、意志を伝える必要がある。
上手い人の歌って人を泣かせたり、乗せたりできるだろ?
まさしくあれだ。
俺たちは言霊っていうけどな」
小夜は鈎爪をしまうと続けた。
「俺達三人は、一〇年前、瀬戸内海の孤島で出会ったんだ。
そのころのことはあんまり覚えてない。
いまから話すのは母さんが後になって教えてくれたことだ。
俺達三人は、生まれも人種もバラバラだ。
共通してるのは、原因不明の高熱を出すってとこだけ。全員親の顔も知らない」
口を開ける樫沢と蒼瀬に、小夜は軽く笑った。
「そんな顔すんな…… 母さんが聞いたところじゃ、原因不明の病気を治療するため、両親が、研究室に預けたらしい。母さんも俺達も、全く信じてないけどな」
食い入る様に見つめていた樫沢も蒼瀬も、やがて気まずそうに眼を逸らした。
蒼瀬が弱々しく言う。
「あの…… 無理に話さなくても」
樫沢も、もごもごと言った。
「自分で言い出しといてなんだが、やっぱり……」
小夜が歯を見せて明るく笑った。
「最後まで聞けって。多分、事情があったんだろ、俺達の両親って奴ら。
俺達は、おそらく研究のサンプルとして集められたんだ。
ただ、病気を治そうとしていたのはホントらしい。
母さんがそうしようとしてたのを、後押ししてくれたからな。
ただ、母さんが納得行かなかったのは、病気を治そうとする以外の研究は、認めなかったってことだ」
蒼瀬と樫沢が怪訝な顔をする。
「母さんは、研究の途中で、単純な事に気づいた。
陽を中和するには陰が必要だ。どんな生物にも陰と陽の気は存在する。
俺達は金属のおかげで、そのバランスが崩れているんだ。それなら、陰の気を持つ金属で、抑えればいい。除去にこだわらずに」
小夜は皆を見回し、言葉の意味を理解しているのを確認してから続ける。
「母さんは、治療じゃなく、共存の道を選ぼうとした。そっちの方が、現実的だったんだ。
だけど、ダイケンはあくまで治療に拘った。それが、製薬会社のプライドから来ているのか、誰かとの契約なのかは分からない。
けれど、投薬や注射のためだけに生かされてるような、俺達を母さんは見ていられなかった」
小夜の語尾が震え、雪が鼻を啜った。
「だから、母さんは大学時代の先輩を通じて、ダイケン製薬と並ぶ、バイオテクノロジーの雄、オリオン工業と密かにコンタクトを取った。
母さんが提示した条件は、研究の引継と、俺達の普通の生活。
相手は乗ってきた。ある晩、母さんは、オリオンから派遣された工作員と協力して、俺達を連れ、脱走を試みた。あっけないほど簡単に事は進んだ。けど」
小夜は俯いた。
「車が事故って道路から海岸に落ちた。それが原因で、俺達三人に高熱が出た。興奮したり、驚いたりしたらダメなんだ。
母さんは、虎の子としてとってあった最後の薬―― コード000の血液から作った薬を注射した。三人同時に、薬が必要なほどの発作を起した事なんてなかったからな。
これで、陰の気を持つ物が何も無くなった。完全なオリオンとの契約違反だ。しかも研究は、陰の金属を探すとこから始めなくちゃならない上に、俺達が次、発作を起したら助ける方法がない。
施設で絶対安静の生活を続けないといけなくなった。
母さんは途方に暮れた。ダイケンに戻るしかない。クビになって、俺達と別れる覚悟で母さんはそうしようと思った。
そのとき工作員の一人が言った。
陰の金属とやらには、心あたりがある。我々の間では、ヒヒイロノカネと呼ばれている。そういって、腰に差していた小刀を差し出したんだ。母さんは、一目でそれが、ダマスカスブレードだと分かった。
ダマスカスブレードってのは、大雑把に言えば、生きた金属の死体だ。
しかも、その刀は陰だった。
男は続けて言った。ただし、その為には、一族の人間になってもらうしきたりだ。ダイケンで大人しく薬の開発を待つほうがましかもしれない、どうする? と。それが、さっきの斎賀…… 先生で、母さんは、一も二もなく承諾した。んで……」
小夜は地面を指差した。
「俺達はこの寺に住むことになった。日本最古の忍、五行天狗衆の一族として」
樫沢が驚いたように言った。
「忍者って…… 何でもアリだな。小夜さんのお母さんも?」
小夜は首を振った。
「いや、俺達三人だけだ。生きた金属と同化している者でなければ、五行天狗衆を名乗れない。斎賀先生は、甲賀の忍びで、この寺を管理していただけだ…… 先生の言うとおり、この寺の古い仏像が、陰の金属で出来ていた。そこから作り出したのが、俺達が足に巻いてる封魔の輪だ…… アオ、大丈夫か」
深く俯いている蒼瀬に、小夜が言った。
蒼瀬はだまって頷いた。
樫沢が、蒼瀬の背中を叩きながら尋ねた。
「ってことは、伊賀忍者もいるのか?」
雪が突然口を挟んだ。
「小夜、あのメギツネ、伊賀忍ちゃうの? 練度高すぎやで。それと、あの犬丸言うんも」
いかがでしたか?
また、明日の朝お会いしましょう!




