第7章 ― 3
夏希と芽依が山を降りると、土砂が起こったことで、村中の人々が高原神社に押し寄せ、拝殿に人集りができていた。
「あなたは、タガラさんに疎まれています。私があの方々の注意を引いている間に、灯さんのいる杜に身を潜めていてください」
芽依は灯の名前を知っている。やはり、それだけ洸は芽依を信頼していたと言うことだろう。
「けど、洸のおばあさんがいるんじゃ・・・」
「あの方なら大丈夫、和を尊しとされる御方です。騒ぎが収まったら、すぐにでも自分の時代へお帰りなさい。あちらに待っている方がいるのでしょう?」
夏希は頷き掛けて、ハタと気付く。
「何で、私の事情にそこまで詳しいの? ・・・っていうか、私がこの時代じゃないって、どうして知ってるの?」
洸以外に、夏希の事情を知る者はいないはずだ。他に知っている者がいるとすれば、山神のりゅうこだが、芽依と接触したことがあるとは考えられない。
訝しむ夏希に、芽依は短く息を吐き目を閉じる。
「キヨさまから聞き及んでおります」
「キヨから?」
「えぇ、キヨさまが私に取り憑いた際、知りたくもないあなたの事情を蕩々と聞かされました。そして、洸さまがあなたに協力する理由も・・・」
芽依は震える身体を、握り拳を作って押さえつけた。悲しくて、胸が痛くて、泣き出したいのに泣くのを我慢している。
夏希は黙って聞いているしかなかった。
「あなたがいなければ、と何度も思いました。あなたがこの時代に来なければ、洸さまが傷付くことはなかった、苦しむこともなかった、死ぬこともなかった。・・・・けど、時間は巻き戻ってはくれません。巻き戻してはいけないものなのです」
芽依は前進し、夏希に背を向ける。
「だから、未来から来たというあなたなんてさっさと帰ってしまえばいいのです。あなたがいるだけで、あり得ない希望を持ってしまう私がいます。もう二度と顔を合わせないでくださいね」
言い捨てるように芽依は吐き出し、もう二度と振り返ることはなかった。
1人になり、夏希はようやく自分という名の可能性の存在に気が付いた。夏希は未来からキヨが呼んだ存在。過去から現代に至るまで、亘野一族に“寂しい”という心を強く持った人間がいなかった為、わざわざ未来から呼び寄せたという。だが、夏希を過去に呼ぶことによって、本来、“寂しい”想いをすることがなかった芽依の心が変わり、キヨに取り憑かれる自体に陥った。つまり、夏希は過去を変えられる存在。もしも、夏希が過去を変えられるのだとしたら、洸が死なない未来もあり得たはず。そもそも、そちらが正しい未来だった。
(あれ? けど、洸一さんのお祖父さんが灯なのは確かだけど、洸の孫は高原神社にいないんだよね)
そもそも洸が生存しているのならば、現高原神社の神職は洸のはず。例え、亡くなっていたとしても、洸の孫が神社にいてもおかしくはない。寧ろ自然だ。それなのに、高原神社にいる高原一族は灯と孫である洸一しかいない。
(何だろう、色々と分からないことが出てきた)
過去を変えた事による未来への不安が大きいが、今は取りあえず、灯のいる杜へと向かった。




