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山神様の呪い  作者: 海埜ケイ
20/39

第4章 ― 6


『さて、逢い引きはそのくらいにして、そろそろ本題に入っても良いかのう?』

 りゅうこの言葉に夏希と洸は両手を離し、バッと距離を取り、りゅうこに向かい合った。

「そ、そうだった。それで、オレたちがりゅうこに呼ばれた理由は何なんだ? あの怨霊から助けたかっただけじゃないよな?」

『助けねば、と思ったのもまた事実だ。アレは、元は余のわがもだ』

「わがも?」

 言われてすぐに漢字が思い浮かばない。夏希は視線を洸の方へ向けると、洸は目を見開き食い入るようにりゅうこを見つめていた。

「わがもって、どういうことだよ。仮にも山神のあなたの恋人が怨霊って・・・」

 洸の言葉に、夏希は「わがもって恋人って意味なんだ」と納得し、すぐに驚き声を上げる。

「はあっ!? 恋人? あの怨霊が?」

『そう驚くことでも無かろう。遙か昔、それこそ人と神が共に住まう時代の頃の話しだ。お主らは高原神社の所以を知っておるか?』

 夏希と洸は顔を見合わせ、洸が先に口を開く。

「高原の神さまの怒りを静める為に建てられた神社ということは知ってる」

『では、何故、高原の神は怒ったのかは知っておるか?』

「・・・いや、知らない」

 夏希も洸が知っていること以上のことは知らない為、口を閉じて黙っている。

 りゅうこは扇子を開き、手を振るい舞い踊った。



『かつて、人と神々が、まだ同じ世界に住んでいた時のこと。

高原に住む1人の村娘が山神様と恋仲に落ちていく。

身分や種族の違う二人の恋は結ばれることなく、縁切られた。

身の程知らずの娘は同村の人々に殺され、山神は己の罪を償う為に山の奥深くに封印される。

愛しい人が死に悲しみくれる山神は知らぬ知らぬ内に天災を呼び起こし、その村だけでなく周辺の村々まで襲わせた。

怒り狂う山神の心を静める者はいないのか。――誰もが思ったその時に、娘の血縁者が巫女の姿を模し、山神に舞を捧げた。

すると、山神の怒りも収まり、村に平和が戻った。

此岸と彼岸が交わる日、境年の子供、舞い踊れ

高原の山神の怒りを静める為、舞い踊ろう』



 流暢に謳うりゅうこに、夏希と洸は見惚れていた。

 りゅうこの扇子がパチンと閉じて、2人はハッと意識を戻した。

「・・・つまり、高原神社はりゅうこの怒りを静める為に建てられたということなのか?」

『そういうことになる。・・・・が、今は違う』

「違うって、どういうこと?」

『発祥は余の怒りを静める為に建てられた本殿であったが、今現在ではキヨーー娘の怨霊を押さえ込む為の場所になっておる。彼岸と此岸の交わる日というのはお彼岸、その時に祭事があるじゃろう?』

「あるな」

 夏希も大きく頷く。元々は、その祭事の為にこの村に来たのだ。知らないはずがない。

『いつの頃からか、娘の怨霊はこの村を恨み、憎み、滅ぼしたいと強く願うようになっていった。そしてどうにかして自身の身体に成り得る器を探し始めたのだが、彼女の肉体になり得る身体はなかなか見つからなかった。彼女は元は人の子、それ故に他人の身体を乗っ取ることができず、自らの一族の中で探しはじめた』

「それが、亘野一族?」

『そう、先ほど読み上げた詞に出てきた娘の血縁者の末裔が亘野一族。お主の苗字の所以は“魂の亘り”というところから来ておるのだ』

 りゅうこと洸の会話を聞きながら、夏希は自分の手の平を見つめた。この身体の中に、あの怨霊と同じ血が流れているのだと思うとゾッとする。

 身体を奪われていた間のことは良く覚えていないが、とても冷たくて寒い場所にいたことだけは何となく覚えている。

 また身体を奪われるのではないかと、二の腕をこっそりと掴んでいると洸の手が夏希の手首を掴み、手の平を重ねてくれた。

 暖かくて、この手があれば大丈夫だと思えた。

「怨霊を成仏させる術はないのか?」

 洸がまっすぐりゅうこを睨上げる。すると、りゅうこは手の平から透明のビー玉を落とし、夏希の手の平に乗せた。

『その水晶で、彼女を貫いてくれ。心の臓でも、頭でも、どちらでも構わん』

「貫くと、どうなるの?」

『長年溜め込んだ彼女の邪気を、その水晶が吸い取り浄化してくれる。・・・甘い考えと言われるかもしれんが、余には彼女を成仏させることはできんのだよ』

 りゅうこは目を閉じ、耐えるように扇子を握る。

『余は山の神、未来永劫高原の山を守っていかねばならぬ。もし、彼女を成仏させてしまえば、二度と彼女と会うことができなくなってしまう。許されぬ事かもしれんが、余にはそれが何よりも耐え難いことなんじゃ』

「・・・自分勝手だな」

 洸の辛辣な答えに、夏希はビー玉を持つ手を拳に変えた。大切な人と会えなくなる悲しみを夏希は知っている。

(お母さん、お父さん・・・)

 話したくて話したくて堪らないのに、会うことすらできない状況がずっと続くなんて考えるだけで末恐ろしい。

夏希は顔を上げ、りゅうこを見上げた。

「分かった、やってみる」

「夏希、いいのか?」

「うん、やれるかどうかは分からないけど、私がここに呼ばれた原因があの怨霊の仕業なら、元の時代に戻す方法を知ってるのもあの怨霊だと思う。だから、下手に成仏させるよりは良いかなって」

 また言い訳を口にしてしまった。夏希が自己嫌悪に陥ろうとすると、りゅうこが夏希の頭に手を置いてくれた。

『流石は亘野一族、優しいな』

りゅうこの顔が本当に優しく暖かいものだったのでつい見惚れてしまったーーーが、襟首を掴まれ引き剥がされた。

「洸?」

 洸は無言で夏希をぺいっと後ろの方へ放り投げ、りゅうこと対峙する。まるで数日前の洸に戻ってしまったかのような険悪なムードが漂った。

「オレに、できることはないのか?」

『お主に?』

「ああ、ここまで付き合ったんだ。オレにしかできないことがしたいし、・・・もう二度とあんな想いはしたくない」

 奥歯をギリッと噛みしめ、洸は何かに耐えるように俯いた。

『無論、お主にも頼みたいことがあってここに招いた。しかし・・・』

 りゅうこは言葉を止め、洸との間合いを一気に詰めて洸の前髪を掻き分けた。

「!?」

『お主、呪いを受けておるな。この呪いの印は“天災”、放っておけば命に関わる危険がある』

「りゅうこは解けないの?」

『解けるには解ける、がここでは無理だ。余の本体が祀ってある本殿に行かねば解くことはできぬ』

 りゅうこは扇子を少し広げて考え込む。

「“呪い”って、すぐに効果が出る訳じゃないんだろ?」

『まぁ、すぐには出ぬな。怨霊の呪いはジワジワと効果が発揮されるものが基本だが、早めに解いておくにこしたことはない。・・・どちらにせよ、お主には余の本殿に来て貰うことになるのだがな』

「それって、どういう・・・」

 質問を重ねようとした瞬間、世界が歪み、ひび割れ壊れていった。

「なっ、何!?」

『余の作った世界が壊れ、お主たちを元の世界へ戻そうとしておるだけだ』

 床が崩れ、身体が宙に浮く。洸は咄嗟に夏希の腕を掴み、自分の胸元に引き寄せた。夏希も離れないように、洸の肩にしがみつく。

「りゅうこ!」

 崩壊していく世界と共にりゅうこの身体がどんどん薄れていった。

『頼む、亘野一族と高原一族の子よ。余の愛すべきわがもであるキヨを救っておくれ』

 前後左右の壁が崩れ落ち、りゅうこの姿は完全に掻き消された。




――頼む、キヨの娘よ






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