Juggernaut 「権勢」
フランクフルト市内、午前9時14分。
「奴だけではない、気をつけて撃て!」
「彼奴……まさか連合の!」
「構わん。テロリストに加担しているならば容赦なく殺せ!」
多くの警官が様子を伺いながら取り囲んで銃を構えている。
「俺たち、ハリウッドスターみたいじゃなーい?」
「いや、香港映画だな。どちらにせよフィクションに済ませておきたかった」
マリアーンは調子に乗っているアブラハムを諭したが、その顔は笑っていた。
「その通りだマーリャ。実際に死人が出てしまえば」
2丁の拳銃を構え、アブラハムは高いテンションで銃を鳴らした。
「もっと楽しくなってしまう!」
狂気、その言葉が正しく反映されるアブラハムの言葉。しかしそれは気違いの行動ではなかった。無駄は最初の一発だけであった。確実に相手をすり抜け、背後から射撃。すべてが必中する腕に、マリアーンも驚きを隠せないでいた。
「その技術、誰から教わった」
「"冥府に下っている"時にいろいろと。お前の好きなボンからも動きとか教えてもらってね」
好きな、という言葉に眉をしかめる彼は誤解も甚だしいと呟くと、マリアーンもまた、怯える警官の動きを読みながら確実に的を仕留めていった。
「俺もお前も変わってしまったな」
故郷のテロを境に、軍人になってしまった自分と狂人になってしまった友を静かに嘆く。
「すべてをネガティブに捉えるなよ、人生楽しもうぜ」
アブラハムの紫色の瞳が、悟りと癲狂の間に輝く。彼は生き生きとしていた。だがそれは初々しい若者のそれというよりは、一度死んだ者を無理やり蘇生させたような、不気味さに満ち足りていた。
「えーと、あれだ、色即是空ってやつかな!」
「何語だ」
突如出てきた聞きなれない言葉に、マリアーンはぶっきらぼうに尋ねる。
「知らねえ。中国人が言ってた。」
身軽さを利用してマリアーンは警官の肩に飛び乗り銃弾を頭上に撃つ。遺体からすかさず拳銃を奪い、素早く持ち替える。ブランクによる戦闘の劣りは思っているよりも無かったので、彼自身が一番戸惑っていた。表に出すことはしなかったが。
「どういう意味なんだ?」
「うろ覚えだけど、"絶対に変わらないものはない"だったかな」
「変わらないものはない、か」
禅のように深く考える暇はない。ただでさえ次々と押し寄せる敵を殺しながらの会話は疲れるというのに。
「それは、誰の受け売りか覚えているか?」
しかし海外の諺に興味のないアブラハムがなぜそんな事を知っているのか、気になった故に質問する。"補充"される警察や警備ロボットも、確実に破壊しながら。
「海軍の死んだ胡なんとかって奴。」
軍でその名字を持つ有名人を思い出し、マリアーンは聞き返す。アブラハムはそんなにミリタリな知識には詳しくなかったはずだが。
「……まさか、実弟に殺されたっていう胡大佐か?」
「そう、そいつ!腹立つ上官だったんだ。」
上官、その言葉に引っかかる。
「おい、その言い方、お前は海にいたのか?」
「嗚呼。お前が陸で冥府を引っ掻き回している時に、居たよ。」
あまり思い出したくないらしく、うんざりとしたリアクションをしながらアブラハムは最後の警官を射殺した。
「……アメンテスからのスパイとしてな」
残骸、死体、血と硝煙。気づけば彼らは、悲劇を作り出す側になっていた。サイレンの不協和音だけが無機質に鳴り響く。マリアーンは漸く、自分が殺戮をしていることを思い出した。
「俺を悪人に仕立てた借りは返せるのか?」
「さぁ、悪っていう定義が俺にはわからないからね」
しかし双方とも罪を背負う人間とは思えないほど、清々しい顔をしている。
「くそが。……生憎、俺も人のことは言えないが。自分を守るために戦った感覚しか残っていない」
立っている人間は2人だけという不気味な空間に、ヘリコプターのプロペラの稼働音が重なる。浮遊物によって生み出された影が彼らを覆った。
「さて、中で俺の現状を詳しく話すよ」
降りてきた梯子に、アブラハムが手を掴む。マリアーンは何もかもが急速に進んでいく感覚を覚えた。
「……これにか?何処から来た。誰の所有物だ。」
疑問はヘリに搭乗してからどうぞ、と言われ彼も仕方なく、ヘリコプターにぶら下がる梯子を登っていった。
ノイズキャンセリングヘッドフォンを、白いクーフィーヤを巻いた上から装着している端正な顔立ちのアラビア人と、その部下と思われる装備万全なパイロットが既に乗っていた。
「これじゃあ煩くて話もできないか」
ヘリコプター内に入った二人は、一昔前の機体の騒音に耳を塞ぎたくなっていた。
「悪いな君たち。これが一番無難なお迎えかと思ってね。元軍人だから若干雑に扱っても許してもらえそうだし」
クーフィーヤの男は陽気に話しかけた。
「待て、俺は現役で軍人だぞ」
言葉の訂正を依頼するマリアーンの話も、陽気なアラビア人はさらりと否定した。
「そう言っていられるのも今のうちさ」
「そ、俺たちの計画に賛同すればお前も世界の反逆者といったところかな」
「おい、どういう話だ」
勝手に犯罪者扱いされた後は世界を相手に喧嘩を吹っかけるのか、冗談だろうとマリアーンが声を荒らげる。感動の再開を望んでいたのにこの結果は何だと誰でも言いたくなるだろう。勝手に頭のおかしな連中の開催するセラピーに参加させられた気分だ、と悪態をつく。
「……まずは自己紹介すればいいよ、シャーヒーン。」
不機嫌な友人をよそに、アブラハムは男の紹介を促した。
「そうだったな。諸々が急ですまなかった。俺様はシャーヒーン・ビン・サイード。貧しい人間に幸福を売っているんだ」
シャーヒーンは自信満々に名乗った。
「インチキくさいな、その格好といい一昔前の石油王か?」
「失礼ですねえ、少佐どの。確かに俺様のお小遣いはお前の生涯年収よりもあるとは思うけど。」
そして嫌味らしく、マリアーンに突っかかる。
「マーリャ、驚くなよ。この嫌味野郎は」
アブラハムが自分の玩具を自慢する子供のように話す。
「アメンテスのいっちばんのパトロンだった奴さ。」
途端、マリアーンの怒りが振り切れる。冥府に金を送る奴が、彼とアブラハムの関係を間接的に破滅させたのは彼にとっては自明である。それが許せなかった。
「お前が俺たちの運命を!」
「そうだ。お前たちの運命だって俺様の掌の上だ。ただ……奴があっさり死んだことは意外だったが」
マリアーンは怒りに震える。
「ボンの死を軽々しく扱うな」
「軽々しく?そうだな。金は命よりも重い。だがな、死んだ人間は大金を積んでも蘇らないことは俺様だって知っているんだよ。」
「無理やり蘇らせようとしたじゃないか。ボンの"開発"にもお前の金が使われていたのだろう?」
「喧嘩するな、要件が話せない」
仲介に入ったのは意外にもアブラハムであった。彼は二人が黙ったのを確認し、説明を始めた。
「まずシャーヒーンは、中東で魔法石で商売している人間だ。採掘場の管理者て名目で欧米にクソ高い値段を設定して石を売りつけていた。現在主流のエネルギー源である石は先進国にとって最重要な資源だから、結局買うわけだ。その利益で嘗ては秘密裏にアメンテスに投資していた。アメンテスが採取される側にとって英雄視され実際に統治していたのを利用し、労働者にも希望を与えた訳さ。また敵がさらに軍事的なリソースを要求するわけだから、魔法石がさらに売れる。こうしてアメンテスは強固な武装組織になっていったんだ。」
アメンテスの統治している範囲と、資源が採取出来る場所の一致、そしてボンの遺言とも合致。マリアーンの正義が、少しずつ真実によって歪んでいく。
「テロに巻き込まれた俺にとっては腹立たしい話だな。……だが、その話からしてアメンテスはもう斜陽なのか?」
マリアーンが疑問を抱く。昨日の軍の弱体化を示唆した元帥とも話が重なる。
「アメンテスの幹部である"影"、"魂"が死んでからは話が変わった。もうアメンテスに力がないと判断し、"弱い国"の味方になりうる組織を探しているんだ。」
「連合も力を弱めてきて、商売が成り立たなくなったわけか?」
シャーヒーンに向けて皮肉な笑いを込めてマリアーンは言葉を挟んだ。
「バカみたいに資源を使う連中もケチって言葉を覚えたみたいでな、おかげで売上が落ちた」
一方男はまったく気にした様子はないが、声は先程よりも低く深刻さを訴えていた。
「そんな中、嫌な動きをしそうな連中が一つ、あって」
アブラハムが話を続ける。
「秘密結社"メビウスの樹"だ。」
名前だけは知っているが、都市伝説の類と思っていたマリアーンは眉間に皺をよせた。小学生の妄想ノートじゃないんだぞ、と言いそうになるのを堪える。
「存在すら信じてないみたいだな」
シャーヒーンは笑っていた。正確には、苦虫を若干潰していたような笑みを浮かべていた。
「そりゃ一般人はこういうこと話したら頭イカれてるって思うさ。でも連合軍と癒着していたのは事実だ。というか、人体実験してたのはあの組織の技術に依るところが多いし」
「えらく陰謀論的ロジカルだな」
マリアーンはあざ笑う。
「そりゃ自分の会社が秘密結社と組んでるなんて想像するほうが難しいよ。全部"仕組まれた"戦いってことになっちゃうし、俺も受け入れたくなかった。」
その陰謀論的な部分を強調しながら、アブラハムは返す。
「秘密結社が勢力拡大をする前に叩く組織がシャーヒーンには欲しい訳で。理由は簡単、奴らが力を得てしまうとシャーヒーンの採掘、売買する権利ですら奪ってくる。」
「つまり、利権が自由を奪う」
シャーヒーンが言葉を続けるが、マリアーンにとっては誰が利権の甘い汁を啜ろうが、世界は変わらないと説いた。お前の身勝手で動く人間がいるか、と付け加えながら。
「俺様がいいようにされるのはまだ許せるかもしれないな。だがお前もお前の彼女もいいようにできるってことだぞ?」
「何が言いたい」
「連中の目的は寄生だ。全ての人間の権利を奪い、搾取し、肥大する。」
シャーヒーンは真剣だった。
「つまり、全ての人間から自由意思を奪い、俺達は働き蟻にように動かされるんだ。そこに権利も自由もない」
事がでかくなるマリアーンは鼻で笑う。まだ、信じていないようだった。
「そんなこと、できるのか?」
「できるさ。嘗てお前が居た軍隊のようにな。」
穏やかで、なおかつ闘志に燃える顔をしたアブラハム。
「それに、影から託されたんだろう。本当のことを。本当になすべきことを。じゃなきゃ、俺に逢いにいったり……俺を庇って共闘したりしないだろう?」
影、その言葉にマリアーンは回想した。
――この世界に正解はない。だが真実はある。心配するな、今のお前なら手に入れられるはずだ。――
「身近に、秘密結社とやらに対抗できる民間軍事会社(PMSC)は存在するか」
刹那の沈黙、マリアーンは一つの提案をした。
「勘がいいなお前。それを、俺たちで作ろうかってね」
ビンゴ、とでも言いたげなアブラハムは喜んで応対する。
「俺様が資金繰りしてやるよ。国交上お前の居たところみたいな最新鋭は無理だが、寄せ集めで軍隊は作れる。皮肉だが貧困層の職も作れるしな」
かのアメンテスをバックアップした資金力だ。謙遜以上の力を持っていたのは事実であろう。
「弱者を救いながら真の悪人を征伐する、俺たちヒーローみたいじゃないか?」
アブラハムは陽気になり、マリアーンの方を喜々として見ていた。
「だが、良いのか?」
「男に二言はないぜマリアーン。あ、それと会社理念っていうのも重要だぜ。お前は何のために、それを行おうとした?」
シャーヒーンは陽気に……そしてとても重大な質問をした。彼は返す。
「"貧しき人間に自由を、豊かな人間に真実を”」
「合格点」
シャーヒーンも微笑む。ここに、新たな戦いが始まったのだ。
「いくぜ、俺たちの軍が、世界を変えるぞ!」
意気投合したアブラハム。しかしマリアーンは彼女に対し、一握の不安を残していた。
(アナスタシア、すまない。俺は罪を犯してでも……!)




