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Counter the Amenthes - Truth of Shadow  作者: 霧上
前編 - Dusk
7/17

Transitions 「変遷」

炎。

止まった時計。悲鳴。

「マリアーン!助けてくれ!」

「――――!」

出てこない、思い出したくない攫われた友人の名前。混沌が場面を変えていく。

森。

湿った風。銃声。

「親友……」

「嗚呼、そうさ。お前は最高の親友だよ。……ありがとう、マリアーン。」

混濁する記憶。夢。フラッシュバック。そして、トラウマ。


マリアーンは冷や汗をかきながら目を覚ました。午前3時04分。息は荒かった。すぐ隣には、ぐしゃぐしゃになったシーツを包み規則正しい寝息を立てるアナスタシア。また、悪夢か。彼は再び眠ろうとしたが、異変に気づいたアナスタシアが、目を覚ます。乱れた夜の記憶よりも、彼の不安そうな目に思いを寄せる。

「マリアーン。」

彼女は身を寄せ、彼を優しく抱きしめた。まるで泣く子をあやすように、その白い肌で包む。

「何だ」

低く、苦しむ彼の声を塞ぐように彼女は口づける。無言だった。マリアーンは分かっていた。彼女も無理をしている。抱きしめ返す。2人は裸のままだ。月の僅かな光が輪郭を浮かばせて静かに時が進む。

「まだ、囚われているの」

か細い声でアナスタシアは尋ねる。

「大丈夫だ、お前がいるなら。俺はお前を守るために」

「駄目。まずは自分を守って。」

アナスタシアは懇願していた。

「……わかった、おやすみ。」

それに対しマリアーンは切ない顔を隠せずに、笑った。微睡みが夜と朝の境界線を覆う。


影の死から、1年。


冥府(アメンテス)の主要メンバーが次々処刑・殺害される中、世界の情勢は刻々と動いていた。奇襲部隊のリーダーで、幹部でもあった(ボン)こと、グェン・ヴァン・カイン容疑者を射殺したマリアーンは既に功績から少佐に昇級していた。当時同部隊であったアナスタシアも大尉となった。一連の成功した作戦によって、メディアは平和への一歩を謳歌していた。だが録音したボンの遺言が、軍部に届くことはなかった。そのことにマリアーンは疑問を感じていた。弱者や敗者の苦しみを救おうとしない見せかけの正義に静かに怒りを抱いていた。しかし、テロ行為をする人間を許してはおけないと葛藤していた。彼にとって、ボンが「真実を掲げる親友」だとすれば、アナスタシアはもう一つの戦う目的である、「正義の導となる恋人」だった。冥府の天秤に彼の愛と真実を掛ければ、両者の重みに耐えられずはかりは壊れてしまうだろう。彼の精神に対して課せられた問いは重かった。幸い今は彼ら彼女らは戦っていない。束の間の平穏を謳歌できる時だ。だから、享楽に身を投じるべきなのだろう。無論、2人もそれを選んだ。なぜ彼らが同衾しているかは、話せば長い。かいつまんで言えば「告白が成功」して「親密になって」「彼の故郷に戻り同棲できる環境が整った」ということだ。彼らを癒せるのは、平和な日常だ。


長い軍人生活のせいか、彼らの朝は健康的だった。7時にはもうベッドを後にしていたし、簡単に着替えして軽い朝食を済ませ一服していた。プラハの煙草はまだ安い。だが彼の学生時代からはだいぶ値が上がった。未来世界のヨーロッパは国のあるべき姿(オリジン)を探し迷っていた。国とは何か。結束を捨て自分の本来の力――本性ともいうべきか――に従い、技術と発展に反比例するように、時代に逆らっていた。マリアーンの故郷、チェコも例外ではない。嘗てソ連が結成したCOMECON(経済相互援助会議)の解散、その後介入したEUの崩壊。繋がりの中で生き延びるのが(さだめ)として、それを定着させる"国"はあるのか。傾く経済に増える失業者。割に合わない物価上昇。流れる難民、悪化する治安。敵はアメンテスだけではない。だから、影を殺した時点で、何も解決するわけではないのだ。しかし今は、困窮した世界よりも一人のカップルの休暇について語るほうが適切であろう。悲観してはならない。窓に向かい紫煙を吐くこの2人が、後に世界を変えていくのだから。

「マリアーン、今日は何処へ行く?」

「俺は別に……」

「私の意見を優先してくれるのね」

上機嫌なアナスタシア。煙草を灰皿におくと端末を動かし、ルートを見せる。軍の掟を外せば、彼女だって可憐な女性なのだ。

「作戦時よりもやる気じゃねえか」

「プライベートと仕事は分けなさいよ」

彼もまた煙草を取り外し、煙を吐く。2人は興味のあるがまま、街へ繰り出した。


ブルタバ川を超えナームニェスティ(共和国)広場駅に着くと目の前にショッピングモールが建っていた。それなりに歴史のあるそこへアナスタシアが軽く足を運ぶ。

「ナースチャ、急ぐな」

アナスタシアを愛称で呼ぶ彼に、彼女は嬉しそうに返す。

「新しい店が出来たって情報が入ったのよ」

「……お前はそういうのも抜かりないんだな」

呆れ笑いをしつつもついていくマリアーン。何もかもが平和だった。そのことに違和を抱いていたのも事実だった。彼女の買い物についていくのは容易でない。彼は1年という付き合いの中で学んでいた。数時間後、モールから幾つかの紙袋を持たされるマリアーンと赤いクラッチバッグを持ち彼の後をついていくアナスタシアが現れる。時計は12時前を差す。

「あのレストラン行こう、期間限定の……」

「ナースチャ」

「……ごめん、私も"らしい"ことがしたくて」

マリアーンはたとえ自分の財布が軽くなろうが、彼女の平穏に投資をしたかった。

「わかった、折角のデートだしな」

彼は軽く笑うと、端末の電子通貨の残高を確認しながら店へと向かった。


ガラス張りの店内は、窓の向こうの石畳の道路を美しく見せていた。白い天井に濃い茶色のフローリング、青いテーブルクロスのモダンな店内にはまばらに人が座っていた。まだ開店してから早いのだ。喫煙席に案内してほしいと店員に伝え、凝った椅子に座りメニューを見る。彼女はそこに補助的に書かれている英語を、マリアーンはその上に書かれたチェコ語を読みながらあれこれと話し、ランチメニューを頼むと出てくる料理を待つことにした。端末を操作し、ニュースを読みながら他愛のない話をする2人。


幾つかの前菜が来てからしばらくして給仕がローストダックを2人の前に運んだ。きつね色のぱりっとした皮が美しく、湯気は香ばしく鼻腔を通る。ナイフを入れれば柔らかい感触と共に薄茶色の肉汁が溢れる。

「そういえば」

マリアーンは口を開く。

「初めて俺達があったときも、家禽を頼んでいた記憶がある。」

「家鴨だっけ、ヴィエンチャンのあの店ね、どうかしたの?」

「……否、懐かしいな、と思って。」

取り分けていくマリアーンの手元を見るアナスタシア。戦場での古傷がまだ残っている。

「あれから1年か」

「いろいろあったわね」

回想する2人。共闘し分かったことは、アナスタシアの想いは戦場のまやかしではなかったし、マリアーンの熱意は決して裏切らなかったということだ。このまま世界は安寧になり、彼ら彼女らは幸せに過ごせる。このデートだって、その微笑ましい人生の一片になる。そうなってほしかった。


帰り道に、路地裏に襤褸(ぼろ)い布を纏って飢えを凌いでいる難民と思われる子供が体育座りで怯えていた。物乞いが軍縮からの貧困層救済へ、政策を変えろというダンボール製の札を下げて石畳に座っていた。誰も目に留めない。彼もまた一般人のフリをして無視をした。必死に、現実から目をそらす。これで、いいのか。彼はアナスタシアと共に暮らすことを楽しみながらも、まだ迷っていた。


帰宅した際にマリアーンは一通のメールに気づかないでいた。急いで端末を確認する。見覚えのないそれを、スパムと勘違いしていたのかもしれない。メールのタイトルは「俺の歌を聞いてくれ」。ウィルスの類じゃないよな、と怪訝に思いつつ開くと、意味不明……否、彼にはわかる暗号が記されてあった。

それはコード進行。導入はD♭アッドナイン、Eメジャー、Fマイナーアッドナイン。そしてつらつらと、2コード毎に改行されその暗号が続いていた。マリアーンは学生時代、友達とよくギターをやっていたので、意味が、音がわかるのだ。よく聞く泣かせるメロディにやたら9度の音を使いたがる人間。彼はある男を思い出す。そして、もう一度画面に釘付けになる。

「どうしたの、マリアーン」

アナスタシアが不安そうに尋ねる。ウィルスでも踏んだのかと聞くと、彼はもっと大きな物にぶつかったと言う。

「まだ、あいつが生きている。あいつは死んでなんかいなかったんだ!」

喜ぶマリアーンに、冷静に返すアナスタシア。

「ただのいたずらメールじゃないの?」

「……回りくどいことが大好きだし、いたずらが日課だったんだよ、あいつは」

急いでキーを叩くマリアーン。返信の本文に、彼はこう記して送信した。「Powiedz mi gdzie jesteś teraz.(教えてくれ、お前は今どこにいる)」と。


新しい戦いの幕開けが、始まろうとしていた。

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