Truth 「真実」
#Chapter 17 Truth
ボンの力を借り、開かずの扉をこじあけたマリアーン。
「龍騎!」
「き、貴様!何故!」
戸惑う龍騎は、常に2人によって差し押さえられていた。
「人を人として扱わないお前には、わからないだろうな。」
マリアーンは言い捨てる。まるで興味がないかのように。
「おい、こいつをどうするマーリャ」
アブラハムが、指示を求めた。既に彼女の手は拘束され、足は動けないでいた。
「放っておけ」
「はぁ?!」
アブラハムにとってはとんでもない提案に、彼は突拍子もない声を上げる。
「今大事なことは、俺達全員が生きて帰ること」
マリアーンは、冷静だった。
「既にシャーヒーンにヘリの依頼はしてあるがここを脱出するまで時間制限もある。だから、」
「逃げるしか、ないのね」
アナスタシアが返す。
「おい!何の為に、俺達はここまできたんだ」
憤慨するアブラハムに、マリアーンは、異常なほど冷静に話した。
「もう決着はついている。いいか、俺達は人を傷つけすぎたんだ。社会は俺達を認めないんだ。……俺達は、ただの人殺しなんだ。」
それはまるで自首をするかのように。
「そうか……そうだよな。」
アブラハムも、苦々しい顔で事実を認めた。
「マリアーン」
世界を幸せにできたとしても、自分たちは。複雑な心境を見せたアナスタシアが、顔を上げる。
「ナースチャ、すまない。詫びて済む話ではないことも、わかっている」
彼は、その彼女の顔を見つめる。申し訳無さそうな顔に、アナスタシアは強く言葉を向けた。
「帰りましょう。たとえ結末がどうであろうと、私達は生きなければ真実を告げられないわ。」
「アナスタシアの言うとおりだ。今度は、言葉で真実を伝えなくちゃな。面倒くさいけど。」
アブラハムも同調する。
「……嗚呼、俺は幸せ者だな」
そんな2人をみてマリアーンは軽く笑うと、出口に向けて駆け出した。
「出口が警察に塞がれている!」
「やはりか……」
アブラハムは入り口の穴が「KEEP OUT」と書かれた黄色いテープで塞がれているのを指摘した。マリアーンも予想通りと厳しい顔をした。遮音性の高い設備であったが、近隣の住人がそれでも聞こえてきた銃声を不安がって通報したのだ。出てこい、と野太い警官の声が頭上から聞こえる。
「強行突破しかないのね」
アナスタシアが不安そうにテープを見つめる。弾数は少ない。また、過度の戦闘で負傷している上に疲労も溜まっていた。彼女に戦う余裕はない。
「そうだ。俺がどうなってもお前たちを生きて拠点に返す」
「マリアーン!」
決死の覚悟をしたマリアーンに対し、アナスタシアは声を荒げた。
「貴方が、貴方がいなければ……!今まで、一緒にしてきたことが……!」
マリアーンの手を強く握り、生き延びることを懇願していた。
「そうだ。お前がいなければ、FLORITはどうする!」
アブラハムも、マリアーンの捨て身に反対する。
「それに、」
彼はひと呼吸置くと、言い放った。
「俺が願ったことでないし、ボンが望んだことでもないだろう!」
フラッシュバックする青緑の亡霊。はっとしたマリアーンの目が、もう一度輝きを取り戻す。我に返ったように出口のある天井を睨みつけ、拳銃を握りしめる。
「……皆、ありがとう。」
梯子に手を掛け、登っていくマリアーン。彼らのために、生きることを誓った。
「来たぞ!」
外界は警備隊が盾を構えた、大規模な騒ぎになっていた。
「I've come.(来てやったぞ)」
マリアーンは牽制しつつも、撤退の準備をしていた。
「Stay out of my face.(でも、貴方達に用はないわ)」
そして、最低限の攻撃ですり抜けようとするアナスタシア。脚力を活かしとび蹴りを一人の警官に命中させると、命からがら逃げ出す。マリアーンもそれに続く。
「構わん、撃て!」
だが追いかけてくる警察を完全に振り切ることができない。アブラハムは急に立ち止まる。
「どうした!」
「俺が囮になる!」
「バカか!」
マリアーンが罵倒をした。先程の約束と違うではないか、と怒鳴る。
「俺は……」
しかし気にしない素振りを見せる、彼。
「奴はアメンテスの残党だ、確実に捕らえろ!」
「そう、俺はダークヒーローだから」
笑うアブラハム。それは、狂気の上を行く、死を覚悟した笑み。
「待てよ、エイブ!」
涙を浮かべるマリアーン。だが、悩む時間はない。
「逃げろ!生きろ!シャーヒーンのヘリが来るにはあと3分かかる!」
アブラハムは警察をおびき寄せながら、マリアーンを蹴飛ばす。一斉に、慎重だが確実に彼らを取り囲む警察。悔しさに泣きながら、マリアーンは走った。アナスタシアも苦い顔をしつつ逃走した。
「お前らに捕まってたまるかよ、俺の最後の足掻きを見せてやる!」
だがトカレフを構え、たじろぐ気配を全く見せないアブラハム。その意気込みに怯える警官の隙を突き、猛ダッシュで攻め込む。
「さらばだ、我が親友マリアーン。再会できて嬉しかった。」
そして逃げ行くマリアーンの背中を、アブラハムは見守る。
「俺はボンのようにお前の戦う目的にも、アナスタシアのように愛する対象にもなれなかった。だが、俺はお前の友人になれたことを誇りに思っている。お前といて楽しかった。俺は大罪を犯した悪人だ、だけど、だからこそ……」
銃を発射しながら、アクロバティックに舞いながら、だが、満身創痍で振る舞うアブラハム。
「俺はお前を救う!お前の悪を、俺が背負う!」
血まみれになりながらも、彼は囮であり続けた。
追っ手が減ったとはいえ、パトカーが蔓延り警官で溢れ、見知らぬ市内で彷徨うことは、彼ら彼女らの体力を著しく奪った。息を切らす2人に、シャーヒーンから無線が入る。
「あと90秒でポイントに着く。それまでは奮闘しろ」
「了解」
僅かだが、長い時間。
「ナースチャ」
「ええ、彼の犠牲を無駄にしたくない。」
固い決意をしたところで、警察に発見される。
「いたぞ!」
舌打ちをして再び走るマリアーンと、ついてくるアナスタシア。だが警察の放った銃弾の一つが、アナスタシアの脹脛に当たる。堪える声も抑えられず、地面に倒れ込む彼女。アスファルトが赤く染まっていく。
「マリアーン……ごめんなさい……!私は、構わないわ……逃げて……!」
それでも、マリアーンの生存だけを望んだアナスタシア。
「お前まで、置いていけるか……!」
だが彼は彼女を背負い、庇った。激昂するマリアーン。嘗て本能で、反射で戦っていた頃の闘争心が蘇る。
「それが、お前たちの正義か」
マリアーンの理性は消えかけていた。相手の放ったルガー弾が顔を掠めようとも、彼はウージーを発射し警官達を射殺した。そして血走った目をぎらつかせて彼女を運んだ。呼吸が浅い。間に合ってくれ、と彼は渇望していた。そこに聞こえてきたのは、今最も必要とされていた人間の声。
「マリアーン、間に合ったか」
「遅刻だ」
シャーヒーンのヘリコプターから扉が開いて梯子が降り、アナスタシアを担いだマリアーンが透かさず飛び乗る。銃弾にはヘリに積んだマシンガンが対応した。マリアーンは悪態をついたが、内心ほっとしていた。
「アブラハムは」
シャーヒーンは、聞いてはいけないことを聞いてしまった顔をしつつも、その質問をした。
「わからない」
深く悩んだシャーヒーンだが、敢えて場所を尋ねる。
「現場は」
「100m先だ」
地図を血に濡れた手で指差すマリアーン。
「連絡を取ってみろ、間に合うかもしれない」
彼は靡くクーフィーヤを抑えつつ、無線を端末に送信した。だが、応答がない。
「……アブラハム。応答しろ。応答しろ!」
叫んでも発信音が鳴るのみだった。反応を示さない無線にマリアーンが泣き崩れる。
「くそ、くそっ……!何故だ……!」
血と涙が青緑のスカーフを汚す。
「……マリアーン」
ヘリ内にいた医者に応急処置をされながら、アナスタシアが彼を呼ぶ。
「生きましょう。彼の分まで。」
アナスタシアもまた、涙を堪えていた。
ヘリは京都から脱出し、朝鮮半島の北部の森林にある滑走路で秘密裏にジェット機に乗り換え、彼らはマレへと戻っていった。こうしてアブラハムを失うという多大な犠牲を払いながらも彼らは秘密結社の撲滅に貢献したのであった。
「……消えたわ。すべてが」
コンピュータの画面を睨み、完全に消滅した結社のデータベースを見つめるヴァサンティ。結社の3トップが死んだ騒動から2週間後、ムンバイの夏は暑かった。マリアーンと通信をしつつ、事後処理に当たっていたのだ。
「そうか」
「そうよ。あたし一応当時のバックアップ取ってあるけど、使うこともないでしょうね。」
素っ気なく彼女は言った。マレに潜んでいる彼は、包帯をあちらこちらに巻いて組織の管理を行っていた。
「もう、脅威はなくなったのか。俺達は正しかったのか」
「さぁ?」
ヴァサンティは適当に、意味深に答えた。
「アメンテスも秘密結社も消滅、連合軍はトップが急死によって大混乱。世界に秩序は訪れるどころか、混乱を極めているわ。でも、」
端末画面がエラーを吐き出すと、彼女はため息をつく。
「あんたのお陰で、世界の人々は少しずつ変わったわ。」
「具体的に、どうなったんだ?」
彼は興味深そうに質問する。
「あんたは分かってるでしょ。貧しい国々が非暴力的に立ち向かう姿勢を見せた。欧米諸国が"自分の"資源について考え直した。あと、平和ボケした日本人たちが自分たちの立場について考え直す機会が増えたのもあるわ。あんたは英雄にはなれない。ただの犯罪者。でも、社会を震撼させた力を持っていたのは事実よ。」
ヴァサンティは、テーブルに置いたチャイを飲みながらハッキングを続ける。
「……そうね、少しはボンに近づいたんじゃない?」
VR装置の奥の彼女の赤い目は、何を訴えているのか分からなかったが、
「まだまだ、だけどな。」
マリアーンはそれなりに感じていたようだ。包帯で巻かれた手を、彼はじっと見ていた。
最後まで読んでくださり大変感謝しています。