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Counter the Amenthes - Truth of Shadow  作者: 霧上
後編 - Dawn
16/17

Desperate「決死」

「行け。ミカエル、ゲレオン。奴らを粉々にしろ」

その女は怪物に指示を出した。それを受け取ったのか、青い目と緑の目の2つの巨大な肉塊はもぞりと動き出した。

「名前までつけて可愛がっているとは随分な悪趣味だ」

マリアーンが皮肉に笑う。

「次元の(はざま)から生み出したケダモノだ、愛着も湧くさ」

その女もさして怒らず、怪物を一撫ですると青い目の"ミカエル"に命令を送る。ぐおお、と呻くと怪物は上部から空気を吸い込み始めた。

「それに、ゴエティアの連中よりも言うことを聞く。」

「ゴエティア……?」

「あんたらの上司だよ。"フォルネウス"とクズの"ナベリウス"が勝手に自滅しやがって、こっちとしてはたまったものじゃないからね……」

女は呆れたように首を回し、ぽきぽきと音を鳴らした。

「龍騎様!お助けに参りました」

「遅いぞ!」

龍騎というのは女の名前であるらしい。護衛が遅れて来たのを窘めていた。

「まさか、ダーヴィド少将の言っていた情報改竄は貴方のせいなの?」

「ああ、"ソロモンの父"の云々ね?そういえば面倒な男がまだ残っていたねえ」

アナスタシアの問いに、龍騎は面倒くさそうに答える。

「クーデターを改竄したのは氷雨だよ、さっきあんたたちが殺したね」

「じゃあ、あんたは……?」

今度はアブラハムからの質問に、攻撃する暇も与えてくれないのかと龍騎は愚痴を吐く。

「はーぁ、めんどくさいねえ、そういうのも答えなくちゃいけないのかい」

そして、電気を充填し始め青色に電流で発光したゲレオンを見やってから、攻撃命令を出した。

「あたしは3柱を生み出したレメゲトン計画のプロジェクトリーダーだよ」

その悪どい顔は、この世の悪を凝縮したような下劣さに溢れていた。


化物から放たれた雷撃、それ以上の衝撃。研究所があれば当然、それを計画した人物もいるわけだが、まさかこんなにあっさりと現すとは彼らは思ってもいなかった。隙だらけの攻撃である電流からは避けた3人であったが、周辺の装置のヒューズが作動し、主電源が切れた。停電し暗くなった部屋から、出口の光が差す。

「貴様がラファエル閣下も生み出した、ということでいいか」

マリアーンのオリーブ色の瞳が、斜光に反射し輝く。

「ああ、あの失敗作ね!テロリスト連中もクローニングしてたからって言い訳しておまけで作ってもらったポンコツだけどあんたらの上司としてはなかなか良かったんじゃない?」

「貴様……!」

ラファエルだけでなくボンをもいとも簡単に侮辱した彼女を許す気はなかった。拳銃を構える手が怒りに震える。護衛も銃を構えたが、撃つなと龍騎がいなす。

「おやおや軍人さん、無害な人間にまで手を出そうっていうのかい?」

彼女はしれっと笑ってみせる。

「お前のどこが無害だよ。人間を侮辱した罰だ、死ね」

だがそれに臆せずにアブラハムもいつになく真剣な目で、2丁のトカレフを構えた。

「……最後に聞くわ。貴方がそこまでプロジェクトを実行しようとしたきっかけは何?」

静かに、しかし確実に激昂していた2人とは異なり、アナスタシアは冷静に質問をした。

「いい質問だね。あたしは人のためにやろうとしたんじゃない、自分の好奇心を満たすためにやったんだよ。だから、ここまで完成されたものができたのさ。」

「それを、人権ある者に対して?」

「兵器に人権はないね」

「貴方に、良心というものはないの?」

武器を構えさえしなかったが、彼女の目は訴えていた。

「良心?良心の塊じゃないかあ私は!悪しきテロリストに打ち勝つ為の兵器を、自分の叡智を最大限活かして生み出したんだよ?しかも誰にやらされたのではなく、自分の意志、自分の好奇心でだ。こんなに素晴らしい研究が他にあるかね?」

高笑いをする彼女を理解できないアナスタシア。龍騎が話を続ける。

「あのね。知識を平和に豊かに利用するためには犠牲がつきものなの。犠牲に感謝して発展を選ぶのが科学者なの。それも理解できない動物実験に反対するイデオロギーを持ったクソテロリスト共に自分たちの研究所を燃やされたあたしにとってはねえ、敵を殺すためならいたる知を動員していいものを作り出すことが人生の目的なの!被験体の人権を無視するクソ野郎呼ばわり?ふざけるんじゃないよ!あたしは作り出したものに対し最高のパフォーマンスをさせるために至る処置を施したよ。だから彼らは、世界を守れるほどの成功を収めたんだ。この成果を否定してでもあたしを悪者にしたいなら、勝手にすればいい。こいつら……ミカエルとゲレオンは、それを許すことはないだろうけどね。」

2つの異形が、唸り声を上げる。だがマリアーンは動じない。

「実験体に対し敬意を払ってるのは認める。だが、俺が許せないのは」

彼は発砲さえしなかったが、鋭い眼光に龍騎の護衛たちは立ちすくむ。

「俺やダーヴィドの上官に対して"ごめんなさい"が言えないってことだ。世界を揺るがした責任を、好奇心の言い訳で償えると思うな」

「その言葉、そっくり返すよ。あんただって実際は警察に追われた犯罪者だろう?知ってるよ、フランクフルトの事件。あんたは冥府に落ちる覚悟で悪の道に進んでいった。それが正義を語るなんて滑稽もいいところだね!」

暴力で行使しようとするマリアーンの弱点を突いた龍騎は、再び高笑いを始める。

「滑稽で構わん。俺は正義のために戦っているわけではない。正義を貫くのはダーヴィドにまかせている。」

ふ、とマリアーンも軽く笑う。龍騎の目元が、気に食わないという意味で歪みを見せる。

「そうか。ではお前たちは何のために戦っている?」

龍騎は、問うた。

「世の中引っ掻き回して、変貌する世界を見てみたいからな!お前のようなどす黒い存在を消して、生き生きした人々の顔を見たくてな!」

アブラハムが陽気に、そして残酷に笑う。組織を結成した日々を思い出すように。

「倫理を冒した存在が、ゴエティアの3人で終わるように。子どもたちに自由な未来を見せてあげたいから。」

アナスタシアは悲しみを堪え、強く訴える。旗をくれた子どもたちの瞳を回想して。

「……俺は、俺と相反する志を持ちながら、俺と同じ信念を貫いた親友の魂を償うために。」

最後に、マリアーンは今までの感情をすべて抑え、すべて受け入れた顔で銃口を龍騎に向けた。

「そうかい。気が済んだみたいでよかったよかった。そのまま死ね!」

それを受けて用済みだ、と言うかのように龍騎は言い放つ。怪物が再び力を溜め始めた。これで、終わるのか。


「元帥閣下、今回はお体が優れないご様子……いかがなさいましたか」

部下がおずおずと彼の体調を聞いた。もともと彼の肌は白かったが、今はさらに顔色が悪かったのだ。今夜軍議を控えた彼らは、連合軍の本拠地の会議室前のロビーにいた。

「もう、これが最後かもしれぬ。」

「閣下、それは」

部下の血の気も、引いていく。窓には都会の光よって照らされた闇。

「遂に、この時が来たのだ。」

「この時、とは」

いよいよ聞くのが怖くなってきたのか、声は震えていた。

「吾輩……否、私が、尽きる、時だ。」

威厳に満ちた普段の彼の声からは予想もつかないか細い声で、彼は喋った。

「次期候補のラファエル閣下も亡き今、貴方が死なれては困るのです」

「そうだな。もう、これですべてが尽きるのだろう。だがそれは最良の結果だ。」

「閣下……」

絶望する部下に申し訳ない、という顔をしながら元帥は話す。

「結社の氷雨が殺されたことによって、"彼"の組織のメンバーが我々の秘匿情報を公開し、世界中の人間は我々への不信感を抱いたことは既知であろう。民は真実を知ったのだ。これで、歪な存在であった我々の死を、我々を一番支えてくれた民が受け入れてくれる。これほど嬉しいことはない。まだ若いヴァネッサ君のことは、とても気がかりだが……」

元帥は穏やかな顔をしていた。

「"吾輩"は偶像であった。しかし私は、"私"は人間でありたかった。」

そして、悲しい顔をしていた。

「しかしその(しがらみ)からも開放される。56年、思えば長かったものだ」

「私達は」

涙を堪えている部下は、不安を露わにしていた。

「案ずるな、私は連合の兵器だ。私は、もう不要とされている。私は平和の為に攻撃してきた。それは時代遅れだ。これからは防衛に転換すればよい。そのためには、次代を担う知勇が必要なのだ。」

咳き込んで元帥が口を抑えると、喀血していた。急いで医療機関に連絡する部下。だが彼は、手を止めた。

「構わん、私は人間ではない。人間の医療ではどうしようもない。」

「そんなことを言っている場合ではありません!」

「これは、元帥大将の命令だ。背く気か」

「しかし……!」

部下以外にも、彼らの関係者が集まりロビーは大騒ぎになっていた。即座にくる救急班に搬送される彼。

「嗚呼、これで……」

彼……ヘルムートは、絶望とも希望ともいえぬ、乾いた呻きを漏らした。


「おい、こいつ銃弾が効かねえ!」

彼らは既に戦っていた。焦るアブラハム。肉塊は弾を跳ね返し、雷撃や旋風は行く手を阻む。

「かといって、接近戦もできないわ」

アナスタシアも苦戦を強いられていた。獣の呻きは、恐怖感を倍増させる。

「せいぜい苦戦してから死ねばいいさ」

怪物の攻撃をなんとか躱しながらマリアーン達は生き延びていた。だが、攻撃ができない。減る弾数に焦りを見せぬ彼らではなかった。

「……死ぬ訳にはいかんが、苦戦はしてやろう」

「捨て台詞か?」

龍騎に笑われ、舌打ちをするマリアーン。

「そんなもったいないこと、マーリャがお前にするはずないだろ?」

敵の攻撃を避けきれなかったマリアーンを、アブラハムが庇う。薄着の彼の右腕が赤く染まる。

「エイブ!」

「これでも俺の親友だからな!」

だが一切たじろいだりせずに、アブラハムはAKMに持ち変える。攻撃の隙を付き、今度はアナスタシアが反撃に向かう。

「なら私は、貴方の恋人として!」

あっさりと死んだ護衛を盾にしながら、隠し持ったアサルトナイフで"ミカエル"に斬りかかる。怪物は悲鳴を上げたが、それと同時に放った突風で彼女は壁に叩きつけられる。

「2人とも……!」

共に戦ってくれる仲間が絶体絶命だというのに、自分は。戦いたくても、前に進めない焦燥を噛みしめる。

「さて、仕上げといくか!」

"ゲレオン"に電撃の充填をもう一度指示すると、緑目の怪物はエネルギーを蓄え始めた――ように、みえたが。

「正義を俺に任せるな、マリアーン」

端末から聞こえたのは、ダーヴィドの声だった。続いてヴァサンティの声が発信される。

「お坊っちゃまが"皇"を倒したみたいでね、結社の魔法石のエネルギー配給システムに大きな影響を与えたらしいわ!」

「俺にはダーヴィドという名前がある!」

些細な喧嘩にみえたが、その報告はあまりにも龍騎にショックを与えた。怪物が悲鳴を上げ、ゲル状になって縮んでいく。

「そんな、私の、私の自信作が!」

立ちすくむ龍騎を護っていた怪物が弱体化したのを皮切りに、3人は一気に攻め立てる。部屋を脱出し廊下まで追い詰めアブラハムはゲレオンを、アナスタシアはミカエルを破壊しマリアーンが龍騎の眉間に拳銃を突き立てる。

「お前は罪を贖う為に、生きてもらおう」

「調子のいい事を言うな!」

龍騎は怯えていたが、その声の調子は強い。睨みつけると護身用の催涙スプレーを放射し、蹴りを入れ情報管理室の扉を封じた。

「マリアーン!」

「マーリャ!」

部屋に入れられたマリアーン。彼女は結社の人間だけが開けられる鍵を掛けられ、装置のボタンを無線で操作した。

「こういうときのために、炭酸ガスを放射し充満できるようにしておいたのさ!」

つまり、密室で窒息させる気だ。ははは、と龍騎は再び勝ち誇ったように笑った。

「てめぇ……!」

彼女を殴るアブラハム。

「ほほう、非力な女を殴るか!」

血がにじみながらも笑いを止めない龍騎。

「お前は女でも、ましてや人間でもない、悪魔だ!」

あのアブラハムが、怒っている。アナスタシアも冷静に、冷酷によろめいた彼女の足の腱に傷をつけた。

「ただでは、おかないわ」

「そうか。精々好きにしろ!」

身動き取れなくなっても、自分が死んでも意味はないと龍騎は、笑うのをやめなかった。


内側からは開かない扉。マリアーンは、ここで終わるのかと扉を殴った。酸素の減っていく密室。しかし、そこにいたのは。

「……ボン、いや、カイン!」

「久しいな、マリアーン。」

暗黒の中、青緑色に発光していたボンの……幽霊と言おうか。

「どうして、ここに」

「エネルギーの暴走した魔法石の残留思念と、死後の世界が結びついたんだろうな」

「どういうことだ」

「秘密結社にでも聞け。俺もどうしてここにいるのか、分からない。」

彼は文字通り死んでいた。だがいつもの冷静で気さくな口調に、マリアーンは心なしか安心していた。

「そうか、俺もお前のところへ」

ボンの方を嬉々としてみるマリアーン。死の開放を待ち望んでいるようだった。

「馬鹿野郎。お前には大切な親友が、恋人がいるのだろう」

しかし、ボンはそれを遮る。

「……そうだ。だが、もう無理なんだ、アブラハムと、アナスタシアには……」

「無理?不可能?誰が決めた。お前はそれくらいで諦める人間か?」

弱気になっていたマリアーンを、ボンは窘める。

「真実は自分の眼で見出すものだ。俺が死ぬ前に言ったことを忘れたか」

「真実?この閉じた扉のことか。」

しかしマリアーンは、諦めきっていた。空気が薄くなっていくのに感づいていたのだ。

「扉というものは、開けるためにある。それが開かずの扉だとしても、それが扉における真実だ。」

「俺にどうしろと?」

哲学的な発言に、戸惑うマリアーン。

「今、死んだ俺がいる。それはとても信じられないことだろう。だから、他にも信じられないことが起こり得ると想像はできないか?例えば、お前が開けられないといったこの扉を開ける事ができる。」

「つまり、奇跡が起こると言いたいのか?」

怪訝な顔をする彼は、扉の方角をなんとなく眺めている。

「お前なら起こせるかもな、否、俺が起こす」

「何を言っているんだ」

彼の真意を汲み取れないマリアーンが、質問をする。

「お前はこの扉を開けるべきなんだ。そして本当の勝利を勝ち取らなくてはいけない。だから俺が蘇ったのかもしれない。復讐の憂さ晴らしでも、お前の死を嗤いに来たのでもなく、俺はお前の為に、だ。」

回りくどい言い方であった。しかしこれは、ボンの最後の願いであるとも彼は感じ取った。

「分かった……お前に頼み事なんてしたくなかったが……カイン、力を貸してくれ。」

それを受け入れるように、マリアーンも願いを話す。

「構わん。この体で動くかどうかも分からないし、最初で最後かもしれないがな」

するとボンの姿が、少しずつぼやけて変化していくのが分かった。

「……頼む。」

ボンの意志は散弾銃へと姿を変え、青緑に光るそれをマリアーンは手に取った。驚きはした。だが、それ以上に魅了されたのかもしれない。彼の眼に、光が再び宿る。

「蝶番を狙え」

構え、反動を考慮し間合いを決める。ボンの助言通り扉の弱いところに狙いを定めた。

「喋れるのか」

「そうみたいだ」

ふ、と銃の形をとったボンに対し笑うマリアーン。

「準備はいいか」

「嗚呼、いくぞ、マリアーン!」

そして、忌々しき扉に向かって引き金を引く。

「俺は……俺達は……」

「真実の影(Truth of Shadow)、」

「真実の光(Truth of Light)となろう!」

銃は光線銃などとは比べ物にならない程の強い光を放ち、閃光が扉を引きちぎるように破壊した。轟音と共に扉が倒れマリアーンは駆けていった。彼らの居る元へ、走る。銃は消えていた。

「ありがとう、カイン。お前の意志は忘れない!」

マリアーンは、青緑のスカーフを一撫でし、自分の銃を構え直した。


真実の向こう側へ。終焉は、近かった。


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