Purification 「修祓」
空港から京都駅に無事到着した彼らは、ヴァサンティのとの通信を切らさずに烏丸駅へ移動し、周辺のビジネスホテルへ到着した。碁盤の目のような繊細な都市と、近未来の建物が立ち並ぶ都。だが風流を味わう暇はない。酷暑の中、新しい情報の通知に端末を開くマリアーン。
「あのお坊ちゃまもなんだかんだで秘密裏に協力してくれてるみたいね。研究所のマップが表沙汰になりつつあるわ。」
彼女からの通信により、マップに緑の丸いアイコンが点滅する。
「神社や寺院の地下に研究所が張り巡らされているなんて、罰あたりもいいとこね」
ヴァサンティの話を聞きながらマリアーンが地図を確認すると、彼らにとっては見慣れない卍字や鳥居のマークがマップ上の緑の丸と重なっていることに気づいた。
「昔、アメリカ軍も京都は空襲や原爆投下を避けたっていうわね。アメンテスも同じだと思ってたのかしら?」
彼女は皮肉に笑う。過去に信じていたテロリズムに美しいものの保護という考え方はなかったからだ。
「見てもらえれば分かるけど、南方の宇治市の平等院には空軍のトップヴァネッサ、ここから東にある清水寺ではエルネスト、北方の醍醐寺にヘルムートが秘密裏に"生み出されていた"らしいわよ。西の嵐山の天龍寺にも大きな実験設備があったみたいね。中国の四神に擬えているみたい、……正直そーいうインチキくさいの恥ずかしくないのかなあ?」
「それほど"神がかり"を信じたのだろう、」
マリアーンは冷静に返す。
「"処理"が終わったら、普通に観光したいところばかりだわ。……だって、美しさや荘厳さからどこも世界遺産に登録された場所でしょう?」
「つまりユネスコクラスのすげーとこにも喧嘩売ってるわけだ。許せたものじゃねえな、秘密結社は!」
アナスタシアやアブラハムも会話に加わる。
「ラファエル閣下も改造人間だったと聞く。彼も……」
「東寺の地下に、"ナベリウス"というデータがあったわ。ナベリウスってケルベロスって呼ばれる事もあったから、多分そういうことじゃない?」
「……そうか」
今まで自分の居た場所が、いかに異常かと思い知らされるマリアーン。美しい古都で非倫理的な実験によって生み出された強力な上司に従う。そして同時に自分自身も改造人間であったラファエルがクーデターを起こす気持ちが全く理解できないわけでもなかった。
「どこを叩く」
「私の予測だけど」
ヴァサンティは、軽く思考を張り巡らせる。
「"ここ"に来た、という時点で戦いは始まってると思ったほうが良いわ」
マリアーンたちは市街地に適したステルス、つまり私服で京都にやってきた。ボンの水色のスカーフは、どうしても外せなかったようだが。キャリーケースにも数日分の私服と別にシャーヒーンが送ったギターケースに隠した銃火器。それと日用品に通信用の端末。電子パスポートも持参した。一見すれば海外バンドが来日したようにしか見えないし、シャーヒーンもそういう体で諸々を金の力で偽装させた。だからといって、彼らが完全に偽ることは不可能である。
「だから、湧き出てきたそいつらの出処を探査して真の本拠地を見定める」
「了解。支援を頼む」
マリアーン、アナスタシア、アブラハムは街を歩いた。しかし闇雲に歩いてはいけないため、ナーマの指示に従い"万が一戦闘になった際被害者を最小限に抑えるため"に路地を縫うように進んだ。乗車人口の多いバスや電車でテロ事件が起きては大惨事になる。タクシーでは場所を特定されるリスクが高い。かといって、レンタカーでは免許の関係が面倒である。移動手段も限られていた。幸い軍人生活の長い彼らにとって徒歩は問題ないのだが、問題は暑さである。盆地であるため真夏の京都はヴィエンチャン並の暑さを誇るのだ。
「暑いわ。日本ってこんなに異常なところだったの?」
「都会だから、だろうな。アスファルトの反射熱は基地では感じられなかった。」
「あー、マーリャ、何か飲もうぜ。熱射病になっちまう。」
アブラハムの提案で景観維持の為に彩度を抑えたデザインのファストフード店に立ち寄ることになった3人。頑丈だから耐えられるという問題ではない。異常気象による熱中症患者の搬送に走る救急車のサイレンがやたら鳴り響くのも、ここの夏の特徴だ。生き返ると言いながらメロンソーダを啜るアブラハム、氷入りのコーラを額に当てて熱を逃がすマリアーン、キウイシェイクを片手にすまし顔のアナスタシアが店を出た時、見知らぬ女子高生の携帯端末のシャッター音が小さく鳴ったのだが、彼らは気づかなかったようだ。
しばらくして、周りの様子がおかしいことに気づく。野郎共の騒がしい声による異変に本能で感づいたのはマリアーン。
「気をつけろ」
「敵襲……ね」
アナスタシアが背後の気配をすぐに察知し、振り返ると数人の白装束を確認した。
「連中はわかりやすくてありがたいね!」
アブラハムは隠し持った拳銃を構えると、男たちに向けた。周りの人々が悲鳴を挙げる。
「待てエイブ、俺達が先に武器を出したら」
慌てるマリアーン。
「ここで出したら……警察を呼ばれるわ」
見ると、怯える市民や観光客の中には携帯で緊急通話をしている者もいた。相手も凶器や銃を装備していたが、どちらにせよ面倒な事態になったことは間違いない。
「じゃあどうすればいいんだよ!」
「簡単だ。逃げるんだ」
「はぁ!?」
マリアーンは冷静だった。少なくとも友人のアブラハムが苛立つぐらいには。アナスタシアも周囲を確認しつつ撤退していく。この意見に不服そうなのはアブラハムだけであったようだ。
「何故ここを特定した」
無線とつながった端末を通じて、マリアーンは情報を聞き出す。
「かっこいい外国人たちにすれ違った!という写真付き発言がネット上でBuzzって、それが結社に特定されたようね」
ヴァサンティは真剣に答えてくれた。彼女も予想外の展開だったからだ。民衆すら敵というのか。
「褒めるなら面と向かって言ってくれないかな!」
マリアーンが悪態をつく。相手の銃声に住民は恐怖で怯えていた。
「京都なんて外人いっぱいいるだろ!どうして俺達を!」
白装束の男たちの攻撃を低い姿勢で走り避けながら、アブラハムも疾走した。
「しっかし、連中も派手だな、余計なもんまでついてくる!」
遠方から聞こえてきたのはパトカーのサイレン。彼らは秘密結社からも、警察からも逃げていたのだ。
「いいか、足を引っ張るなよ皆!」
「貴方こそ」
炎天下、ヴァサンティの分析から導いたルートを確認しながら彼らは奔走した。
「ヴァサンティ、ポイントに着いたぞ。」
「ええ、ここであってるわよ。鳥居をくぐって、その奥の建物の裏に行ってみて。」
汗が吹き出る熱射に藻掻き走りながらも、ようやく彼らは目的の施設までやってきたのだ。しかし地下の入口は封鎖されていた。無理やりこじ開けるとすれば、方法は一つ。
「奴らが攻め入る時、扉は開くはずだ」
「だけど私達はさっきの軍勢にも警察にも追われている身」
「つまり、制限時間ありのデスマッチか」
マリアーンとアナスタシアの2人も楽器のケースを乱暴に置きこじ開け、武器を取り出す。彼女はスナイパーライフル(VSS)と拳銃(M1911)、アブラハムは先程携えていた2丁のトカレフ、さらに背中にAKMを背負った。そしてマリアーンはマシンピストルであるマイクロウージーと、ボンを仕留めた例の拳銃(Cz75 B)を装備し、最終決戦の地に臨んだ。
「しっかし、こんな小さな神社に本拠地携えてるとはな」
アブラハムはその見かけに拍子抜けをしたようだ。
「"オンミョージ"の偉い人が祀られているらしく、そのパワーでも信じたんじゃない?人居なくてよかったわね。流石にこのクソ暑い中参拝する人もいないのかしら」
「門……?鳥居っていうのかしら、あれに五芒星があったわね。確かに、異質な感じはするわ。」
ヴァサンティがこの地の説明をすると、アナスタシアはその違和と照合する。神聖な、そして不気味な空気。だがこれから繰り広げられるのは聖戦なんかじゃない、平和な国で行う暴力的で軍事的な血なまぐさい争いだ、と伝えるかのような空間であった。
「俺だ。FLORIT代表、マリアーンだ。卑劣なるお前たちに直々に会いに行ってやったぞ。感謝しろ……!」
拳銃を構えたマリアーンが本堂の裏に銃口を向ける。アラート音と共に、地下から結界……光る魔法陣が現れ、落とし穴のように地面の「蓋」が空き、入り口が出現した。アナスタシアが持参した赤外線スコープで確認すると、幾つもの反応センサーが張り巡らされてあった。
「やはり万全の警備か、敵襲覚悟で乗り込むしか無いな」
「初めからそのつもりだったから宣戦布告したんだろ?」
マリアーンの提案に、アブラハムがにぃと口角を上げ、アナスタシアは覚悟を決めたように鋭く目を光らせる。時間はない。彼らは躊躇なく飛び降りると、けたたましいアラート音と共に白装束の軍団が押し寄せてきた。
「エイブ、弾数を考えて暴れろよ」
わかってる、と子供のように返事をしたアブラハムはすかさず敵の頭上まで助走をつけて飛び上がり、蹴りを入れて気絶させた。アナスタシアも無言で相手の刃物を取り上げ、奪ったナイフで投擲し別の敵の顔を血で汚す。日本には銃刀法があり銃弾の補充は困難。いかにそれを節約して戦えるかが重要となるのだ。マリアーンもまた、白兵戦によって鍛えられた体躯を活かし体術を基本に敵をなぎ倒していった。
「くそう」
「このままでは、氷雨様が危ない!」
戸惑う敵たちを容赦なく駆逐していく3人。その時、金属製の廊下を高速で走行する大型の金属塊……つまるところ、戦闘ロボットがこちらへ向かってきた。
「頼むぞ!」
ロボットの登場と共に、多くの白装束が撤退していく。追おうとするアブラハムを食い止めるマリアーン。
「おい、マーリャ!」
「落ち着け。物事には順番がある」
ボンに食いかかっていた従来の彼がありえないほど、冷静になっていた。時が人を変えたのだ。
「これを倒せばだいぶ楽になりそうね」
アナスタシアが臨戦態勢を整えた。――否、時だけではないだろう。人との出会いもあったかもしれない。
モーターの回転音。青く光る複数のLED。足は偶蹄類を彷彿とさせ、長細いコックピットには人影。殺人ロボットは複数のアームから回転刃を取り出し、アブラハムに斬りかかろうとした。
「予測ができる動きは感心しないね!」
アブラハムの躱せない速度ではなかった。次々とランダムに襲い来る刃にも翻して間合いを広げた。時折刃が床に刺さると穴が空き摩擦で火花が散る。
「薄着だから心配だな。お前程度のポンコツにはそれで十分だが」
マリアーンも後退をしながら挑発をする。操縦者がそれを読み取ったのか、アームの移動速度が上がる。
「安い挑発でもするものだ。ナースチャ、弱点は」
「関節部分を破壊して文字通りのポンコツにするのが早いわ」
しかし早まる殺人ロボットの動きにも慌てず、アナスタシアと作戦を練る彼の動じなさにアブラハムが思わず横槍を入れた。
「おいバカップル、俺を囮にするっていうのはナシな!」
「名案だな!」
「くそったれ」
舌打ちした彼と笑いながら攻撃を避けていくマリアーン。アナスタシアも俊敏な動きで躱していく……が、彼女たちは後退できる距離には限界があると予測していた。行き止まりが見えたのだ。
「さて、攻勢にでないとやべえぞマーリャ」
アブラハムが笑う、笑うが目は据わっている。
「相手が素人じゃなければな」
マリアーンは相変わらず余裕そうだった。彼はまだ持っていた氷が溶け切ったコーラの容器を床にぶちまけた。進もうとしたロボットの足が一瞬滑り、もたついた瞬間に彼はウージーを連射し脚部を破壊した。支えの無くなった機体はなすすべもなく破壊された。アナスタシアやアブラハムが敵から鹵獲した武器で関節部分の破壊を行ったからだ。
「軍用ロボットは地面の変化に適応できるが、操縦者の腕あってこそだ。"油断は隙に繋がる"、ボンと戦って学んだことさ」
コックピットから操縦者を引きずり出す。初老の痩せた男。マリアーンはアサルトナイフを首筋にあてると容赦なく殺した。重要人物ではないか、というアナスタシアの言葉を受け入れ遺体のポケットを弄ると一つのカードキーを発見した。アブラハムが部屋の場所を尋ねる。
「どの部屋だ」
「情報管理室?」
兎角ロボットの出処を掴めば情報が得られるだろう。彼らは今まで逃げてきたのとは逆方向に進み始めた。
彼らは漸くそれらしき部屋を見つけ、カードキーを通す。指紋認証を迫られて一瞬戸惑ったマリアーンであったが、アブラハムは抜かりなく、遺体から指を切り落としていた。認証が成功し自動で扉が開く。
「ここは」
一面のディスプレイ、そしてテレビ番組と思われる映像が流れている。下部にはよくわからない黒い機械が大量に設置してあり、放送局の調整室のようであった。
「……ダーヴィドが言っていた、"情報を管轄する機関"か。」
マリアーンは、英語で"検閲"と書かれたレバーを発見する。
「ボンも、中将も、ここで真実を歪められたのね。」
アナスタシアが悲しそうな目で装置を見つめる。
「なぁ、ここを壊すとどうなるんだ?」
「やめろエイブ。証拠として残す必要がある。壊して復元できるとは限らないんだぞ」
2人の言い合いをしている間にもアナスタシアは警戒していた。
「待って、何か……来るわ……!」
「あぁ、人間じゃないな、この足音は」
我に返るマリアーンも、異変に気づいた。
「また、ケダモノか……?」
アブラハムの嫌な予感が的中する。扉の向こうに、怪物の影。
「ケダモノとは失礼するな、侵入者ども!」
女性の声。よく見ると、2つの巨体の間に白衣を着た女の姿があった。
「氷雨の仇、ここで討たせてもらうよ!」
そして怪物はゲートをこじ開け、3人に飛びかかろうとしていた――




