Manifestation 「顕現」
「……そういうことだ。」
ダーヴィドが一部始終を説明した。嘗ての上官の変わりようにマリアーンは驚いていた。
「俺にも言葉が見つからん。だとしても、俺に責を問うのか」
しかしながら彼は、ダーヴィドが本当は何をしたいのか考えあぐねていた。
「そこまでは言っていない。抜け出したのは構わんが、これ以上"俺たち"を混乱させないでくれ」
強く訴えるダーヴィド。そこへ遠くからやってきた外野の声が横槍を入れた。砂浜のため、足音があまり聞こえなかったのだ。
「俺たち?やはり癒着していたんだな」
声の主はアブラハム。暑さで緑のジャージのファスナーを下ろしていたため黒のタンクトップが覗いている。
「貴様は……!」
そう、ダーヴィドの艦隊を壊滅させた張本人である。
「ああ、心配だから来てやったぜ、お坊ちゃま」
腕を組んでケタケタと笑う彼に、ダーヴィドは眉間の皺の数を増やした。
「ややこしくなるから来るなといっただろう、エイブ」
「マーリャ、お前一人で解決できるのか?」
愛称で呼び合ってはいけなかったことを、二人はここで思い出す。
「マリアーン、何故お前がテロリストと仲良くしている。感化されたのか」
いよいよダーヴィドは、マリアーン達を疑い始めた。当然である。仇と嘗ての仲間が手を組んでいる、これほど腹の立つ光景はそうない。
「奴は元テロリストだ。今は違う」
「何が違うというのか!」
声を荒げるダーヴィド。マリアーンも、さらさら弁明する気はなかった。
「おいおいお坊ちゃま話をはぐらかさないでもらえるかね。余程面倒なんだろう?」
ダーヴィドがアブラハムの胸ぐらを掴む。それをマリアーンがやめろと制止する。
「話を戻す。お前は一体何をしに来た。」
彼は単刀直入に質問した。ダーヴィドは答えない。
「逆に聞こう。お前は何をするために軍隊を結成した?」
マリアーンの稲妻傷が歪む中、アブラハムが身振りを合わせて言い張った。
「あんたの目の上のたんこぶを処理しに来た。……"メビウスの樹"と、繋がっているんだろ?」
「エイブ!」
余計なことを言うな、と小突くマリアーン。
「そうか。矢張りお前たちの思惑はそこか」
予想通り、そのような顔をしていたダーヴィド。
「どうなんだ」
しかし、実際はマリアーンもいずれ聞きたかった答え。ダーヴィドは言葉を濁す。
「俺が言える権限ではない。今はな。」
「海軍の長でもか」
不満を露わにするマリアーン。
「そうだ。……それに不確かな情報を提供しても仕方ないだろう」
「提供?」
てっきりダーヴィドが邪魔をすることを阻止するためにやってきたとばかり思っていたアブラハムは、語尾を疑問形にして聞き返す。
「私は中将を尊敬している。彼の意を誤って受け取る訳にはいかないのだよ。」
ダーヴィドは相変わらず不機嫌な顔をしているが、その理由は誤解にありそうであった。彼は部下含む全員の翻訳機の電源を切るように命じると、流暢で全く違和感を感じさせない英語で話し始めた。
「言ってしまえばこの事実は、民衆には隠されたんだよ。」
「……それは、隠蔽されたということでいいのか?」
マリアーンも驚いていた。
「嗚呼。俺の推測だが、このクーデターを隠蔽したのは秘密結社の報道管轄機関だ。マスメディアは全て結社が制圧しているという噂だしな。軍の上層部は事実を濁し、中将は事故死とされた。それならば、重要人物であったとしても大々的に取り上げられることはない。民間人相手には英雄の死を惜しむニュースが流れるか新聞の端に載る程度、クーデターと疑うリスクも少ないからな。俺は中将の健闘を侮辱した秘密結社と、それに癒着した軍に属している俺自身が耐えられないのだ。しかし、俺は海の平和を守る人間だ。民衆のために俺が辞任するわけにはいかない。そこでお前たちの力を貸してほしい、と頼みに来たのだ。」
ダーヴィドは、この上なく真剣に語った。騙すための口実とは考えにくい口調だった。
「じゃあ、俺が影を殺害した時の"事実"を隠したのも」
一方中東欧の訛りを多く含んだ英語で、アブラハムも返す。誤解が解けていく。
「おそらくそうだろうな。」
影の真実を隠蔽していたのは、軍ではなく関わっていた「彼ら」であったことを知るマリアーン。
「じゃあなんでフル装備で来たのさ」
だが艦隊を率いてまで来た理由がわからず、アブラハムは尋ねる。
「お前たちの偵察という体で来たからだ。密会するよりもこうして大々的に来たほうが、民衆も結社も安心する。」
ダーヴィドも場の空気が掴めてきたのか、先程よりも安定している。
「ステルスにはステルス、か」
マリアーンも、戦意がないと見えた部外者に、少し緊張がほぐれる。
「やることは分かった、協力する……が、結局のところ、俺達は何処へ向かえばいい」
そして秘密結社を倒すための導を求めた。
「正確には分からないのは前述の通り、だが一つ確かな事がある。」
「それは一体何だ」
「俺の義眼は、調べてみると日本製だと分かった。そしてこの義眼が、海戦で面倒な目に遭った。」
ダーヴィドは苦い過去を思い出すように、右目を撫でる。
「つまり、秘密結社による改造の際に、日本製の部品が使われているってことか?もっといえば、お前は日本で改造されたから、本拠地が日本にあると。わからないことはないが、早計じゃないか?」
アブラハムが聞く。なるほど、と関心するマリアーン。
「そういうことになる。案ずるな、あそこはアメンテスの活動範囲や欧米からも遠く魔法石も採れるという立地条件からも、本拠地として構えるのに最適な場所だ。だが、都市までは把握出来ていない。」
「そうか。施設名なども分からないか。」
「それが覚えていないんだ。記憶を抹消されたらしくてな。」
残念がるマリアーン。その時、通話システムからの通知が入る。インドにいるヴァサンティからだ。
「ヴァサンティ、どうした」
嬉々として、そして今までの過労でうんざりした口調から新事実が告げられる。
「やーっと"レメゲトンの箱"を追跡した結果が出たわ。エルネストは日本の京都で改造されたらしいの!」
「京都……!」
応答したマリアーンは、その都市の名前を呟く。
「話が繋がったな、ダーヴィド」
アブラハムが笑う。
「そこが最終決戦の地となるか。わくわくしてきたぜ」
そして、武者震いをし興奮する彼。
「嗚呼。俺たちに出来る最後の……」
「おいおい、幸先悪いこと言うなよ」
マリアーンも冗談だ、と返す。そこへ、感心していたダーヴィドが忠告する。
「そうだ……英語は練習しておけ」
「は?」
アブラハムが素っ頓狂な声を上げた。
「軍用翻訳機のクラウドシステムに、秘密結社が関わっているからな」
今までの話を聞き、だろうな、しかし訛りぐらいは許せとマリアーンも返す。
「日本語は?」
「"ワタシワルイモノジャアリマセン"(I'm not bad man.)で、いいだろう。お前が国際的な犯罪者だとしても」
アブラハムの質問に、ダーヴィドはたどたどしい日本語を交えてきついジョークを言った。
「ダーヴィド。」
「何だ、マリアーン。」
彼が踵を返す前に、マリアーンは最後の要求をした。
「1ヶ月時間をくれ。"俺達"もそんなに早くは動けないからな。」
ダーヴィドは承諾すると、その間に準備をしろと言い、船に戻っていった。
「マリアーン。また、行くのね」
「嗚呼。お前もついて来い。」
一見小屋のような拠点に戻ったマリアーンは既にいたアナスタシアと話していた。他に誰もいなかった。そこで彼女にも事情を話し、共に戦うことを提案した。
「本当?私も一緒に連れていってくれるのね!」
昔なら撥ね除けていた彼との同行を、今度は受け入れるようになっていたことをアナスタシアは喜んでいた。マリアーンも穏やかな表情で、口角を上げる。
「当然だ。」
この戦いが終わったらお前に伝えたいことがあるから、という言葉は隠した。軍部の端末へと向かう。そこにはヴァサンティや現地の通信班が作り上げた、独自のネットワークシステムによる通信状態のモニタリングがされていた。
「……マリアーン、」
「どうした、ナースチャ」
アナスタシアの呼びかけに、マリアーンが振り向く。
「無理しないでね。私がいつもそばにいるわ」
「分かった。ありがとう。愛している。」
軽く感謝の言葉を添えたマリアーンは、彼女の唇に軽くキスをする。
「おい。お前ら、何見てる」
気配に気づいたマリアーンが素早く駆け寄り、アブラハムを始めとした"伏兵"に制裁を与えた。
「あいてっ、もう"リーダー"、貴重な戦力になんてことをー!」
「リーダーか。俺も随分と偉くなってしまったな」
ふ、と笑い窓の外を見やる。美しく青い海を眺めていられるのも、あと僅かかもしれない。マリアーンは心の中で思った。
「決戦は、来月の8月だ。それまでにここの軍備を整え、俺たちが居なくても成立する環境を整える。」
彼は通信システムを用いて指示を送った。最後の戦いは、もう始まっていたのだ。
1ヶ月というのはあっという間に過ぎてしまうものだった。マリアーン、アブラハム、アナスタシアは秘密結社の本拠地に乗り込むことが確定していた。しかし全員を率いる訳にはいかない。舞台は大都市、規模を巨大化して暴れる訳にはいかないのだ。他にも課題があった。拡大しつつある組織の管理だ。容易いことではない。留守を頼むにしても信頼のおける実力者を選出しなければならなかった。ノウハウを教え、秩序を保たせる。正直なところ1ヶ月の期間ではとても足りないのだが時間がない。それでも、最大限の努力をしてなんとか彼らの代役を務めさせる配下を生み出すことが出来た。シャーヒーンやヴァサンティの協力も、当然あった。こうして、「旅支度」を彼らは整えていったのだ。穏やかな風が吹く中、モルディブのエアポートに到着したジェット機へ、大きめのキャリーケースを持った三人が少数の精鋭兵を連れて乗り込む。行き先は大阪、関西国際空港。そこから新幹線を経由し京都へ向かう算段だ。シャーヒーンは偽っていたが、これは決して外国人による観光ではない。
「行くぞ」
そう、決着をつけるのである。
京都、某所。真っ黒な壁と床と天井に、白い長机が1つ。椅子が3つ。
「おい、氷雨。奴らが来るぞ」
「そうだねえ。」
座っていた壮年の男同士が、軽い口論をしていた。
「大丈夫なのか?」
「ハリボテの軍隊に、用はないさ」
青髪の女が、氷雨と呼ばれた片方に質問する。楽観的に答える彼。
「ただ、我々も座ってばかりはいられないねえ」
"氷雨"は、頬杖をついて考えていた。何かを、企むかのように。




