Grubbing 「墓標」
ダーヴィドからの訃報から数日前、某所。
トップシークレットであるその部屋に明かりは付いていなかった。ラファエル中将は、軍部の大型端末を用いてマリアーンとアナスタシアの退役をあっさりと許可していたところであった。最終認証も、彼の権限ならすぐに通る。彼らを自由にした理由、それは彼の優しさだけに起因するものではない。もう、この軍はもぬけの殻となることを予測していたのだ。だが上層部は受け付けなかった。受け入れがたい宿命を、まるで嫌がるかのように。
「ラファエル、なぜ我々の可能性を、あっさりと手放したのだ」
部屋に大きな人影。"それ"は普段部下の部屋に出向くことはない男であったが、今回は別であったようだ。
「可能性というのなら、ここから手放したほうが的確でしょう、元帥殿」
叱ろうとするヘルムート元帥に対し、馬鹿にしたようにあしらうラファエル。
「わかっているはずです。貴方にも俺にも、もう"寿命"が圧倒的に足りない」
だがへらへらとした振る舞いとは裏腹に、その目は真剣だった。少しずつ、上官に対する敬意を捨てていく。
「俺たちは石によって生かされている。石の力が尽きれば、俺たちも尽きる。俺たちの軍は機能しなくなる」
彼らにとっては今更な事実だが、ラファエルは焦っていた。それはまるで、何か争いを起こそうとしているような。
「戯言を。何が言いたい。何がしたい。」
元帥は、鼻で笑う。ラファエルの緑の瞳が、より鋭くなる。
「これを以て最後の任務にするんだよ。お前たちを俺が片付ける。マリアーンとアナスタシアに出来ないことは、俺がやるまでだ。」
暗い室内に、外の部屋の明かりを受けて一筋の光が入る。ラファエルの手元から、ゆっくりと鞘から剣を抜き出す音がした。完全に刀身が抜かれた瞬間の出来事だった。
「死ね!」
ラファエルは地面を蹴り、勢い良く斬りかかろうとした。だがヘルムートは動じない。
「その程度か、所詮クズは改造してもクズだな。」
それどころかあっさりとラファエルの剣を片手で受け止め、掴んで彼方に放ってしまう。
「お前、俺を……!」
愚弄するな、と言いかけるラファエル。
「マフィアの息子とは所詮その程度ということだ。口は達者でも実力はアメンテス以下だ。」
軍を束ねていた将軍に言う台詞ではないが、元帥はあっさりと言ってのける。
「なんとでも言え。俺のような、お前のような改造人間に生きる術はもうない。元帥殿のご立派な椅子の上で犬死するのがお似合いだ!腐敗した組織の上に立つ者はいつだって驕り高ぶっている、自分の都合で人間を動かす!俺はアメンテスという共通敵のために奴らを勝利に導いたのは誇りだが、連合軍の犬だったことは、この上ない屈辱だったんだよ!」
舌打ちをし、言葉を吐き捨てるラファエル。
「貴様が嘗て我々と癒着していた"腐敗した"マフィアにいたままでも、さぞ乱暴者だったのだろうな。貴様も処理しておくべきだったか。なにせ、"組織全体"に喧嘩を売るつもりのようだからな……!」
皮肉をさらりと返す元帥に、ラファエルは遂に堪忍袋の緒が切れたとみえ、声を荒げて叫んだ。
「何を言われようと構わん……俺は、今から!」
剣を拾い上げ、矛先を元帥の方に向ける。
「軍隊という首輪を外してやる、たとえ狂犬と謳われてもな!」
嘗てのコードネーム、ケルベロスに擬えた言葉で訴える。しかし、ヘルムートはあまりに滑稽なのか、笑いをこらえているようだった。何がおかしい、と聞く前に男は通信装置を掲げる。
「……だ、そうだ。エルネスト。」
声の送信先は、アメンテスに関して海軍のトップであり、そして……ラファエルの親友である、同じく改造人間のエルネスト中将であった。
「ラファエル!?そん声はお前か……?一体、何よ言ているんだ?」
混乱する声の主。激昂するラファエル。
「てめえ……!」
そんな彼を軽く否し、エルネストに是非を問う元帥。
「さて、提督……判断を頼もうか」
元帥は通信機を投げ捨てる。壊れるのでは、というほど大きな衝撃音を立てそれは地面に落ちた。
「待て!ヘルムート!」
ラファエルは追おうとするが、通信機からの声で足が止まる。
「どげんした……?ないごて……?」
彼の親友の声が弱々しく訴えていた。
「精々友人と仲良く楽しむが良い!」
高笑いをし去っていくヘルムート。たとえまた斬りかかろうとしても彼には「全て見透かされている」ので、無駄な足掻きとなる。……つまり、ラファエルは、元帥と戦うことも、追うこともできなかったのだ。
「くそっ……!」
そうして部屋に残されるラファエル。だが彼には屈辱に苦しむ暇も無かった。数分もせずに、新たな人影が現れた。
「ラファエル……」
それは明らかに混乱している、6つ目の提督であった。
「この世界にケリをつけよう、エルネスト」
ラファエルはまるで吹っ切れたかのように、殺気を伴う笑みを浮かべていた。
「ないごて、味方同士で喧嘩せんといかんだ!」
エルネストは戦いを止めたがっていた。変換器を改変して訛っていた言葉からでも、伝わる悲壮感。
「俺達は生まれたこと自体が間違っていたんだよ!」
「そげなことはなか!全ての命ちは意味がある、価値がある!」
自分を否定したくない故に、訴えるエルネスト。
「アメンテスの連中だって、俺たちで倒してきて、世界を平和に近づけたじゃねぇか!」
彼はアメンテスの幹部、"魂"を倒したことを誇りに思っていた。失った仲間に対する最大の慰みとして。
「では、アメンテスが無くなったら俺たちはどうなる。平和になった世界に兵器である俺たちは要るのか」
だが、その願いと誇りはラファエルには通じない。
「そげなことは……じゃっどん、自分で墓を作っ必要はなか!」
「俺たちは人間を超えた存在、"悪魔"であってもか!俺達の存在を、人類が処理出来ると思うか!」
相変わらず止めようとするエルネスト、あくまでも押し切ろうとするラファエル。平行線のまま続く話に、彼は剣を鞘に戻した。
「やめろラファエル、俺達は決して悪魔なんかじゃねえ!奴らが勝手に決めただけじゃ!」
「奴ら、か……俺とお前が初めて出会ったのはお互い試験管の中だったな。レメゲトンプロジェクトの失敗作とされ、奴らに"処理"されかかっていた俺を救ってくれたのは何を隠そうお前だった。改造人間兵器というクソみたいな人生の中でも、お前の明るさに希望を見出していた。俺は、そのお前を裏切って殺そうとしているんだ。こんな思考、人間にできるか?」
最後の方は自虐めいた悲しい声で、ラファエルは独白のように呟いた。
「お前は不器用なだけだ。俺と一緒だ。」
「お前と一緒なのか、なら……」
励まそうとするエルネスト。だが、ラファエルは。
「所詮、殺し合うことが最高だと思わないか!」
剣を再び引き抜き、昂ぶった状態で構えの姿勢を取った。
「ラファエル!」
男は叫ぶ。
「俺は連合の反逆者、お前の誇りの為に戦おう!」
「何を言うとる!……俺たちは、戦うしかねえのか!」
エルネストは、諦めた。ベルトについたケースの中にあった隠し持っていた純水のアンプルを叩き落とし、割れて出てきた水から彼の「異能」によって一本の小刀を作り出す。
「それで戦うつもりか」
「お前相手にそんな無謀なことはせん」
彼はそう言うと同時に、ラファエルの部屋のウォーターサーバーに向かって小刀を投げ、タンクを破壊した。溢れ出た水が「彼の元に現れ」、一本の槍を形成する。それを手に取ると、槍術の構えを取った。
「準備は出来たか」
「嗚呼。覚悟もな。」
低く呼応したエルネストの5つの左目がぎょろりと動き、ラファエルを捉えた。
「決闘だ!」
ラファエルが斬りかかる。エルネストは槍の柄を用いて受け止める。彼の武器はあくまで水なので、衝撃による金属音は鳴らない。しかし決して貫通を許さないのだ。超高速で流れているそれは、剣の動きを跳ね除ける硬さを持っていた。
「生半可な覚悟で俺に勝てると思うな」
エルネストの海のような青い瞳が据わる。ラファエルの草原のような緑の瞳が輝く。それは、友情の決裂を意味したのか。
「嗚呼、そういう戦いを俺は望んでいた!」
跳ね除けられても動じもしないラファエルは、剣を構え直すと今度は下段から上に斬り上げようとする。エルネストは受け止めるが、流速が落ちていく。
「まだ、まだ本気を出していないのかエルネスト!」
剣戟を鳴らし続けたラファエルは遂に鍔競り合いにまで持ち込んだ。このままでは勝機がないと思った彼は流れを瞬時に変えて剣を跳ね除けてから、槍を変形させて長細く鞭状にし横に薙ぎ払った。ラファエルの上着が裂ける。本気でこの能力を使ったら腹を傷つけただろう。エルネストはまだ戦いたくない、という思いもまた消えてはいなかった。詰めが甘いところを、ラファエルは容赦なく突く。吹き飛ばされた間合いを逆に利用し、剣をカーペットに突き刺し体ごと軸回転しエルネストの腰に蹴りを入れた。呻きと共に横に倒れる。そして彼の太腿に容赦なく剣を突き立てた。
「ないごて、ラファエル……!」
鮮血が銀色の剣と床を濡らす。ラファエルの目は爛々と輝き、犬歯も爪も鋭くなっている。彼はもはや彼でなくなっていた。腕を自在に曲げ常軌を逸した関節の動かし方をし、ゲラゲラと笑っていた。
「さぁ。俺も分からない。ただ自由を見たかったのかもしれないな。」
彼が剣を鋭く引き抜くと、血しぶきと低い悲鳴が上がる。それでも堪えたエルネストの5つの目が蠢く。そして、ラファエルの目を射抜いた。
「自由……?何よ言う、お前のやっちょっこちゃ、ただの暴力だ!」
水の鞭の一部を銃弾のようにラファエルの左目を狙って発射した。目潰しを躱せなかったラファエルは鈍い声を上げ、よろめいたところでエルネストがゆっくりと痛みを堪えながら起き、今度は右頬を目掛けて思いっきり殴った。骨の折れる音がした。口から血が滲むラファエル。
「面白くなってきたな」
「こげなものの、どこが楽しい!」
怒りに目を輝かせるエルネスト。皮肉にも彼は本気になっていた。
「なら、お前の正義の名の下に俺を殺してみろよ!」
狂ったほどに瞳孔を開き、笑顔でラファエルは剣を構え直し斬りかかった。だが、エルネストは剣を受け止めようとすらしない。
「俺の正義は……」
容赦なく斬られつつ、抵抗しないエルネスト。常人なら死んでいる域だ。
「俺の正義じゃ、」
白い軍服が、赤黒い血に染まる。彼の視界が暗くなっていく。
「お前を殺せない!」
「何故だ!」
心臓を狙った一突き。これで決着がつく。
「俺はお前を……救いたいからっ!」
だが彼は違った。壁際に追い詰められたことを利用し、まだサーバーに残っていた水を懇親の力で動かし、ラファエルの剣をへし折ったのだ。その衝撃で、ラファエルの手から剣が滑り落ちる。
「エルネスト……」
戦意喪失した、否、正気に戻ったラファエルがよろよろとエルネストに近寄り、頬を撫でる。
「ラファエル、お前、」
もとに戻ったのか。と血を吐きながら言う。彼の目には涙が溢れていた。
「すまない、エルネスト。すまない……!」
謝っても無駄だと分かっていた。それでも、謝らずにはいかなかった。瀕死のエルネストを抱きしめるラファエル。彼の右目にもまた、涙が溜まっていた。
「俺が間違っていた」
「いや、お前の判断は間違っとらん。」
エルネストの意外な発言に、ラファエルが目を合わせる。
「ボンを倒したマリアーン君とアナスタシア君なら、奴らを……」
「エルネスト……」
彼もまた、それを望んでいたのか。では何故自分は。ラファエルは言葉に詰まる。
「だが、一つ心配なことがある。ダーヴィドだ。」
愛する部下の名前を挙げたエルネストは続ける。
「彼奴、俺のことを気遣ってくるっのは良かが、盲信をしちょっのではと思ものだ。」
心配そうな顔をしていた。次代に、真実を託せるか。彼らは不安だった。
「彼奴も真実に導いてやれ。」
「……それができる立場ならな」
だがラファエルに、それは不可能だった。
「お別れだ。ラファエル。」
「嗚呼。これで忌々しき俺達の一生も終わる」
立ち上がるラファエル。立てないエルネスト。
「……ありがとう(Merci.)」
「すまなかった(Scusami.)」
最期の言葉。
そして彼は走り去り、そして彼は目を閉じた。
誰もいなくなった部屋に、背の小さい、白衣に身を包んだ青髪の女と数人の「白装束」が現れエルネストの死体に近寄る。一人の白装束が持っていた、見慣れない機械にそれがスキャンされる。
「"フォルネウス"の死亡を確認しました。龍騎様」
「ご苦労。"ナベリウス"の方は」
「逃走中かと」
「まぁよいだろう、奴も間もなく死ぬ」
腐ったモノでも見るかのようにそれを見下すと、周りに指示を出す。
「次の段階に移るか」
その女は、歯を見せて笑った。




