Schism 「分裂」
「では、シャーヒーン様、」
「ああ。商談成立だな。君の会社の発展を祈るよ」
「有り難きお言葉。」
銀のスーツを纏い、クーフィーヤをしたシャーヒーンと、濃い灰色に水色ストライプのワイシャツ、青緑のネクタイをしたマリアーン。
「事業計画書も一通り読んだ。正直稚拙だが俺様もフォローするから安心してほしい」
「恐縮です」
窓の向こうには、魔法石によって近未来的な都市へと発展したドバイの夜景。
「……矢張り、あまり堅苦しい言葉を聞いてても仕方ないな。」
シャーヒーンが言葉を崩す。
「嗚呼。だが、これが俺たちの"事実上"の初対面だ。」
「そうだな」
数多の光が、街を照らす。
「ポストアメンテスの時代か」
マリアーンは無言になる。
「おそらく、お前はアメンテスを超える。俺は期待しているぞ。」
怪物退治から3日後、ドバイ、夜7時。かくして”FLORIT”は輝く。シャーヒーンの"居城"でしばらく過ごしたマリアーンは仲間の助けあって民間軍事会社を設立した。手続きはとても簡略化されていた。連合軍部への辞職も、あっさりと許された。あのラファエルがなぜそのような判断をしたのかは当初のマリアーンとアナスタシアにはわからなかったが、兎に角恐ろしいほど順調に進んだのだ。
シャーヒーンの手助けもあり簡単な契約で起業し、青い海と島々の広がるモルディブの首都、マレに拠点を携えることを可能とした。1週間もしないうちに早速兵の志願者が集う。元アメンテスの人間、失業者、ゴロツキ共や犯罪者まで様々であった。基本的な体力テストと論理的思考能力、倫理性の確認を行ってから候補生を決めるのだが、本拠地周辺の教育水準の低さがマリアーンは非常に気になっていた。貧しさから学ぶことを捨て、無秩序に走る民。だが発展の見込めない現状に嘆くわけにもいかないので、意欲があり素質の見られた兵に言語や知識を教え込ませる"教官"も傭兵から雇うことにした。中には、メタ的な表現を用いるが……この小説の言語を母国語とする……即ち教師になれなかった「日本人」も、ナーマが設定したアンダーグラウンドなインターネット環境を用いて雇うこともあった。通話サービスを用いて教材を作り上げる事によって、世界中から「教師」が集まったのだ。彼の意志から少年兵を用いることはなかったが、未来のために現地で教育を施すボランティアにも展開した。軍事産業というよりは、もはや非政府組織(NGO)である。
アブラハムは人脈を活かし、アメンテス時代の人間や武器を購入した。彼のメインウェポンであるAKMやマリアーンの愛銃Cz75、そしてボンが肌身離さず持っていたAK-47など、旧東側諸国の武器は比較的集まった。鹵獲した連合軍の旧式レーザーライフルもあったが、魔法石製のバッテリーがなければ厳しいだろうと泣く泣く捨てることもあった。そして、無知な者たちに構え方やリロードの仕方、連射の反動の考慮など、銃火器の使い方を教えた。兵、兵站、武器、情報。全てに質と量がなければ秘密結社には勝てない。それには金も必要であった。シャーヒーンから託された資金の用途を端末で確認するアナスタシア。それは返すべき金なので、利益を生み出す必要もあった。周辺国からの依頼に応じ、アメンテスの鎮静による治安維持へと軍を派遣させることもした。こうして組織は、少しずつ形を作っていったのである。
「ここはかつてのアメンテスよりも、秩序があるな」
「そうか。不器用なりにやってみるものだな。影をここに招きたいぐらいだ。」
「……昔のお前なら、絶対言わないセリフだ。」
「嗚呼、そうだろうな。」
アブラハムとマリアーンは、拡大する自分らの組織を高台か眺めていた。昔を懐かしむ。自分たちはここまできたんだ、と振り返っていた。そこへ、アナスタシアが合流する。皆、連合軍のものではなく現地調達した軍服を着ている。マリアーンは、ボンの形見の青緑のスカーフを首に巻いていた。
「マリアーン、現地より報告。コッテ(スリランカの首都)でのアメンテス鎮圧に成功したわ」
「了解、損害情報もあとで確認を頼む」
「了解したわ。……あら、子どもたち」
数人のモルディブ生まれの子どもたちが、業務連絡をしていた3人の元へ近寄ってくる。身を屈め子どもたちの目線に合わせたアナスタシアが、公用語であるディベヒ語で挨拶をした。
「kihineh tha?(こんにちは、ご機嫌いかが?)」
子どもたちは目線をきょろきょろさせていたが、やがて一人の女の子が「Please take this.(これ、受け取って)」と白い布を彼女に渡した。
「ありがとう。これは?」
「これは、絵だよ」
隣りにいた男の子が話す。
「見ていいかしら?」
彼女は英語で続けると、子どもたちが頷く。そして布を広げると、それは子どもたちの描いた一枚の絵であった。白い肌の人と、黒い肌の人、黄色い肌の人。皆が手を取り合って、その上に"Friend"という文字がある。地面はピンクのペンで花畑が描かれていて、"Peace"という文字が大きく書かれていた。
「素敵な絵ね!」
アナスタシアは笑顔で子どもたちを褒める。よく見ると、喜んでいた彼ら彼女らの手は、ペンで汚れていた。渾身の出来なのだろう。
「俺たちにも考えさせられるな。」
マリアーンは感心してその白いキャンバスを見つめる。何かを閃いたように、アナスタシアの持っている布を掴んだ。
「なぁ、これを俺たちの組織の旗にしないか。」
「お、おいどうしたマリアーン。カッコつける割にそういうのは」
アブラハムが急な提案に珍しくどぎまぎしていた。アナスタシアはいい案ね、と賛同する。
「いいや、最大級にカッコつけてるだろ?」
稲妻傷の方の目を瞑り、ウィンクをするマリアーン。彼も子どもたちの視線に合わせるよう、膝を曲げた。
「いいか、お兄さんは君たちの願いを叶えるために一生懸命頑張るから、応援してくれよ」
「ありがとう、おじさん!」
子どもたちは満面の笑みで、彼を応援した
「……"おじさん"か。教育改革をしなくてはな」
「それは洗脳っていうんだぜ、マリアーン。」
へらへらと笑うアブラハム。マリアーンも、本気ではない。
「でもさ……お前、父親っぽくなってないか?」
「そうだな。この戦いが終わったら、俺は……」
言いかけたところで鳴る端末からのアラート。アナスタシアが確認をする。不協和音を不安がる子どもたちに、アブラハムが早く家に帰れと指示した。
「場所は」
「北西の沖から、敵艦隊を発見したようだわ。」
マリアーンは素早く状況を聞こうとする。艦隊を率いるなど、大規模だと感じていた。
「誰が近づいてる。アメンテスか、秘密結社か?」
入ってきた情報に、アナスタシアは目を疑った。
「……連合軍!?」
その途端、マリアーンの無線に情報が入る。クリアな男の通る声が、周りの3人にも聞こえるように流れた。
「初めまして。否、初めてじゃない奴もいるな。」
「その声……!」
アブラハムも動揺した。この高い声、聞き覚えがある。
「おい、知っているのか」
「あったり前だよ……あいつは……」
マリアーンも、意外な来客に驚きを隠せないでいた。だがあくまで冷静に名を訊いた。
「誰だ。名を名乗れ。」
そしてその答えは、直に返された。
「私は第3艦隊司令長官、ダーヴィド。ダーヴィド・レーヴェンヒェルムだ。」
「ダーヴィド……」
あの海戦の生き残りである"陰謀によって作られた"彼は、再び海に降臨していた。
「何の用だ。」
「……前司令長官の弔いの言葉を君に捧げに着た。」
「隠喩を使うな」
厳しく返すマリアーン。さすがのダーヴィドも痺れを切らし、乱雑に言葉を吐き捨てた。
「なら自分の目で確かめろ、裏切り者!」
混乱を避けるため2人とは別れ、護衛数人と待ち合わせて海岸へ駆り出したマリアーン。それまでの道をオフロードバイクで走り抜けた。車では狭い道が気になると、彼の意向で選んだ二輪駆動車は颯爽と砂利道を駆ける。廃墟となったリゾートに自然に生えてきたヤシの木。観光客の減少で皮肉に復活したサンゴ礁を湛え、砂浜の性質と相まってどこまでも青く透明な海。最後の楽園と嘗て謳われただけの美しさがそこにあった。出来れば、彼も気晴らしのツーリングとして行きたかっただろう。だがその先に待ち受けているのは、一つの試練と真実であった。海岸には艦が出せないと見え、小型の銀色のボートが複数台、目的の海辺に浮かんでいた。こちらの護衛は3人ほどに対し、ボートから降りた白い軍服は数十人はいた。戦って勝ち目はないが、戦うために来たのではないだろう。敢えて戦意を見せずに、マリアーンは軍の主を呼ぶ。
「ダーヴィド!」
部下の報告を聞いて反応したのか、一回り大きなボートが前進し、砂浜ギリギリまで近寄った。そこから降りてきたのは、海軍特有の青みがかった黒色のワイシャツ、手袋、ブーツに白い軍服と軍帽、深い空の色を映したネクタイをした男。跳ねた明るい金髪に眼帯をしていない方の青い瞳と整った顔立ちのせいで、まるでおとぎ話の王子様のような風姿である。
「……君が、マリアーン君か」
だがその目線は冷徹そのものであった。高い声とはいえ、それには威厳がある。
「何だ。こんな辺鄙な場所に」
マリアーンもバイクから降り、軍服のまま話を続ける。
「君が軍から抜けてからの話を説明する必要があってな」
「俺には関係ない」
彼は興味なさそうに突っぱねた。
「お前に問題がなくても、世界に支障をきたすんだ。」
しかしそれを否定し、脅すような口調でダーヴィドは話す。
「……お前の上司であるラファエル中将がクーデターを起こし、俺の上司、即ち第3艦隊司令官であったエルネスト中将を殺害した。」
「何……!?」
マリアーンは、危うく護身用の銃を落としそうになるほどの衝撃を受けた。
「事実だ。お前たちが軍を抜けたせいで、秩序が崩れたのだ。」
「なぜ、そう言い切れる」
だが、マリアーンは決して自分の行動を後悔してはいなかった。
「詳細を話す。」
食い下がらない彼に対し、ダーヴィドは重い口を開こうとしていた。




