Growth 「発展」
爆風の向こうから現れたのは、間違いなくアナスタシアであった。
「ナースチャ!」
マリアーンが思わず叫ぶ。
「帰ってこなかったから心配したのよ」
「まだ2日しか経ってないぞ」
ランチャーを担いだ女の台詞とはいえないほど、その声は寂しさに溢れていた。
「どうやって特定した」
アブラハムが怪訝な顔をして質問するが、アナスタシアは適当に逸らかす。
「……ちょっと、ね」
「というか、市街地でグレネード使うなよ」
シャーヒーンが呆れ顔で口を挟む。白装束の親玉はまだ生きているらしく「畜生」と捨て台詞を残すと、逃げながら置き土産にレイピアを地面に垂直に立てた。
「何をするつもりだ」
マリアーンが再び臨戦態勢を整えると、地面が隆起し周辺の低い建物が崩れた。"それ"は地下に眠っていた。刺さったレイピアの魔法石が呼応し、それを目覚めさせたのだ。崩れる地形にバランスを取る人々。戦闘に携わる3人も、来る気配に間合いを広げた。
大地を破り現れた怪物。体高5メートルは確認できる。豚の肌色。長い顔と思われる部位に青い目が7個、4つに別れた指と思われる部位には蹄や猛禽の爪。手は8本。奇声をあげ、3人の元へ這いつくばって向かってきた。
「化物相手に3対1か。受けて立とうぜ」
「マリアーン、貴方の友人って勇敢なのね」
「……さぁな。」
苦笑いを浮かべるマリアーンは、アナスタシアに武器の残量を尋ねる。銃弾で太刀打ちできる気配が見られないのだ。
「それで、アサルトナイフは」
「……2本」
一つ貸してくれ、というと彼女から素早く差し出され、受け取る。彼は右手に拳銃を、左手にナイフを構えて敵を睨んだ。
「あ!それどっかでみたことある!えーと、メタ」
「お前は後方支援を頼む。愛用の|ソレ(AKM)の弾数なら行けるだろう。誤射するなよ」
アブラハムの色んな意味でスレスレな発言も遮り、マリアーンは指示を出した。
「ナースチャ、お前もライフルの弾が尽きるまでは後方で頼む」
「了解したわ」
「ちぇっ、俺の扱いが明らかに悪くなってる!いいよ。弱点ぽいとこ狙えば良いんだろ!」
舌打ちしたアブラハムは敵の複数の目玉を目掛けて、ライフルを発射した。それと同時にマリアーンが助走をつけて高く飛び上がり怪物の手を足場に、登っていく。襲いかかる別の手は銃弾で牽制し、相手が動く前に怪物の腕にナイフを刺す。そのまま降りていく。腕の一本から鮮血が吹き出る。化物は大きな叫び声と共にバランスを崩し、横に倒れた。
「おい、マリアーン、離れろ!」
「何だ」
怪物の7つの目が青白く発光する。彼は発射の射程から間一髪で逃げたが、発射された光線の形跡は灰になっていた。
「連中は……街を破壊する気か!」
怒りに震えるマリアーン。銃弾が尽きたと見え、ライフルを地面に置きナイフを片手に俊足で駆けるアナスタシアの姿があった。
「私も前線に行くわ!」
彼女もマリアーンに劣らない運動神経の持ち主であった。崩れた瓦礫や壁を利用して相手の目元を狙おうとした。攻撃手段を奪い、街の破壊を食い止める。自分よりも周りを考えて攻撃しようとしていた。それを察したマリアーンは残る腕の破壊に専念した。しかし、アナスタシアが3つ目の瞳に傷をつけようとした矢先のことだ。マリアーンが腕への攻撃を否され、壁に吹き飛ばされた。彼の方を確認しようと振り向いた瞬間に、別の手でアナスタシアは捉えられてしまったのだ。怪物の手に掴まれ、呻くアナスタシア。持っていたナイフで傷つけるが、力が入らず手から降りていく。圧迫されて力が弱くなっていくのが、分かるのだ。ここで死んでほしくはない、叩きつけられる寸前に足で蹴伸び、すぐに怪物の胴体まで近づく。彼は首を目掛けて垂直に走り抜けた。急所を狙うとわかった怪物は顔をマリアーンの方に向け、光線を発射する準備を始める。充填され目が青く光っていくのを阻止したのは、瞳を狙ったアブラハムの銃弾。怪物が仰け反り、首が顕になった瞬間にマリアーンがアサルトナイフを深く刺し、そのまま力いっぱい下にナイフをずらした。
「死ね、化物っ!」
愛する人を傷つけられた罪を知れ、彼は十字に傷を入れ込むと、真っ赤な血を流し倒れていく怪物。それの手から離れ、落ちそうになったアナスタシアを抱きとめた。
「……心配しないで。私、は」
「いい。今は喋るな」
余分な体力を消耗するなと諭し、土煙の中彼女を横抱きにして彼はシャーヒーンの元に戻った。
「彼女が来たら途端にカッコつけやがって」
不服を漏らすアブラハム。マリアーンは、ヴァサンティの無事を確認した。
「あのハッカー女は」
「侵入に成功したようだ」
なんとかヴァサンティのマンションは無事だったので、4人はハッキングを続けていた彼女の家に入った。
「何よ、今度は連合軍の女?いくら金で雇うって言ったって、私にも仕事を選ぶ権利はあるわよ!」
コンピュータから目を離しはしなかったが、部屋の主は明らかに怒っていた。彼女もまた、復讐心で動いていたのは変わらない。
「ヴァサンティ、嘗てのアメンテスも、国境ではなく意思で団結していた。立ちふさがる敵が同じなら、昔の因縁を捨てて戦えると思うが、どう思う。」
「そんな事言ったって仕事も資源もプライドも奪った人間が軸になるんでしょう、知ってるわよ!」
回転椅子を回し振り向く。怒りを抑えきれない彼女。彼女の気持ちも充分に理解できたマリアーンは鞄の中からスカーフを取り出した。美しい綿の水色のスカーフ。そう、「影」のものである。見覚えのあるヴァサンティは、目を見開いた。彼はゆっくりと話す。
「俺が、"影"の代わりになることはできないか」
「無理よ。あんなに優しくて、強くて、かっこよくて……」
彼女の目は潤み、声も涙ぐんでいる。冥府の人間は使い捨ての実力主義と聞いていたが、実際は違ったのだ。絆がある。"彼"は友達が居ない、と嘆いていたが、憧れを抱かれ共に生きた仲間はいたのだ。その絆を破壊しようとしていたことに気づいた3人は、彼女に深入りしないことを決めた。
「……悪かったな、他を当たろうか?」
アブラハムが気まずい雰囲気をなんとかしたくて提案したが、それを拒否したのはヴァサンティ本人であった。
「待ってよ。私の質問に答えて。あんたは、カインの何なの?」
涙を浮かべるヴァサンティ。「影」を殺した人間の答え。彼女はそれを尋ねた。
「親友だ。だから、真実を確かめにここへ来たんだ。」
「……親友?ふざけないでよ」
声色を変えて脅すように言ったヴァサンティに、端末にコピーした「あの時」の音声データを再生する。嘗ての仲間の声に、涙ぐみヴァサンティ、いや、「名前」。全てを聞き、全てを知った彼女は腹をくくった。
「マリアーン、あんたは影が信じた男なのね……仕方ない、あんたに託すよ、真実とやらを」
「人が増えてきたね」
ドバイ行きのジェット機に戻ったアブラハムは、手を頭の後ろに組み呟いた。
「どういうこと?」
アナスタシアが尋ねる。ここにいるのはマリアーン、アブラハム、シャーヒーン、アナスタシアの4人。ヴァサンティはとりあえずインドで準備をしてもらうことになっていた。自動運転のため操縦者は存在しない。質問に対し、彼女には説明してなかったとマリアーンが話す。
「ねぇ、貴方は友達に会いに行くだけじゃなかったの?何か良からぬことを企んでいるの?」
マリアーンは返す言葉……もっと言ってしまえば言い訳を考えていた。
「半分は正解、半分は不正解ってところかね、姉ちゃん」
代わりに答えたのはシャーヒーンであった。
「貴方は誰?」
「俺様はシャーヒーン。マリアーンに力を貸す者さ」
「ねぇ、マリアーン、やっぱりどういうことか説明して」
彼の肩をゆさゆさと揺するアナスタシア。煙草を取り出そうとしたが、シャーヒーンにここは禁煙だと言われ眉間に皺を寄せた。重い口を開く。
「俺たちは、連合に反旗を翻す」
「待って、それって」
「アナスタシア、そういうことさ。見ただろ。あれは連合に送れなかった"失敗作"なんだよ」
アブラハムが、彼に似合わない深刻な口調で話した。
「あの化物は、元は人間だった。海軍の第3艦隊みたいな、立派な"兵器"になる予定だったんだろうな。陸軍は改造に反対の立場を立つ者、例えば元帥のヘルムートだな……そういうのが多かったしあまり見る機会はなかっただろうけど。そもそも秘密裏に行動していた秘密結社のことだ。軍部の人間だって把握出来る人間はそうはいない。」
「詳しいのね」
アナスタシアは混乱しつつも、アブラハムの解説に関心した。
「すこし俺も海にいたからな。」
「あれも、成功したら軍人として……」
「ああ。海の連中は改造されると目が青っぽくなる傾向があってな。あの化物も瞳が青かっただろ?例を挙げると胡大佐と弟の"魂"の目の色だ。あれは同じ親から生まれた兄弟なのに、兄が黄緑で弟が金って違うだろう。遺伝学的に例外だってあり得るが、それよりも改造で"青く"なった方が考えやすい。同じくタスクフォース31の司令官ジョベラス大佐や、第3艦隊トップのエルネスト中将も青系統。白人ですら憧れるブルーグレーの瞳、だが連中はその青とは根本的に違った。海の色に見立てたウルトラマリンブルーの色素を人為的に注入して改造したのだろう。気色悪い連中だ。」
マリアーンの予測に、アブラハムは話を続ける。アナスタシアですら知っている海軍の重鎮の正体を知り、彼女は言葉に詰まった。混乱を極めている、そんな様子であった。
「俺達は人道から逸れてまで軍拡を勧める秘密結社を叩く。たとえ連合軍の敵となってもボンとの約束を果たすため、本当の敵を見定めるんだ。」
「ねぇ、それって私達が今までやってきたことを、否定するの……?」
「お前のやってきたことは正しい。それはお前の信念で動いたからだ。ただ、より巨大な陰謀の上で踊らされていたということさ。」
マリアーンの信念に尋ねるアナスタシア。それにシャーヒーンが答える。残酷な真実。彼女はショックに目を伏せた。
「軍のことはどうするの?生活はどうするの?」
だがアナスタシアが挙げているものもまた、真実であった。
「だからお前は巻き込まれてほしくなかったんだよ……!」
苦虫を潰した顔で頭を振るうマリアーン。
「目をそらさないでよ!仮に貴方が何かを結成したとしても、ロマンで組織は動かないの。仲間が居ても地に足がつかなければ崩壊してしまうわ。その先を私は心配して」
「大丈夫だよ姉ちゃん。」
助け舟を出したのはシャーヒーンであった。
「俺様が金を出す。無論お前らの生活も保証する。金利も返済期限もないぜ。」
「そんな都合の良い話」
すかさずアナスタシアは噛み付くが、彼は振り落とすような口調で重大な目標を設定した。
「その代わり、秘密結社の撲滅を条件としてもらおう。」
「嗚呼、そのつもりで俺は建てるつもりだ」
それにも動じないマリアーン。
「建てるって、何を?」
アナスタシアが、動詞の意味を尋ねた。
「民間のための……民衆の為の軍事組織だ。」
「軍事組織……」
呆れているのか、困っているのか。アナスタシアは言葉が出なかった。
「無論、軍は辞める。閣下に何を言われようが、俺はそこから抜け出す。」
一方、マリアーンは決心を固めていた。
「……貴方が決めたことなの?それとも、影の妄言に捉えられているだけなの?」
「俺が決めたことだ。」
「……それなら、」
顔を上げるアナスタシア。
「貴方を愛するものとして、信じるしか無いわね。」
「ナースチャ……!?」
急変するアナスタシアの思惑に、戸惑うマリアーン。だがその真剣さを受け取っていた。
「私も軍を辞める。貴方の組織に、貴方の答えに賭けるわ。」
彼の意思を尊重するように彼女もまた、決心をしたのであった。
「組織の名前は考えてあるか?一応必要な情報だからな」
ふふ、と笑いながらシャーヒーンが答える。
「ああ、候補だが」
「ちょっとまって!俺聞いてないよそれ!」
マリアーンがあっさりと答えるので、思わずアブラハムが慌てる。アナスタシアはくすくす笑っていた。
「"Force of Liberating and Operating RIght for Truth"(真実のために正しい作戦と開放運動を行う軍隊)、略して"FLORIT"(フローライト)」
「随分無理があるな」
「会社なんぞそんなものだろう」
アブラハムのダメ出しを無視してアナスタシアが喜ぶ。
「蛍石(fluorite)にかけているのね!」
「あー、そういう」
シャーヒーンが納得する。揃う意思。
「さて、人とモノを集めるか。」
「向かう場所は」
端末から地図を展開するアブラハム。
「候補は南~西アジアでどうだ。」
地図を覗き込む3人。マップに国名と都市が浮かび上がる。
「たしかに秘密結社の本拠地も不明だし、安定した陣を構えたいもんな」
「でも、具体的に何処にするの?」
アナスタシアの質問に悩む男3人。
「パキスタンはインドとの関係がまだ宜しくなく、トラブルが起きやすいだろう。ヴァサンティが狙われるリスクがある」
「民族問題は何処でもあるからねー。」
考察する二人に、マリアーンが地図の一つを指差した。
「モルディブ……」
「あ?お前がダイビングでもしたいから言ったんだろ?」
アブラハムが横槍を入れる。しかし、シャーヒーンは頬杖をつき意見を交える。
「否、賢明な判断かもな。資源が取れないから連合軍もアメンテスも蔓延っていない。しかし観光業で栄えていた00年代から諸外国の治安悪化によって客は減り、再び貧しい国になってしまった。そこで支援の見返りとして、拠点とするのも手だ。軍も弱いので結束・教育が必須だけどな。」
マリアーンは口角を挙げ、席に座りなおす。
「そうだな、シャーヒーン。商談と行こう」
「了解。」
ジェット機は、シャーヒーンの持つオフィスビルに向かっていた。




