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Counter the Amenthes - Truth of Shadow  作者: 霧上
後編 - Dawn
10/17

Diving 「潜入」

「で、あたしを雇いたい訳?」

散らかった薄暗い部屋の中で、古代遺跡のようなVR(仮想現実)装置の向こうから覗く赤い瞳。不服そうでもあり、期待も半分はある、そのような眼差しであった。少女は、仕事を探していたのだ。

「いいけど、KAROSHIさせないでよぉ」


経緯を話すとこうだ。彼女はインドに住んでいる。そこで結成した3人はヘリコプターからシャーヒーンの私物であるジェット機に乗りムンバイ空港へと向かったのだ。そして彼女の家に相談しにやってきた。どうして彼女に出会う必要があったのか。一言で説明すれば「アブラハムのコネで情報班のリーダー候補を見つけた」からである。なぜアブラハムが見つけられたのかは以下に述べる通りである。


去年、連合海軍に大打撃を与えた一連の海戦――テロリストグループ「アメンテス」によって胡大佐、ジョベラス大佐(以上二人は対アメンテスの双璧と言われた英雄である)含む将校8人が死亡、海兵も700人超の死傷者を出した大規模なそれ――は、アブラハムの密偵と一人の少女の電脳空間へのクラッキングが原因で「魂」を筆頭とするテロリストの一斉攻撃に対処できず壊滅したという経緯があった。少女の正体はヒンディー語で「名前」を意味する「ナーマ」というコードネームを付けられたヴァサンティという、当時18にも満たない天才ハッカーであった。彼女の情報処理技術なら秘密結社の裏も突ける、そう考えたマリアーン達はアメンテスが潰れる前に彼女を雇おうと目論んだというわけだ。嘗ての敵であろうが関係ない。真実を追い求めるには強力な人材が必要だった。


「片付ける時間ぐらいあってもよかったでしょ」

三人が部屋に入ったら見えたのは惨状であった。アブラハムが行くことを伝えたはずだったのだが、言葉に反してヴァサンティはさらさら片付ける気はなかったようだ。洗った衣類は一応箪笥に放り込んであるが端末やよくわからないガジェット類、古いコンピュータのメモリを始めとしたパーツ、脱いだ上着(見事に機械類を躱して放置してあり、静電気対策はしてあるようだ)、外出の鞄、何らかのコードが書かれたメモ帳、至るものが散乱していた。彼女自身もオレンジ色の髪の毛はVR装置を髪留め代わりにして、浅黒い肌の上に際立つ鮮やかな水色のチューブトップと青緑のキュロットで、椅子に猫背で体育座りというあまり女性性を感じない格好をしていた。冷房は弱くかかっていて、機械類への熱ダメージを辛うじて和らげている。足の踏み場がない場所も慣れているから大丈夫だ、とマリアーンは笑う。

「別に散らかっている君の片付けスキルを評価するつもりはないから安心しろ」

「何よ、上から目線ね」

「そりゃ、こいつは社長みたいなもんだし」

アブラハムが突っかかるヴァサンティの不機嫌さに水を差した。

「は?"影"を殺してくれやがったこの傷野郎が?っていうか、何であんたそいつの味方な訳?」

呆れ笑いをするマリアーン。結局怒りと混乱にヒステリックに声を荒げるヴァサンティに諸々の説明をしたのはシャーヒーンであった。そして、彼女がそこに雇われるかどうかの商談が持ち込まれたということになる。


「で、何をすればいいの?」

尋ねるヴァサンティに、書類を持ったアブラハムが机の上に置く。

「"メビウスの樹"のデータベースの探索だ。レメゲトンプロジェクトの解読とかの続き。」

あー、とヴァサンティがため息をつく。ついにここに行かなければならないことを、初めから分かっていたように。

「あそこセキュリティ硬いから好きじゃない」

経験があったことから、連合軍との癒着が示唆される。

「アメンテス時代の倍の報酬でも駄目か?」

ナーマの文句に、シャーヒーンは余裕綽々で依頼する。

「考えるだけ考えます」

ヴァサンティは返事をした。4台のマルチモニタに映るのは端末(ターミナル)の画面。ヘッドフォンで音楽を聞きながら、キーボードを高速で叩き彼女は突破口を探し始めた。

「おい、ここから探索してバレないか」

「あんたそんな初歩的なことも知らないの?複数プロキシ置いてあるから大丈夫なの、こっちの身バレはない。」

マリアーンの質問も乱暴に答える彼女。流れるようにプログラミングの指示がなされるが、エラーという文字が何度も出力される。

「間諜がいるなら話は別だけど」

画面の向こうで何が起きようが構わない、そのような素振りでハッキングを続けるヴァサンティ。数分たっても画面に大きな変化は現れない。

「どうだ」

「そんなすぐに結果が出るわけ無いでしょ!」

上部のモニタを睨み、マリアーンの質問を一蹴する彼女。結果が出たら言うわよと強く当たり、アブラハムがまだガキだから許してやれと諭す。ガキという言葉に引っかかり、さらに荒れるヴァサンティ。

「理解のあるバカのいる前の職場の方がよかったわ」

「テロリスト以下か。笑えねえな」

そう言いながらもからからと笑うマリアーン。シャーヒーンも肩をすくめつつ笑顔であった。しかし平穏なハッキングタイムがそう長く続くなど、この面子ではあり得ないのは想像し易い。

「ねぇ、外がうるさいから静かにしてきてもらえる」

ヴァサンティは騒動が起きていると洞察し、男3人に様子を伺ってほしいと提案した。

「俺達を追うような人間がいたか?」

「インドっていうのは人間が多いからね。信用出来ないやつだって一杯いるわよ」

超過密な人口を誇るインド、中国と違い密度もあり彼女に会いに行く数キロの距離ですら、何人の人間と出会ったかわからないのだ。それが秘密結社や軍の関係者である可能性だって高い。

「わかった。確認に行ってくる。」

かつて警官から竦めたものを含む、拳銃を片手にマリアーンとアブラハムは彼女のマンションの扉を開けた。慎重に階段を降りる。1階まで降りると、明らかに様子がおかしいことに気づく。秘密結社の軍勢が攻め込んでいたのだ。

「まさかKKKクー・クラックス・クランをインドで見るとはな!」

「俺も実は初めて見た。……そういう連中よりさらに厄介そうだがな!」

敵は白装束に身を包み、三角帽にローブと、魔術師のような格好をしていた。裾の方に魔法陣をあしらわれていたそのデザインは、見るからに悪趣味だ。

「見ろ、あれは中世の騎士か?武装がアメンテスなんてレベルじゃねえほど古代的だ!」

「気をつけろよエイブ。あの紫色、魔法石だ」

リーダー格と思われる男が、柄の部分に魔法石の美しい輝きをはめ込んだ武器を担いでいる。見かけはレイピアだが高エネルギー出力を可能とした機構が存在するはずだと、マリアーンは柱に隠れ、警戒していた。見回りの兵士を数えれば圧倒的に数が多い。この軽装備では勝てないので、自分たちの命を守るのに精を尽くせと相方に指示を送った。しかし、

「あの大将をぶっ潰せば相手の士気も落ちるだろう、俺が行く!」

「待てぇっ!このっ、バカ!」

アブラハムとは考えが一致しなかったようだ。気配を察知され、敵兵が攻撃行動を開始する。

「秩序を乱すものに罰を」

敵の親玉がレイピアを高く上げると、それまでバラバラであった軍が大きく前進……否、突進をかましてきた。

「ひょー!すっげー人数。スコア稼げそう」

相変わらずゲーム感覚で殺戮を始めたアブラハムだったが、前回の警官よりも敵の密度が高い。銃弾の音によって、民間人は悲鳴と怒号を上げて逃げ惑う。悲劇にも流れ弾に打たれた子供も居た。

「2人でどうにかなる人数じゃないぞ!」

さすがの事態にシャーヒーンも余裕を失っていた。無論、自分は頭数に入れない。

秘密結社の捨て駒が、次々と襲いかかる。アメンテスの下っ端よりも弱いとはいえ、絶対的に弾数が足りない。

「おい、埒が明かないぞエイブ!」

「あー!分かってるよ……!」

多勢に無勢、双方が軍に苦戦していた矢先、発射音と共に敵陣の大爆発が起こった。威力から察するに擲弾(グレネード)か。爆風にまみれ呆気にとられる二人の前に、一つのアンダーバレル・グレネードランチャー(ライフルの下にグレネードを発射できるランチャーを装着したもの)を担いだ人影が現れた。

「マリアーン、ずっと探したのよ。寂しかったんだから……!」

金髪に黄緑の瞳、連合軍の迷彩服。民間人を巻き込まない正確な射撃センス。覇気のある女軍人の声は、間違いなく彼女のものであった。


「よっしゃー!(ゲート)が空いたわ!」

モニタの前でガッツポーズをするヴァサンティも、漸く周りの音が気になりグレネードの爆風を感じ取った。

「……って、何してるの、あいつら。」

彼女は呆れながらも、背伸びをし目薬を指してから、コンピューターに向き直って作業を続けた。


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