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Counter the Amenthes - Truth of Shadow  作者: 霧上
前編 - Dusk
1/17

Friction 「摩擦」

ベンガル地方のジャングルは季節を選ばず茂っていた。慣れていない人間にはその熱と湿気は地獄でしかなかった。ここでアメンテスを仕留めるために待機していたマリアーン・トヴァルージェク大尉も、不快感を露わにしていた。しかし彼の場合は、気候によるものではなくある信念を貫き通したいために、焦燥していたのだ。



鬱蒼と茂るシダ植物の群生をかき分けて、マリアーンの中隊は進んだ。歩兵、砲兵、工兵で構成されたシンプルな隊は彼のミッションである「影」の追跡、そして殺すことに対しては最適な構成であった。決して寄せ集めの兵士ではなく、そこに潜むのは大尉と同じく「復讐心」を胸に秘めた狂人達である。姿は人間でも心には怪物のような鋭い牙を仕舞って、来るべき時を待っていたのだ。


この隊のリーダーであるマリアーンは、友人をテロで失っている。厳密には、テロ集団に友人たちを連れ去られたのだ。右目に走る傷は、そのときに出来たもの。憎しみは彼を軍人にした。士官学校でも武力知力共に上位に位置していたが、奪われた経験のない同志と心を通わせることはできず、孤立していた。孤独は彼の心をより鋭利にしてしまったが、陸軍としては本望なのだろう。テロリストを容赦なく殺せる兵士として、彼はめきめきと力を付けていった。


しかし彼のプライドが、信念が上官や部下との軋轢を産んでいたのも事実であった。独断も増え、上層部からは非難の声も上がっていった。このことを危惧したある一人の将官、ラファエル中将は自身の軍団の中でも、特に最前線の行動を任される部隊に彼を招き入れた。そう、テロ組織「アメンテス」の重要人物と接触する隊へとだ。


いつまで待っていたであろうか。マリアーンの腕時計はここに陣を張ってから2時間経過したことを告げていた。しかし焦りは隙に繋がる。通信班の新規の連絡がなくとも「奴」は来る。彼は確信していた。湿った空気を僅かに露出した顔の皮膚が掠める。亜熱帯の草の匂いだけではない、気配を感じ取っていたのだ。


「レーダーは当てにならん」

マリアーンはアサルトライフルを構えると、森の奥を睨みつけた。それと同時に周りの下士官が動揺する。また、彼の独断であった。彼の勘は鋭い。しかし勘に頼る戦法はお世辞にも合理的とはいえない。合理性を重んじたからこそ判断が遅れることを彼は知っていたが、彼でなければ知らないのであろう。発砲さえしなかったが、彼は彼の感覚によって的に狙いを定めていた。


「勘」に頼るのが遅すぎた。平手打ちのような感覚と共に、ごく静かな発砲音と共に、マリアーンの構えた銃は壊れた。レーダーの目を掻い潜り、彼ではなく、彼の銃を破壊する腕の持ち主。

「……影!」

この戦場で当てはまる人間はただ一人、(ボン)と名乗る彼しかいない。


「Welcome to the Amenthes.」

男の声が通信機を通して聞こえる。ボンの声だ。宣戦布告のいい文句を告げるや否や、戦闘の幕が上がる。銃弾が金属に掠れてけたましい音を鳴らし、あるいは人間の倒れる鈍い音を響かせた。大尉も冷静さを取り戻し、大型の銃を連射する。突然の開戦は、連合軍の兵士たちを大いに混乱させた。


レーダーも「影」を捉えていた。射程に入るか入らないかの距離を、高速で駆け抜けていく。予測は不可能。だがマリアーンには、奇妙なほど分かっていた。

「前進」

先程まで威勢の良かった部下の狼狽える顔を他所に、マリアーンは指揮した。


射程まであと10メートル。一見ランダムに動きつつも、大尉は確実にボンの行末を予測した。ジャングルの植生や地形を基に動いていることを彼は知っていたのだ。これで追い詰められただろうと、大尉は銃を再び構え直す。僅かな気配も敏感に拾い、無駄な動きをする敵は徹底的に撃ち殺していった。もう手駒は少ない、勝てると確信したのが勝敗を決めた。油断が判断を遅らせたのだ。

「大尉!」

背後にいた下士官が既に後頭部を撃たれていた。振り向いたマリアーンの視線の先には、笠を被った黒髪黒服の男が地面に着地しようとしていた。

「くそっ」

マリアーンの素早いアサルトナイフの投擲と共に、低い悲鳴と飛沫が舞う、しかしそれは…彼のものではなかった。別のテロリストに命中したのだ。何事もなく躱したであったボンは早急に撤退命令を出すと、迷彩色の部下達を森へと隠していった。

「いい筋だ。また会おう」

ボンはふっと笑い、水色のスカーフを靡かせ飛び立つと共にジャングルの影の中に消えた。あまりに唐突すぎる出来事に、大尉は立ち尽くす。

「マリアーン大尉、追わないのですか」

兵長の一人がジャングルを動揺しつつも睨むマリアーンに弱々しく訪ねた。

「追えると思うか、俺に」

揺れる彼のオリーブ色の瞳を、兵長はじっと見ていた。

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