ケンカ
それからあったかい春が終わって、雨がいっぱいいぱい毎日降って、それでもボク達は崖の上のレストランに行った。
幼稚園はサボってばかり。
でもママもボクも、そんなの気にしやしない。
その頃には、ママはすっかり運転が上手になって、ボクも車酔いしなくなった。
そしていつの間にかボクの顔は日に焼けて真っ黒。
体もどんどん元気になって、崖の下の階段も、ぴょんぴょん走って一番に昇れるようになった。
ママとその人は、相変わらず手をつないで、ゆっくりゆっくり昇って来るんだけどね。
それから、本当に暑い夏が来るちょっと前の頃、ママとパパは、またすごいケンカになった。
でもボクは、二階には逃げなかった。キャラメルの箱には入らなかった。
だってボクは、少し強くなったんだから。
パパがママのほっぺを叩いて、ママが部屋の向こうまで転がってった。
ものすごい音がして、机の上の物が床に飛び散って、色んなものが割れた。
ボクはパパの脚にしがみついて、やめて、やめて、って言った。
ボクは頑張ったんだけど、パパはボクを簡単に片手で吹っ飛ばした。
ママがボクの方に這って来た。
泣きながら這って来た。
髪の毛はボサボサ、顔は涙でグチャグチャでお化けみたい。
そうしてボクの上に覆いかぶさって来た。
パパがのしのしやって来て、ママを蹴る。大きな足で蹴る。
何度も何度も、それがボクの方にもズシズシと伝わって来る。
やめて、やめて、
ボクはママのお腹の下でずっと言ってた。
ずっと、ずっと、言ったのに。
大好きなママ、綺麗なママ、可哀そうなママ。
ゴメンネ、ゴメンネ、助けてあげたいのにゴメンネ。
ボク、まだママを守ってあげられないみたい。
ゴメンネ……