第22話:文化祭はポイントが足りない?④
【未来生存率:4%】
【現在残高:-1100ポイント】
「クソだる……」
遠くグラウンドの方角から、楽しげな歓声と音楽の重低音が風に乗って届いていた。
ああ……みんなは、
無事に後夜祭のライブを始められたんだ。
サキの視界の端で、ヨルと蛍子がコンクリートの上に倒れていた。
信じられないくらいの激痛と、吐いた血が、破れたメイド服を赤く染めている。
「……さあ。いきましょうか。」
「歓喜の中の『青春』へ」
ジュブナイルが、群青色の空洞のような瞳でサキを覗き込み、愛おしそうに手を差し伸べてくる。
……
ねえねえ。
サキっち。
『青春』ってなんだと思う?
…は?
青い春って書いて青春。
今は春でもないよ?笑
だから、何が言いたいのよ。
私たちの青春って。
人生の時間のことじゃないと思うんだよね〜
心の持ち方?っていうか?
だからさ。
そんなところでへこたれてちゃ……ダメだよ。
「サキっち」
──っ!!
蛍子が、指先を震わせながらサキの手を握りしめていた。
ヨルもまた、激痛に顔を歪めながらも、六本の狐尾を支えにして泥まみれの膝を立ち上がらせる。
「サキちゃん……まだ……終わっていません……!」
ピコピーン……♪
『サキちゃん……プロテクト全壊……。』
『このままだと学校が……この世界が、消滅するよ……』
はぁ。
マジで。
どうかしてる。
そう。
どうかしてるんだ。
最初からそうだったじゃん?
それこそがーーー
『私たち』。
「おい。そこの黒髪クソ青春バカ」
サキは口内の血を吐き捨て、不敵に……狂気すら孕んだ笑みを浮かべた。
「私は……まだ、あきらめてないわよ」
「……なにをいまさら?あなたに何ができるというのです?」
ジュブナイルは哀れむように首を傾げた。
「この歓声も、この学校の明日も。」
「全部私が頂きます。大丈夫、誰も苦しまない。みんな幸せになります」
「それはどうかな」
サキは血を流す腕で、首元のJIMIを強く握りしめた。
「青春青春ってさぁ……みんなありがたく言うけど」
「そんなの、誰かに『与えられる』もんじゃないんだよね」
「自分で、勝ち取るもんでしょ」
「それに……終わるからいい? 違うよ」
「今、ここにいるからいいんだよ!!」
「そう、感じられるからいいんだよ。」
サキは、ゆっくりと立ち上がった。
「…お前……何言っている?」
「ねえ。JIMI。もっかいフルパワー使える?」
『……』
「今に全部、全部かける。」
「家賃何ヶ月分でもいい。」
目の前のこいつを倒せるなら。
「ポイ活でも、危険な仕事でもなんでも。してやる。」
「家だってなくていい。」
「私の未来が、ポイント返済で埋まったっていい。」
「だからさ。」
もっかい。
力をーー貸してJIMI
『……いやです』
『 サキちゃんを壊したくない。』
「私をなめんな。」
「今まで一緒にやってきてわかってるでしょ。」
「私が止まる女に見える?」
『…そうだね。』
『────了解したよ』
『未来予測システム、一時停止』
『未来担保』
『人生最大ローン承認』
『全バフ』
『全武装精製』
『制限解除』
【Limiters disengaged; transitioning to Full Burst Mode.】
JIMIのデバイスが、唸りを上げ、赤い閃光を放つ。
「…その力。どこから?」
サキの眼につよい光が灯る。
空気がビリビリと音を立てて震える。
手をゆっくりとジュブナイルへ差し出したーー
「いくよ」
その時だった。
──ズズズズズズズズズッ!!!!!
突如、
校舎全体が悲鳴を上げるような激しい地鳴りに見舞われた。
「ー!?」
ジュブナイルが、空を見上げ怪訝そうに眉をひそめる。
瞬間────世界から音が消え、空間が紙のようにビリリと縦に裂けた。
空間の亀裂の向こう側。
歪んだ闇の中から、巨大な白い影がぬっと現れた。
──巨大な白い狐、コン。
剥き出しの鋭い牙、金色にギラギラと光る眼光が、冷徹にジュブナイルを見下ろしている。
ジュブナイルが初めて目を見開いた。
「え……? なんで────」
──ガブッッッ!!!!!
ジュブナイルが理解する時間すら与えられなかった。
コンは巨大な顎を開くと、神域の領域で蠢いていたジュブナイルの体ごと、歪んだ黒い空間を一気に喰いちぎった。
「ああ……」
喰らわれる空間の隙間から、ジュブナイルの最後の呟きが漏れた。
「残念。」
「あと少しだったのに。」
「もう少しで。」
「みんな。」
「永遠だったのに。」
「さよなら。私の『青春』達。」
バリバリ、モグモグ……と、空間ごと喰らう不気味な咀嚼音が響き、黒い影は完全に消失した。
「……コン…」
ヨルは、立ち上がると不機嫌そうにこちらを見下ろすクソデカ狐を見上げた。
「ヨル。今日ハ特別ダカラ助ケニ行ケ、ト言ワレタ。全ク……イツモ人使イノ荒イ家族ダ」
「……助けてくれたの?」
コンはサキに見向きもせず、黒い煙を喉に流し込んだ。
「人間。コイツハ、タダノ怪異ジャアナイ。羽化スル前ダカラ良カッタモノノ……」
「マア、イイ。全部喰イ終エタ。モウ残ッテハイマイ。後始末ハ終ワリダ」
コンの巨体が、静かに白い煙となって消え始める。
「ヨル。ママへ伝エテオケ。『報酬ハ倍払エ。寝テイル時ニ無理矢理起コスナ。』トナ」
影の中へ沈み、姿を消した。
結界が解け、白黒の世界に色彩が戻る。
「……前も来てくれたよね」
「はい。ママの使い魔というか……ペットです」
「お母さん、今日来てくれてるの!?」
「……いえ。たぶん来てはいません」
それ以上、ヨルは何も語らなかった。
──そして。
時計の針は、残酷にも後夜祭ライブのサキたちの出演時間を、とっくに過ぎていた。
空間隔離のシールドが溶けていく。
その奥からはフィナーレを迎え、生徒たちの歓喜に包まれる野外ステージの光が差し込んだ。
「間に合わなかった」
「ごめんなさい」
「終わっちゃった……ライブ……」
ボロボロのメイド服で、サキ達はグランドに崩れ落ちた。
──!!
「サキさん!!」
「ヨルさん!!」
「蛍子さん!!」
そこに駆け寄ったのは、ミナトだった。
「ああ…委員長。」
「大丈夫ですか!?救急車を呼びます」
ミナトのスマホを持つ腕を、サキが握った。
「いや…その…」
「…ライブでたかったなって。」
サキは泥だらけの顔で委員長に少し笑ってみせた。
──!!
ミナトの脳裏に浮かんだ。
泥だらけで戦う三人。
メイド喫茶で笑っていた三人。
放課後、誰もいない教室で何度も音を合わせていた三人。
そして、
サキの叫び。
『今、ここにいるからいいんだよ!!』
ミナトは、唾を飲み込んだ。
「任せてください。」
「委員長!?」
ミナトは、頷くと、こちらを振り返らず全力でステージに向かって駆けた。
*
後夜祭のライブは、すでにグランドフィナーレを迎えていた。
トリを務めたバンドの演奏が終わり、大歓声の中でステージのライトが落ちようとしている。
その袖で、ミナトが、頭を深く下げていた。
「お願いします! 少しだけ……彼女たちに時間をください!」
「ええ!? もう終わりましたよ?20:30完全撤収って決まってるっす。花火と閉会式もあるし、これ以上は無理っすよ!」
「そこをなんとか、なりませんか! お願いします……!」
「すみません。時間過ぎちゃいました。No.4です。本当にすみません。」
そこへ、サキ、ヨル、蛍子が来た。
傷だらけでボロボロの3人を見ると、そこにいた実行委員達は驚いた顔をしていた。
「なんとか3人に時間をくれませんか。」
委員長はもう一度頭を下げた。
「委員長……」
「さっ、サキさん。私はただ……今日頑張ってくれた三人を応援したくなったんです。それだけです」
「私は、今日ちゃんと青春できたからさ」
「ありがとう。」
「……でも…」
ミナトは、それ以上何も言えなかった。
サキは、そんなミナトに少しだけ笑いかける。
そして、楽屋の隅に置かれたギターケースへ歩み寄り、静かに持ち上げた。
その様子を見ていた金髪のギター部の部長が、腕を組んで歩み出た。
「うむ……仕方ない。やっちまうか」
「ええ!? いいんですか部長!? 後で怒られるの俺たちっすよ!?」
「このメイドガール達は、このステージのために泥だらけで頑張ってきたんだろ」
部長はサキたちのボロボロのメイド服を見つめ、ニッと笑った。
「何があったかは知らない。でもお前らが最高にロックってのは伝わったぜ。後のことはどうにでもなる。だろ?」
「ああもう!わかったすよ!やるならこっちも本気で行くっすよ!!ドラム! ベース!行けるっすか!?」
「任せてください!」
「文化祭だしな!」
「ぶちかませよ!」
「みんな……ありがとう!!」
サキはギターを持ち上げた。
それは、ずしり、と重かった。
さっきまで軽々と振るっていた武器より、
今握るこの一本のギターの方が、
何倍も重く感じた。
パッと、眩しいスポットライトがステージ中央を照らし出した。
ギターを肩に掛けた瞬間、裂けた肩口に激痛が走る。
「っ……!」
指先は震えていた。
サキはマイクの前に立つ。
まばらになった観客。
それでも、一人ひとりの顔が見えた。
「遅くなって、ごめんなさい。そしてありがとう。」
「……聴いてください。これは、私たちの叫び。────届いて」
『青いテーゼを君へ』
3人が視線を合わせる。
蛍子も、ヨルも、笑顔で頷いた。
ドラムのカウントから、激しいギターリフが夜空を切り裂く。
〜♪
『ねぇ、これが青春の正体だってホントなの?
ノートの隅に描いた 破れかけの未来図
自由なんてどこにも見当たらないのに
誰かが作ったレールの上 踏みしめた情熱』
帰りかけていた生徒たちが、足を止めて振り返った。
決してうまくはなかった。傷だらけで、破れたメイド服を着た三人の、必死で泥臭い演奏。
サキ、蛍子、ヨル。
三人は、命を燃やすように音を奏でる。
『ああ、私たちの明日はどこにある? 誰も知らない
終わらないこの気だるさの向こう側へ
サボったっていいじゃん 嘘まみれの日々なんて
重低音で揺らせ 心の叫びを
We just want to change our world…
今、響け!』
「なになに!まだ終わってないの!?」
「これ、ヤバい!!」
「行こうぜ!!」
人が集まり、グラウンド全体が地鳴りのような熱気に包まれた。
ギター部の部員も、クラスメイトも、後ろで見守っていた生徒たちも、全員が手を突き上げて叫んでいる。
その時だった。
──ドン!! バン!!
フィナーレ後に上がる予定だった花火が、タイミングをあわせたように、夜空に巨大な花を次々と咲かせる。
「花火〜!!」
「わぁ〜!」
「お前ら最高にロックだぜーー!!」
実行委員も総出で、もみくちゃになった。
───ジャーーーン!!!
最後の音が夜空に溶け、一瞬の静寂のあと、割れんばかりの拍手と歓声がステージに降り注いだ。
「最後!」
「星降祭終わらないでくれー!」
「ありがとうー!!」
誰も帰ろうとしない。
誰もが笑顔でステージを見上げている。
「……」
サキは気づけば、溢れ出る涙を指で拭っていた。
ピロン♪
『JIMI起動★ ライブデータを解析中──
・観客満足度……解析不能。
・感情値……測定不能。
・獲得ポイント……エラー。
本イベントはポイント換算の対象外だよ♪』
「……」
サキは、涙を拭って少しだけ笑った。
「そういう日も、あるんだね」
その瞬間だけは、ポイントも、効率も、未来生存率も、何ひとつ頭に浮かばなかった。
袖で見つめていたミナトも、小さく、静かに拍手を送っていた。
「サキっち!最高!」
「サキちゃん!!」
2人が笑顔でピースをした。
「1日長かったね」
「でも超楽しかったじゃん!メイドもライブも世界平和も大成功!!」
「全部みなで頑張ったからだよ。」
「……そうですね! かなりハードでしたが、超楽しかったです!」
「文化祭はやっぱり神イベだったでしょ? サキっち。打ち上げはマックに決まりだね」
「蛍子、ヨル。今までで一番楽しかった。これも二人のおかげ。ありが──」
ピコン!!
『サキちゃん精算タイム★ 楽器のレンタル代、ちょっとアレな部屋の利用料、それとさっきの戦闘の前借り分を精算するねぇ♪ 最高の日だったね! なお家賃精算まであと2日★』
【現在残高:-1650ポイント(極貧突破)】
かろうじて未来フルローンは回避できていたようだったが、
家賃の支払いまであと2日…。
「……地獄かよ」
マイクが入ったままのサキの絶望の呟きが、スピーカーを通じてグラウンド全体に拡散された。
「あはは…」
一気に疲れが肩にのしかかったけど。
満身創痍で身体中痛くて、泥だらけだけど。
それでも、今日は良い一日だったと思う。
こんな日が続けばいい。
このときの私は、
心からそう思っていた。
*
文化祭の後夜祭。
花火が夜空を彩る頃。
人気のない校舎の屋上で、一人の黒服の女が紙煙草に火をつけた。
シュッ……。
紫煙が静かに夜風へ溶けていく。
ピロン♪
『スメラギ。校内は全面禁煙です。喫煙を中止してください』
黒服の女は気にも留めず、煙を吐き出した。
「……」
「やはり、ここで消えているな」
『はい。CO反応──検出不能』
わずかな沈黙。
『対象を識別できません。完全に消失しています』
スメラギは煙草を口から離し、夜空を見上げた。
「JIMI。」
「この辺の監視カメラ、生きてる?」
『監視カメラへ接続します』
『……解析終了。該当部分のみ削除されています。原因は不明』
「そうか。」
女は小さく笑った。
『0027には接触しますか?』
「いや、いい。」
「目的は達成した。それに、今日は祭りだからな。」
「帰る」
スメラギは腰の日本刀型のデバイスへ手を添えた。
カチリ。
鍔がわずかに回転し、刀身が淡い青白い光を帯びる。
『転移航路、接続』
スメラギは吸い終えた煙草を地面へ放り投げた。
ピロン♪
『ポイ捨ては禁止されています。吸い殻を回収してください』
その瞬間。
吸い殻が地面に着く前に、ザザッとノイズを走らせ、粒子のように崩れて跡形もなく消え去った。
「捨ててないが?」
『……対象物を見失いました』
JIMIが沈黙する。
スメラギは、視線を落とすと、花火の音に紛れて暗闇の向こうへ消えた。
遠くでは、
彼女たちのライブの歓声だけが、いつまでも夜空に響いていた。
…
…
ピコン♪
【未来生存率:6%】
(世界を救ってもポイントが足りない 一章・完)
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
レビューなどいただけると嬉しいです!
サキたちの物語は、2章へと続きます。
これからもよろしくお願いします!




