第21話:文化祭はポイントが足りない?③
【未来生存率:4%】
【現在残高:20ポイント】
星降祭(文化祭)も、いよいよ終盤。
夕闇が校舎を赤く染め始め、生徒たちは祭りの終わりの、少し寂しくも温かい余韻を楽しんでいた。
サキたちのクラス『メイド喫茶 2-F』も、売り切れ御免で少し早めに無事すべての営業を終了した。
「全クラス対抗・売上ランキング……結果が出ました!」
教壇に立ったミナトが、黒板に大きな文字で数値を書き込む。
「1位……2-F、メイド喫茶!! 売上歴代1位!!」
「やったぁぁぁぁぁあああ!!!」
「うおぉぉぉ! 優勝だ!! 優勝!!」
「しゃああー!!! 圧倒的勝利!!」
教室中に割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。
みんな抱き合いながら涙する生徒までいた。
ミナトもいつもの冷徹な表情を緩め、珍しく満足そうな笑顔を浮かべた。
「皆さん、本当にお疲れ様でした。準備から皆さんが協力して今日を迎え、今日も……不測の事態もありましたが……皆さんの協力で最高の文化祭になりましたね」
「まあ……マジで疲れたけどね(精神が)」
破れたメイド服を安全ピンで応急処置したサキが、疲労困憊で席に沈み込む。
「そうですね〜いろいろありましたが、みんなで楽しかったです!」
ヨルも、少し疲れているようだったが、笑顔で耳をピコピコと動かした。
「ほらほら! サキっち! ヨルぴー! 文化祭はまだ終わってないぞ!」
蛍子がニヒヒと笑いながら、サキの背中をバシバシと叩いた。
「ええ!? もう店じまいじゃない」
「ほら、行くよー!! 我々の青春はまだ終わっちゃいない!!」
「わわわ!ちょっとメイド服のままいくの!?着替えていこうよ」
「無問題!無問題ー!!楽しんだもんがちだよ!」
蛍子はサキの腕を引き、ヨルと三人はメイド服のまま、後夜祭までのわずかな時間、校内の屋台巡りへと繰り出した。
*
玄関前でやっていた射的。
蛍子が片付けを始めようとしていた生徒たちに声をかけた。
「まだやってる!?」
「おっ! まだ大丈夫だよ!」
「ああ! そのメイド服! 2-Fの! いやーマジ星降祭の売上レコード更新したんだろ!? すごいな」
「いや〜まあね。私たちにかかればこんなのお茶の子……なんだっけ。ピンピンよ!!」
「さいさいな」
蛍子は、狙いを定めて輪ゴムライフルを放つ。
売れ残りのパンダの貯金箱を3つ的確に落とし、誇らしげだった。
「しゃあ! 蛍子ちゃんロボ、完全勝利★」
「すごいです!!」
「ピンピンよ!! これ、サキっちとヨルぴーにあげるよ。おそろ!!」
サキとヨルは、もらった少し不気味に微笑むビニールでできたパンダの貯金箱を眺めた。
「か、かわいい……?」
「んーサキっちに似てるね。まるでメイド服で接客してるサキっちだね」
「は!? こんなにブサイクじゃないし!!」
「わっ! ひど!! せっかくあげたのに!?」
「はぁ……。まあ、もらっとくわ」
「あはは!」
「ふはっ(笑)」
3人は、何が面白いかよく分からないが、心の底から笑い合った。
「サキちゃん、茶そばの焼きそばメロン味買ってきましたよ! 一緒に食べましょう!」
「熱っ……でも、美味しい」
「私は! 明太ブルーハワイ味!! 青い明太ソースが最高にクール!」
3人で体育館の外階段に座り、茶そばの焼きそばを食べた。
ホログラムの夕日ではなく、本物の秋のやわらかな陽光。
すれ違う生徒たちの溢れるような笑顔。
写真撮影でピースサインを作る生徒たち。
手に持った、くしゃくしゃの星降祭パンフレット。
壁に掲げられた、生徒たちの手作りの巨大絵画とモニュメント。
その前を、忙しく走り回る実行委員。
「……こういうのも、悪くないわね」
サキは焼きそばのパックを抱え、ポツリと呟いた。
「青春ですねぇ〜」
ヨルが嬉しそうに目を細める。
「だから言ったじゃん! 文化祭はどう転んでも神イベだって!」
蛍子が誇らしげに胸を張った。
「夕方のライブも楽しみですね!」
「ああ。そうだね。最後に1回合わせとく?」
「いきましょう!」
*
──夕方。
グラウンドのあちこちで、屋台の撤収作業が進んでいた。
校舎の影が長く伸びる校庭の隅。
夕日を背にして、一対の男女が佇んでいるのが見えた。
「……好きです。ずっと前から」
「俺も……!! よろしくお願いします!!!」
キャーッ!という女子生徒たちの歓声と、男子たちのヒューヒューという冷やかしの口笛が響き渡る。
「末永くお幸せに〜(笑)」
ギターケースを背負った、蛍子がニヤニヤしながらジュースをすする。
「みなさんとっても楽しそうです」
「ああ。特別な時間だね」
ピンポンパンポーン♪
『生徒の皆さんに連絡します。まもなくグラウンド特設ステージにて、後夜祭ライブを開始します。出演団体の皆さんは──』
「おっ、きたきた! 歓声が聞こえる!!!」
「行きましょう、サキちゃん!」
「高まってきたああああ!!! 【ちょっとした気まぐれと暇な時にでも頑張る部屋】での我々の超練習の成果を見せつけようぜ!」
「ええ。ぶちかましましょう!!」
サキは、2人の本気の顔を見て、少し笑った。
「行こう!」
*
ステージ裏の臨時楽屋。
「えーと、エントリーNo.4のサキ、蛍子、ヨルね! 出番までここで待機っすよ! ライブは初めて!?そうかそうか!大歓迎!!最高のライブにしようぜ!」
モヒカンのギター部員に先導され、楽屋に通される。
ステージでは、後夜祭の始まりを告げるオープニングアクトの演奏が開始していた。
生徒たちの熱狂と歓声が大きく聞こえてくる。
サキは、無機質なパイプ椅子の上に、黒いギターケースを置いた。
キーボードの譜面を抱えたヨルが、胸に手を当てて深呼吸を繰り返していた。
「すー、はー……緊張してきました……」
「今さら緊張しても仕方がないぜい!? ここまで来たら楽しんだもん勝ちだって! ノリですべてを乗り切れ!!」
蛍子が自分のギターのチューニングを確かめる。
「そうよ。あとはもう、やるだけ──」
この時代に来て、
友達ができて、
またギターを握ることがあるなんて。
ここに来た頃は思いもしなかったな。
今日は本当に────
ピコピーン♪
不意に、サキの首元でJIMIが引きつったような電子音を上げた。
『……あれ?』
「? どうしたのよ、JIMI」
『強い呪力反応を……再感知!』
『でも……あれ……おかしいな。』
『さっき撃破した個体と、波形データが少し違う……』
『訂正。やはり波形が98%一致。』
『──対象 の●÷Е▲サ● が完全に復活しました』
「……え?」
「何!?復活!?」
次の瞬間。
ドッと湧き上がっていたグラウンドの大歓声が、ピタリと止んだ。
サキたちが楽屋のテントから飛び出す。
夕焼けで赤く染まっていた空に、禍々しい黒い雲が渦を巻き、太陽を飲み込んでいく。
「な……なに、あれ……?」
「演出じゃね!? すごっ」
「なんか、怖いよ……」
観客席の生徒たちが、ざわめきと恐怖に包まれてざわつき始めた。
空を覆う黒い渦が巨大化し、校舎全体を押し潰すような圧迫感で垂れ込めてくる。
ピコピーン♪
『警告ぅ……★ 学校……全域…最高レベ……の危険信号! こ……のままだと……文化祭……いや、このエ……リィア……の生命……活動が強制終了す……♪』
JIMIまでもが、強力な呪力の影響か異常をきたしている。
「ちょっとこれは……なんでしょう……心が締め付けられるような……」
ヨルが、胸の前に手を当てて空の異形の塊を見つめた。
「は?? 嘘でしょ。なんで……なんで今なのよ!!」
サキは血が出るほど強く拳を握りしめた。
楽しかった時間のすべてが、今まさに踏みにじられようとしている。
「JIMI! 30ポイント前借り。今すぐ隔離空間を展開!」
『了解ィ…… 【隔離空間】展……開!』
──ザーッ……!
白黒のノイズと共に、世界から音が消えた。
風も、生徒たちの悲鳴も、静止した時間の中に閉じ込められる。
「これは…」
その異常と歪みを、後夜祭運営のテントからミナトが目撃していた。
(な、にが起きてるの!? あの黒いのは?? ……空間が、視界が歪んで……!?)
その視線の先。
サキ、ヨル、蛍子の三人の姿が、空間の裂け目の中へと消えていく。
(やっぱり……さっきも、何かがおかしかった。……普通じゃない……! 3人を追わないと……!)
ミナトは恐怖で震える脚を必死に叱咤し、群衆を掻き分け、歪みの奥へと足を踏み入れた。
*
白黒に静止した校庭の中央。
集束した黒い霧が、ゆるやかに人型を形成していく。
現れたのは──
どこのものかわからない、漆黒のセーラー制服を着た、黒髪がゆっくりと流れる、恐ろしく美しい、一人の可憐な少女の姿だった。
「誰……!?」
「……人間? いや……違う」
だが、肌は驚くほど白く、その瞳は光を一切反射しない、深い群青色の深淵。
「さっきはどうも」
少女は、鈴を転がすような愛らしい声で微笑んだ。
風も無いのに、黒い髪と真っ赤なタイがユラユラと揺れている。
足先は、地面から数センチだけ浮いていた。
「さっきの一撃……」
「効きました。流石です。」
「皆さん、はじめまして」
空中の少女は胸に手を当て、少し微笑むと、綺麗なお辞儀をした。
「私はCO」
「……【ジュブナイル】。」
「皆さんに、本当の『青春』を届けに来ました」
ジュブナイルは、お辞儀から顔を起こすとニコっと微笑んでみせた。
「カオスオブジェクト……!?」
サキの背筋に、氷を突き刺されたような悪寒が走る。
「わわ……」
ヨルは、震えながら後ずさりし首を振った。
ピコピーン♪
『COを確…認★ 危険…度ランクAAA……! サキちゃ…んダメ、勝てない! 即刻…逃走を推奨★ 死に…ます』
「サキっち。…どうする?」
「今ここで……逃げられるわけないでしょ!! JIMI、武器を!!」
『【高性能超振動剣ベリサルタ】を…レンタル! 残高100ポイントマ…イナス★』
光の粒子が収束し、サキの手元に、ダークレッドに蠢く高周波ブレードが実体化する。
蛍子はバズーカーをカチャリと構え、ヨルも拳を握りしめ、一歩前に出た。
「早く倒して、ライブに戻らないとね!!」
「は、はい…!!みんなが待ってます」
「カオスだかなんだか知らないけど……撃ち払う!!」
──だが。
戦闘は、今まで遭遇してきた怪異とは決定的に違っていた。
「はぁぁぁあ!!」
──ドンッッッ!!!!!
足元のコンクリートが足形に沈み込み、激しい衝撃波が弾けた。
JIMIの極限身体強化により、サキの姿が空気の歪みの中へと消失する。
次の瞬間には──すでにジュブナイルの眼前に肉薄していた。
超振動剣が空間そのものを切り裂き、不気味な高音を立てて少女の白い首筋へと一直線に走る。
音すら置き去りにした、完璧な一撃。
──スッ……。
「……!?」
手応えは、一切なかった。
確かに首を真横に切断したはずなのに、刃はただの幻影を通り抜けたように虚空を滑った。
ジュブナイルは首筋に触れることすらなく、ただ静かにサキを見つめて微笑んでいる。
「これ以上……邪魔はさせません!! 消えてなくなれっ……!!!」
ヨルの叫びと共に、周りの空気が悲鳴を上げた。
背後に広がった六本の巨大な白い狐尾が、妖しく紫に輝く。
──ガガガガガガガッ!!!!!
校庭の街灯がメキメキと音を立てて根元から吹き飛び、コンクリートのアスファルトが竜巻のようにめくれ上がる。
数十トンに及ぶ巨大な瓦礫の群れが、暴風となってジュブナイルへと一斉に殺到した。
半妖としての、文字通りの「全力」。
「思ったより、良い感じ。」
ジュブナイルは空中で、一歩も動かず、ただ細い指先を一本、スッと立てた。
ズドン!!!
殺到した数十トンの瓦礫の嵐が、少女の指先数センチ前で、目に見えない絶対の壁にぶつかり、ピタリと静止した。
「今だッ!!」
爆煙の隙間を突き、蛍子が地面を滑るように駆け抜けた。
パステルピンクのバズーカを放ち、濃密な黒煙を巻き散らかしながら瞬時に敵の真裏へと回り込む。
背後──完全な死角。
蛍子はポケットから抜いた宇宙戦争仕様の手榴弾をジュブナイルの首筋へ押し付ける。
「チェストおおおおお!!!!」
そのままゼロ距離で後頭部へ向けて豪快な蹴りを叩き込んだ。
──ズドォォォォォン!!!!!
視界を真っ白に染め上げるほどの凄まじい大爆発。
爆風が吹き荒れ、黒い煙がゆっくりと風に流されていく。
煙の向こう側に立っていたのは──。
漆黒のセーラー服についたわずかな埃を、トントンと指先で優しく払うジュブナイルの姿だった。
「遊びは終わった?」
「なっ……!!?」
傷一つない。
服の乱れ一つない。
サキも、ヨルも、蛍子も、その異常なまでの「静」の前に言葉を失った。
「うん。」
ジュブナイルは愛おしそうに三人を見つめ、小さく頷いた。
「うんうん。これも『青春』だよね」
少女は一歩、歩みを進めた。
「『青春』って……素晴らしいよね。」
「だって、みんなキラキラしてる。」
「空見てため息ついて、告白して、笑い合って、泣き合って。」
「そんな『青春』がずっと続けばいいよね? そう思うよね?」
そして、胸の前で手を組み、無邪気な少女のように首を傾げた。
「私、青春って大好きなんだ」
「でもね。青春はね。」
「終わるから綺麗なんだって、みんな言う。」
次の瞬間──ジュブナイルが指先を静かにサキへと向けた。
「だから私は。」
「終わらせない。」
指先に生まれたのは、針の穴ほどの小さな、漆黒の点。
それが──
一瞬で広がった。
──ドゴォォォォォォン!!!!!
衝撃波ではない。
少女が指さした空間そのものが、黒いノイズを立ててメリメリと『割れた』のだ。
「なっ……!!?」
「サキちゃん!!」
ヨルが前に飛び出し、サイコキネシスのバリアを極限まで展開する。
だが、割れた空間の衝撃はバリアを一瞬で粉砕し、サキの手の中で100ポイントの超振動剣を飴細工のように木端微塵に弾き飛ばした。
ピコピーン!!
『警告★ 生命維持プロテクトLV5、オート展開。 1000ポイント消費ーーー』
『……展開、失敗★』
『再展開……失敗★』
『再展開……失敗★』
いつも軽薄だったJIMIの声が、見たこともないノイズ混じりのパニックを起こす。
『サキちゃん……ダメ……! プロテクトが破られ──』
サキたちを包んでいたプロテクトがミシミシと音を立てて崩壊していくーー
──ズドン!!!!!!
言葉を遮る圧殺の衝撃。
三人まとめて校舎の壁へと叩きつけられた。
激しい激突音。
破れたメイド服がボロボロと裂けて散り、壁に巨大なヒビが走る。
「ガハッ……! く……っ……!」
吐血を叩きつけられ、サキは冷たいコンクリートの上で膝をついた。
引くほどの激痛が、全身を襲った。
ピコピーン……
『サキちゃん……逃走、推奨……。勝て、ません……』
「これ……。ポイントとか……前借りとか……そんなレベルの相手じゃない……」
視界が赤く染まる。
蛍子とヨルが壁の倒壊に巻き込まれ、倒れているのが見えた。
「JIMI……」
ジュブナイルが、柔らかく微笑みながら一歩ずつ近づいてくる。
そして、虫の息となったサキの目の前で足を止めた。
群青色の瞳の奥には、ぐるぐると宇宙のような何かが渦巻いている。
目の前に、蛍子からもらったビニール製のパンダ貯金箱が無残に引き裂かれて転がった。
「お前……なんなの……マジだるいよ……」
「大丈夫。怖くないよ」
ジュブナイルはまるで傷ついた子供をなだめるように、優しく微笑んだ。
「楽しかったんでしょ?」
「『青春』できてると思ったんでしょ?」
「それって、とっても愛おしくて素晴らしいことだよ」
「だからね?」
「君たちの今日を……永遠にしてあげる」
両手を大きく空へと広げ、深呼吸をする。
そして、ゆっくりと目を開くと、底知れない愛おしさを込めてサキを見下ろした。
「さあ」
「『青春』を君に」
圧倒的な死の影が、三人を完全に呑み込もうとしていた。
「地獄……かよ……」
(第22話へ続く)




