意外な一面
食事を終えて、出掛けるディル様を見送る。
こんな距離で、ともに過ごしていることが、幸せすぎる夢なのではないかと一瞬緩みかけた涙腺を叱咤して微笑む。
「遅くなるけれど、待っていて? 出かけると言っていたけれど、気をつけて。ちゃんと護衛を連れて行くようにね? 攫われたりしないように、あまり寄り道しないで帰ってくるんだよ?」
「ディル様が、そんなに心配性だったなんて、知りませんでした」
「そう? 表に出さなかっただけで、いつだって俺は……」
そこまで言って、まるでごまかすみたいに少しだけ口の端を歪めたディル様が、私の額に口づけをする。
「いってくる」
「いってらっしゃいませ」
「可愛い、絶対に待っていて? 馬車にひかれたりしないよう、歩くときには気をつけ……」
「遅刻しますよ?」
「……そうだな。ギリギリだ」
足早に去って行く背中を見送る。
学生時代、ほとんど何ごとにも興味のなかったディル様が、意外にも心配性だったなんて、結婚してから、今さらになって知ることが多い。
それに、結婚して初めて、ディル様が学生時代から当主としても働いていたことを知った。
私が、のほほんとディル様を追いかけていた王立学園時代。
すでに、ご両親を亡くしたディル様は、叔父に補佐を受けながら、侯爵家当主としての役割も果たしていたらしい。
私はというと、跡継ぎには兄がいるため、自由に育てられてきた。
もちろん、伯爵家にふさわしい教育は受けてきたけれど……。
むしろ、Aクラスになったことで、「どこか穏やかに過ごせる目立たない貴族家に嫁に出そうとしていたのに」、と父にこれからの人生を心配されてしまったくらいだ。
それくらい、王立学園のAクラスに入るということの意味は大きい。
ディル様のそばにいたいだけだった私には、その当時理解できなかったのだけれど……。
「ディル様との結婚が破談になった直後からの婚約申し込みの数、ものすごかったもの……」
Aクラスを学業では二番の成績で卒業した、裕福な伯爵家の長女。
けれど私は、誰かがそんな風に自分に興味を持つなんて思ってもみなかった。
お父様の執務室の机を埋め尽くしてしまった手紙の山に、とても驚いた記憶がある。
「学生時代だって、全くもてなかったのに……」
それは、「ルシェがディル様だけを追いかけていたから」だと私のことを心配して会いに来てくれたクラスメートは呆れたように言った。
私とディル様との結婚が破談になったと聞いて、心配して会いに来てくれたかつてのクラスメート。
すでに、私たちの結婚話は破談になって数ヶ月経っていた。
それでも、結局私は、届いた婚約申し込みの手紙の封を一通たりとも開けることは出来なかった。
そうしているうちに届いたディル様の訃報。
(忘れられるはずがない……)
王立学園で過ごす時間は、ディル様にとって唯一の自由時間だったのだ。
そんな大切な時間につきまとっていた私にも、ディル様は優しかった。
「ディル様は、いつだって、前を向いていた」
呪いにむしばまれたりしなければ、きっとディル様の代で侯爵家は大きく発展したに違いない。
「……私もそろそろ出掛けるわ」
「護衛をお連れください」
「大げさだわ。神殿で奉仕活動をして、学生時代の友人に会ってくるだけよ?」
「……旦那様は、必ず護衛をつけるようにと。それから差し支えなければ、ご友人がどなたか伺っても?」
「……聖女、ローザリア様」
少しだけ、執事バールさんの表情が曇ったのは気のせいだったのだろうか。
結局、護衛をつけられた私は、神殿へと足を向けたのだった。
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