手作りの朝食と夜会のお誘い
* * *
翌朝、階下に降りれば、すでにディル様は食卓についていた。
「おはよう」
「おはようございます……」
昨晩、抱きしめ合っていたことが不意に浮かんで赤面してしまう。
気恥ずかしさで、近くに寄れない私を見て何を思ったのかディル様が歩み寄る。
「おいで?」
「は……。はい」
隣に座れば、当然のように私の大好きな、苺のフレーバーティーとこんがりと温められたクロワッサンが差し出される。
「さ、どうぞ」
「あの……。これは」
料理担当の使用人は、まだ体調が戻らずに休んでいるはず。
では、この朝食は誰が用意してくれたのだろうか。
「ルシェみたいに、上手に出来なかったけど……」
「え!? ディル様が作ってくださったのですか!?」
「そうだけど?」
「……うわあ、食べるのがもったいないです。どうにかして、このまま永久保存できないでしょうか? あ、魔法に詳しいディル様なら、永久保存の方法をご存じなのでは?」
明らかに苦笑しながら、ディル様はクロワッサンを私の口に押し込んだ。
「食べてもらうために作った……」
「ハフ……おいしいです」
少しだけ焦げたクロワッサンは、涙が出そうなほどおいしい。
こんなおいしくて嬉しい朝食は、生まれて初めてだ。
「――――ルシェ、今日はどこに行くの?」
先に食事を終えて、ブラックコーヒーを飲みながら新聞を広げたディル様。
そんな姿すら、ものすごく絵になって、ずっと見つめていたくなる。
けれど、その質問は答えづらい。
呪いについて私が調べていることが分かったら、ましてや私に呪いを移す方法を調べているなんて気づかれたら、ディル様に止められてしまうのは間違いない。
「……神殿に」
「奉仕活動か何か?」
「ええ、そ、そうです」
神殿に行くのは事実だ。でも、いつも参加していた奉仕活動のためじゃない。
もちろん、サーベラス侯爵家の図書室は蔵書にあふれているけれど、私が調べたいのはディル様を蝕む呪いについてだ……。
「ディル様、今日はいつ頃お帰りになるのですか?」
「うーん。そうだな、少し遅くなりそうだ」
「そうですか。では、夕食を作って待っていますね?」
「…………」
「ディル様?」
「あ、そうだね。待っていて」
そう言って笑ったディル様は、ほんの少し思案顔だ。
ずっと見てきたから分かる。無表情だと周囲に言われるディル様の感情の変化は意外にも分かりやすい。
(ずっと、見てきたもの……)
新聞を几帳面にたたんで、ディル様は立ち上がった。
「そろそろ行かないと……。あ、そうそう。申し訳ないけれど、王宮の夜会に夫婦で参加するように招待状が届いている」
「……夜会、ですか」
参加したことがないわけではない。
もちろん、実家であるアインズ伯爵家では、それなりの教育も受けてきた。
ダンスだって得意だ。
でも、気が乗らない。だって、私はディル様との結婚をお金で買った悪女と言われている。
ディル様は、何も言わないし、その噂が私の耳に入らないように配慮してくれているけれど、学生時代の友人から聞いてしまった。
今、その友人は神殿で聖女をしている。
今日は、その伝で神殿の図書室を見せてもらう約束になっているのだ。
「……気が乗らないなら、断るよ」
「いいえ! もちろん参加したいです。ディル様と夜会に行けるなんて夢みたいです」
それは、半分は本心で、半分はお断りした時のディル様の立場を考えてのことだった。
侯爵家夫人となった私が、この数日間何のお誘いも受けていない、そのことからも、できる限り私が夜会に参加しなくてもいいようにディル様が調整してくれていたことが分かる。
どうしても、夫婦で参加しなくてはいけない夜会だから、ディル様は誘ってくれたに違いない。
それなら、できる限り喜んでいるそぶりを見せなくては。
実際、夜会で着飾ったディル様を間近で見ることが出来るのは、人生最高の幸せに違いない。
そう思えば、自然と頬は緩み、私は笑顔になっていたのだった。
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